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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第十三話 追憶の君には眩しくて手が届かない
しおりを挟む(――君の名前は? いつも会ってるのに、そういえば知らなかった)
(ない。誰も、教えてくれない)
(君はじゃあ、なんて呼べばいい?)
(名無し――って皆は呼んでる)
幼い頃の記憶が、脳内に現れ、己を過去の世界へ誘う――遠い夢路。
朧気な二人の子供は、霧に包まれた森で内緒話をするように身を寄せ合う。
夢には二種類あって、一つは己の視点、もう一つは傍観者視点で、これは後者のほうなのだと気付く。
そうだ、この日は確か己も、相手の子供も親が手がつけられない状態で、二人で家出まがいのことをした日だった。
彼は本当の親から、己は蒼刻一から。
互いに親の愛情に恵まれることの無かった二人だったから、共感し、仲良くなったのだ。
二人で手を繋いで、己は年上だからと相手の子供が必死に元気を見せてくれて。
子供だというのに何と強いのだろうか。
(名無しは寂しいよ。あ、僕ね、意味は分からないけれど、君の民族の単語、知ってるよ。うい、なんてどうかなぁ?)
(どう書くの?)
(呉れるの呉、って書くんだよ。どう? 君はね、僕に色んなことを教えてくれるんだ。同胞以外との交流、同胞以外の友情――……だから、ぴったりだと思う)
(――いいと思う。それがおれの名前? ……君から名前を貰うのは、凄く、嬉しい。でも、誰も呼んでくれないよ)
(大丈夫。他の誰かが呼ばなくても、君がそれを名乗ればいいし、僕だって呼び続ける。そうすれば名前は成立するよ? ねぇ、僕だけはずっと君をそう呼ぶよ、誰がどう呼ぼうと。だからね、悲しい目をしちゃ駄目だよ。君は幸せな仔なんだ。何の障害もない、君を止める者は誰だって居ない。いつも、強気で居て?)
強い子供。だけど、その強さは眩しすぎて、谷底の暗闇に居る己にはどうしようもなく嫌な存在だと思うときがあった。
そんな強さを真似出来るわけがない。どうやって彼を真似ろと言うのだ?
光に闇は決してなれないのだと、己は小さな頃から思っていた。
だがそれと同時に――。
(強気――……だって、どこが幸せなの? 母さんも、父さんも誰も側にいない……嫌われ者なんだ、おれは)
(今は嫌われ者でも、将来は人気者になるかもしれない! ね、僕のお兄ちゃん代わりの人が言っていたんだ、強気でいればどんな不幸も逃げ出すって。だから、幸せを寄せ付けるには強気でいなさいって。僕、呉には幸せでいてほしいんだ。それで、幸せな声で僕を呼んで欲しい)
この強い光が、欲しかった。この強さが欲しかった。この暖かみが欲しかった。
いつまでも冬では寂しい、いつまでも暗闇の谷底に一人だけ居るのは嫌だ。
懐かしい感情を、夢の中で呉は呼び覚まされて、少し泣きそうになりながらも、成り行きを見守る。
(……――じゃあずっと強気でいる。そうしたら、君……も、居なくならない?)
(大丈夫。もしも、居なくなってもさ、君が僕に会って、僕の名を呼べば僕は笑って返事する。でさ、僕が呉って呼んだら、一番に……一番に、だよ? 返事、してくれよ?)
ああ、勿論だ、と幼き己が返事する代わりに、現実世界で己が声を発していた。
「返事、する……亜弓」
手を、伸ばし、目を開けば、子供はいない。
ゆっくりと幼き頃の夢から現実世界に戻れば、そこはテントの中で、徐々に夢を思いだし、幼き頃に会った子供を思い出す。
あれは別の人間、そしてもう崖から落ちて死んでる人間だったというのに――いつの間にか亜弓に脳内変換されていた。
だって彼は、確か崖で落ちそうになった自分を助けて、身代わりに落下したのだ。子供なら死んでいて当然の場所から。
そこで気づく――その子供に亜弓が似ていることに。己が氷の孔雀ではなく、亜弓に惹かれていることに。あの子供のような強さを持った、亜弓に。
「……手遅れ、だな」
それでもまだ軌道修正出来るだろう、存在を知らぬ振りをすればいい。
ただそれだけだ。
だから呉は大して気にも留めず、手を下ろして起きあがろうとする。
そこで、テントの隅に居たらしき妖仔がくすくすと笑い、もう一人の妖仔は慌てた様子で「アクマ!!」と何かを制している。
嗚呼、いちゃついていたのかこいつら、と軽く目眩と苛つきを覚えて、呉はデビル、と声をかける。
すると、呼ばれた褐色の男は、くすくすっと笑い、ゴーストを放した。
「うわぁああん、仮ご主人様ッ……!」
「どうした、セクハラされたか、デビルに。デビルは誰でも喰おうとするからな」
「仮ご主人、酷いね。ぼかぁゴースト一筋だね。だから、ゴーストを虐める奴らを退治する能力があるんだね。でも馬鹿だね、あの時、力を使えば誰も苦しまなかったのに。聖霊の妖術嫌いが移ったかね?」
「……――デビル、その力は蒼にだけ向けろ」
「無理だね。プラネタリウムから解放されない限り。解放されても断るね、ぼかぁ」
くすくすとデビルは笑ったかと思えば、やけに大きな瞳を呉へ向けて呉の近くに寄る。
それから、呉をそうっと撫で上げて、額の水に濡れたタオルを取ってやる。
タオルは少し湿ってる程度に乾いていて、もう一度濡らさなければならなかったが、面倒だったデビルはタオルを投げた。
「仮ご主人、拙いことになったね」
「……何が」
「おや、仮ご主人、気づいてない? それともぼかぁ勘違いでもしてるんかね? 亜弓が好きなんじゃないのかね?」
「冗談じゃない。惹かれてはいるが、好きだとは思ってない」
呉が少ししかめっ面のままそう答えると、ゴーストがくすりと苦笑する。
ゴーストの反応に目をやると、ゴーストは怯えながら、部屋の隅の隅に寄ってしまう。
そんな隅っこ、何処から見つけてきた、というぐらい隅に寄って、がくがくと震えている。
「いえ、あの、ただぼくぅは、亜弓様、好きだな……って思って」
「なぬ。浮気かね、ゴースト」
「あ、アクマは嫌いじゃない、よッ……。だけど、ぼくぅは……亜弓様の笑う顔、凄く、好き。元気、出る」
ゴーストは黒目を見せて、へにゃりと笑う。
その破顔にデビルは頭を抱えて、無言で悶えて「あれ可愛い」と言いたいように、呉の服をぐいぐいと引っ張って耐える。
その様子に、ラブラブ度は相変わらずだな、と思いつつも、呉は起きあがり冷えた頭を抑えて、己を引っ張るデビルにため息を。
「デビル、鼻血出てる」
「だって、仮ご主人ね、あれはね、反則だね」
「ゴースト、鼻血拭いてやれ」
「!! 仮ご主人、それもっと拷問だね!」
呉は二人のやりとりを禄に聞きもせず、テントから出ようとする。
そこにやってきたのは、海幸。
青い髪の毛を手持ちぶさたに弄りながら、呉を睨み付けるように声を掛けてきた。
「あゆのとこ、行くのか?」
「――何か問題でも?」
「いや、案内してやるよ――……それにお前はあゆには恋慕出来ない契約を結んだからな」
「契約?」
「あれ、疎いんだな、蒼刻一が親のわりには。あれは契約なんだよ、亜弓を代償とした。亜弓をお前は差し出して、亜弓を救ったってわけ。だからな、あの時悩んだお前には悪いが、何があってもあゆに気を持たせるな――」
「……安心しろ、そんな気はない」
(そう、無いはずなんだ――だから、この気持ちは、苦しさは気のせいだ)
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