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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第九話 亜弓の過去
しおりを挟む一方その頃、亜弓は子供達と一緒にゴハン作りをして、作った鳥のつくねを呉や海幸に渡そうと、二人を捜していた。
「鮎さんー! あっちに月獅の兄ちゃん居たよー!」
「よーし、さんきゅな! 後で君ん家に柘榴兄から送ってもらった飴あげるよ!」
「やったぁ!」
「えー、亜弓ちゃん私にはぁ?」
「はいはい、君にもあげるから、喧嘩しないでなー?」
亜弓はにかっと笑って子供達の頭を片手で撫でてやると、子供達は笑いあって何処かへ駆けていった。
説歌いは今は育て中だから、子供達の感情を左右するのは親たちだけど、偶に己が手伝う。
己は何しろ、説歌いの存在を知っているし、何より一番影響を受けていたのは己だからだ。
「柘榴兄元気かなぁ」
最近では陽炎を助けるのに成功したが、プラネタリウムを貰う羽目になったと手紙で書いてあった。
文句ばかりが綴られていた手紙だったのにかかわらず、その文面からにじみ出たのは「しょうがないなぁ、あいつは」という説歌い独特の保護者感だった。
その手紙を思い出した頃に、呉を見つけ、亜弓は呉に話し掛ける。
「呉! 夕飯出来たよ!」
「――お前か」
呉は釣りをしに行こうとしていたようで、即席で作った釣り道具が見える。
呉の隣に、海幸よりも鮮やかな青い髪の毛を持った少年が居たので、誰だろうと聞いてみると、妖仔だと答えられた。
「ゴースト」
「は、はぃい、仮ご主人様……じ、自己紹介ですねぇえ? 初めましてぇえ、亜弓様ぁ。しがない幽霊ですぅ」
「幽霊? 足があるじゃないか。それとも聖霊とかああいう言葉な感じ?」
「ふ、深く考えないでくださいぃい。ご、ゴースト……って、あの、よ、よび、呼んで、くださいッ」
「うん、分かった、ゴーストだね。ゴースト……蒼刻一の妖仔かい?」
本当のご主人様のことを尋ねれば、白目だった眼に黒目が戻り、ゴーストはにこにことしだした。
だが何かを言おうとしたら、その前に呉に睨まれ、ゴーストはがたがたと眼に見えるぐらい怯えて体を震わせる。
臆病なのか、それとも呉が怖すぎるだけなのか、亜弓は苦笑して、子供達にしてやるようにゴーストの頭を撫でてやる。
するとゴーストは不思議そうに白目のまま首を傾げた。
「ほい、夕食のつくね」
「――二人前あるが?」
「ああ、これから海幸んとこ行って、海幸に渡すの」
「行くな、ダメだ」
呉がそう命令するように睨んでくると、亜弓はむっとしたような顔で、唇のピアスを弄りながら、何故だと問いかける。
「お前は氷の孔雀。俺の言葉には従って貰いたいな」
「は? 意味分かんないんスけど。氷の孔雀はそりゃぁ君に止めて貰って感謝したけどさぁ、……行動を制限される意味が分かんないし。もしもし、見えてますかー僕は孔雀じゃなくて、人間ですよー」
亜弓が小馬鹿にするようにそう言うと、呉は苦笑を浮かべて、悪いな、と告げる。
「悪いが、俺には孔雀の存在しか見えてない」
「あーそういうこという?! じゃあ、このつくねはいらないのかーそうか、ゴースト、食べるかい?」
「あう!?」
ゴーストはびくんとしてから、仮ご主人様である呉を見やる。呉は酷く不機嫌そうな顔をしていたので、ゴーストは酷く怯えて、秒針で刻むような動きで震えている。
それを見た亜弓は笑いながら、ゴーストに謝罪する。
「ごめんごめん、君に不機嫌があたったら後で僕がお返ししたげるから教えてね」
「――俺が八つ当たりでもすると?」
「しないタイプ? しそうに見えるんだけど」
「……――ふむ」
「あ、やっぱりするんだ? ――ねぇ、その、さ……本気で、さ。孔雀としか見えてないわけ?」
亜弓は言いづらそうに問いかけて、首を傾げる。
何故か無性に気になったのだ。孔雀とだけしか見られていないのなら、嫌だな、なんて思ったりもして。
一人分の串のつくねをゴーストに手渡しつつ、呉をちらっと見上げて、尋ねた。
呉は無言で頷き、手元の釣り竿を持ち直した。
顔には何も「書かれていない」。何とも思ってない顔だ。こういう顔を、亜弓はよく知っている。
亜弓の親は優秀とは言えない、風花だった。
育て方も不器用で、愛してると伝えられない民族の状況では非常に育てるのに苦労しただろう。
やがて子育てに疲れて、何もかもを捨てようとしたとき、親はこういう顔をしていた。
こういう顔で受け答えをしていた。
里ではそんな子育てになる者が少なくはなく、そんなときに存在するのが説歌いといわれる役目。
皆の相談役のようなものだ。肯定し時には励まし、家族より長より力になる役目で、里の誰よりも深い存在。
救ってくれたのが説歌いの柘榴だから、彼は己の中でヒーローなのだが、この顔を己は忘れていない。
だからこそ、傷ついたのだろう。そして、それが顔に出たのだろうか、呉が訝しげな顔を見せている。
でも先ほどの表情よりマシなので、亜弓は「笑った」。
「ね、僕を覚えてよ。僕は亜弓、風花の最強さ」
「存外簡単に燃えたけれどな」
「あ、ひでぇ! ゴースト、やっぱりそれ全部喰って良いからね! じゃあ僕、海幸んとこ行ってくる」
「亜弓――」
動こうとしてのそりと歩き出そうとしたときだった、どう見ても人を殺しそうな凶悪犯顔が暖かな笑みに変わり、亜弓を魅了する。
「悪いな」
「あ、……いや、うん、いや、いいの。海幸に渡すついでだったし」
「そうじゃない。傷つけたのに、無かったことにした。でも、本当に悪いことを言ったときは、なかったことにしないでくれ。お前の孔雀も、共に怒るだろう」
「……じゃあ一つ。孔雀と僕を別に考えてくれ!」
亜弓は見蕩れていたのを思い出してはっとし、顔を真っ赤にして逃げるようにそう言い残して逃げた。
ゴーストはくすくすと笑っていたが、呉の顔を見ると笑みは止まった。
そしてがくがくぶるぶると震えて、小刻みに怯える。
「仮ご主人様ぁ……」
「……――切り離して、考えることが出来ない。孔雀としてしか見えない、そう言ったらまた怒られると思うか、ゴースト」
「……――え、と」
「素直に言ってくれ」
「……怒ると、おも、う。だってぇ、ぼ、ぼくぅだ、ったら、アクマがぼくぅをそんな風に考えたら、泣きますよぅ、百日」
「百日も泣く程か」
「……――やっぱり、個人として、みて、ほし、いから、……ぁあ」
ゴーストの言葉を聞くと、呉は頭部のローブを取り払い、風を直に感じる。
己の中で吹雪く風と共に、髪は靡く――。
つくねを口にすると、それは美味しくて、その美味さに呉は黙り込む。
孔雀を身に宿した者が、鶏肉を出すというのは少し可笑しいな、と思ったが、口には出せなかった。
ふと、夢に出た子供を思い出す。
幼い頃、よく遊んだ優しい子供。
(君も怒るだろうか――? 今の俺がこんな風に人と接しているのは。もうちょっと人を信じろと、怒るだろうか)
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