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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第八話 甘言
しおりを挟む海幸は地面に数式を並べて、言うべき数式を確認してから、数式を丁寧に言葉の裏に混ぜる。
誰も周りにはいない、静かな良い夜だ。
静かな夜に見合うように召喚数式から静かに現れたのは、蒼刻一。
蒼刻一は意外な人物に呼び出され、食べかけのどんぶりを消し去って、口をもごもごとさせる。
それから、射抜き殺すようなその視線を面白そうに見やり、どうした、と猫なで声で問うてきた。
「亜弓の孔雀を解放する術を教えろ」
「――そいつぁ無理だな。孔雀は亜弓の中を気に入っている。通常の人間だったら凍傷だけじゃあすまない。一回能力を使っただけで凍え死ぬ」
「じゃあせめて、孔雀にお前の子が懐かないようにさせろ!!」
「――……ははぁ、焼き餅だな?」
蒼刻一は海幸がこんなにも苛立つ原因が最初は分からなかったが、分かれば理解ある大人の顔をしてにやにや笑みをやめる。
そんな顔されても、憎たらしいのは変わらないのに。
海幸の心を逆撫でするような声色で、蒼刻一は同情を向ける。
「可哀想にな、孔雀が別の奴に懐いたか――オレの子ってぇと、呉か。そうか、亜弓の孔雀は呉になァ」
「何とかしろ!」
「そんな子供みたいな我が儘いうんじゃねーよ。あの妖術をかけたのはテメェだ、テメェで解いて見せろ」
「……っぐ!」
確かに、偶然蒼刻一が落としていった本を読んだとはいえ、それは己がかけた妖術だ。
理には適っている。だがそれでも理では動けない、感情が悔しさで支配していて容易に頷かせない。
蒼刻一はため息をついて、海幸の頬にそっと触れて、死に神からキスを送る。
「テメェの気持ちは分かる。長年大事に思っていた相手がある日突然奪われる――酷い出来事だ。オレにもなァ、同じことがむかぁしあったんだよ」
「お前の昔話なんてどうだっていい……あゆが、あゆがあの孔雀から解放されるなら……孔雀だけじゃなく、あゆまでも呉に奪われるんじゃないなら……!」
「くくっ、ウイはああ見えて一度火がつくと、情熱的になるぜェ? もしかしたら、郷から亜弓を攫っていくかもしんねぇなァ?」
「そんなこと冗談じゃないぞ!」
海幸は近くの巨木をどんっと力一杯叩き、葉を樹からこぼれ落ちさせる。
いつだったかこの樹に登った幼い亜弓を助けた。その時から抱いていた感情かどうかは分からないが、この数年間、正体が分かりはするも同性ということで悩み続けた思い、迷い、躊躇い、それらは呉が現れた瞬間、決定する。
亜弓のことが、好きだと言う思い――それも、恋としての。
だが亜弓が気づかないのならば、気づかせることなく、このまま見守る形、そういう愛でいいと思っていた――呉が現れるまでは。
呉の存在は、亜弓の中で確実に特別扱いされるだろう。
孔雀を止めたこと、最初の出会い方――それらが全て、日常と違うのだ。
日常と違う新鮮さに亜弓は惹かれるだろう――問題はその先だ。
呉は孔雀を気に入っている――もし、亜弓に強引にでも迫れば、亜弓は頷いてしまうかも知れない。
「だけど、それじゃあ亜弓じゃなくて、孔雀を愛したあいつを好きになることになる――」
「……まだ、呉を好きになるって決まった訳じゃないだろう」
「長年一緒に行動してりゃどんな奴にあゆが惹かれるのか分かるんだよッ――」
「じゃあ一つ、テメェに妖術を託してやろう――テメェが妖術を嫌うんじゃないならな?」
「……――お前」
「それに、妖術を嫌ってないから――頼りたいから、オレを呼んだんだろう? なぁ、海幸――ミユ、こっちを見ろ」
海幸は蒼刻一を睨み付けるように、彼の方を向くと彼は眼鏡を手渡してきて、にこりと微笑んできた。
かけろと言っている、それを手に入れるには。
何故眼鏡かは知っている――己は彼の好きな人間に似ているらしくて、それで眼鏡をかけて時折、戯れを求めてくる。
吐き気がするほど嫌いな相手だが、彼は己の望みを叶える魔法使い。
一言「あれを殺して!」と言えば、彼は頷く――眼鏡をかけて、「アザワ」という人物に扮している間は。
海幸は眼鏡を手に取るべきか否か、まるで悪魔と契約を結ぶように慎重に考えた結果取らなかった。
だが蒼刻一は海幸の頬を撫でて、迷っていた手を手に取り、強引に抱き寄せる。
「ミユ、自分に素直になれよ――オレぁアザワ先生が好きだが、テメェも気に入ってるんだ。その隠してるドロドロとした感情をもつテメェをな」
「残念、俺が気に入られたいのはあゆなんだ。第一、誰がお前のことなんか……お前みたいな卑怯な奴!」
「オレの気持ちを利用して、亜弓を手に入れようとしていた同類に言われたくねぇなァ?」
「……――……くそやろう」
その言葉に海幸は恨みがましそうに蒼刻一を睨み付け、彼は「おお、怖い!」と揶揄してみせた。それに益々不機嫌さを見せる海幸。
「まぁ、いい。今回は呉のが有利で可哀想だから、手助けしてやる。この宝珠を持たせていろ。一週間はテメェのことが頭から離れないだろう、二週間目で意識しだす、三週間目には――おめでとう、テメェの虜だ」
「……妖術は嫌いだ」
「だけど頼ろうとした、だからオレが此処に居る」
海幸は蒼刻一を睨み付けて、随分嫌な笑い方をする――と感じるも、蒼刻一はその笑みをやめない。
蒼刻一は海幸の手に口づけてから離して、そのまま姿を消した。
海幸の手のひらに、水色に輝く宝珠を残して――。
「……――妖術師ってやつは。って、俺も、か。これに…頼ろうとしてるんだから……ははっ……こんなときだけ、俺、聖霊顔……うぜぇー」
海幸はため息をつくと、口を拭い、空を見上げた。空の向こうには、蒼刻一が居る。
でも空を見上げて思うのは蒼刻一じゃない、亜弓のことだ。
思い出す、遠い昔から思ってきた彼のことを。彼の笑みを、彼の言葉を、彼の思いを。
「――なぁ、あゆ、俺は……これを使わないと、本当にお前に思われないか……? 嗚呼、くそっあいつさえ、現れなければ……!」
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