【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~

第七話 俺の鳥

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 ――目が覚めれば、そこはガンジラニーニの郷で、己のテントだった。
 ガンジラニーニの郷だと分かったのは、テントの装飾から。赤を基調にする民族は、少なくとも己の知ってる中には中々居ない。
 嗚呼、最近眠ってから起きる展開が多いなぁと思いながら、眼を擦り、起きあがる。
 それから衣服がジャージから海幸や同胞の持つ民族衣装であることに気づくと、孔雀になったのだと気づき、真っ赤になり頭を抱える。

「どうした」
「うおおおお、滅茶苦茶恥ずかしいんですーーー!! っていうか悔しいーーー! 気を失うなんてッ!」
「あの業火の中では仕方ないだろう」
「それもそうだけどって……え?」

 改めて声の主を確認する。
 声の主は、――呉。
 呉が郷に居るのだ、自分が誘ったのにもかかわらず亜弓は目を見開き驚く。
 だってあの時の顔は否定的で、絶対来ることは無いと思ったのに。何かの気紛れだろうか。

「呉? 此処に来る気になったの?」
「勘違いするな。あの青い髪の奴に言われたんだ、月獅民族の件は俺にも責任があるから火花散ってる間はお前の側で孔雀を止めろと」
「……――孔雀を、止める? 呉は止められるの?」
「ああ、止めた」

 亜弓はぎょっとして思わず、えーと驚いてしまった。呉はふん、と不満げに鼻を鳴らして、亜弓の肩をぽんと拳で叩いて、己が出会い頭に取った腕が繋がっていることを確認する。それから、ふと何を思ったか、ごんごんと頭を叩き、亜弓は「痛い痛い!」と悲鳴をあげ、悲鳴をあげられれば呉はやめる。
 そして世にも珍妙なものでも見るように、睨み付ける。そんな顔で睨まれれば亜弓は怯み、だが強がりで己も睨む。

「お前が孔雀――なぁ。そんな生き物には見えねぇけどなァ。お前は精々スズメだろ?」
「何をッ。僕はこう見えても優雅に剣舞出来るんだぞッ」
「それが孔雀と何の関係がある」
「はい、無いです。……ううっ、呉は愛想が悪いなぁ。最初からの印象でした!」
「お前はぎゃあぎゃあと喧しいな。子犬みたいだ」
「うああっ、このやろっ、マジで悔しい。背のことか、背のことかぁああ! それとも年齢かぁあ!」

 亜弓が騒ぐと呉は苦笑を浮かべて、テントを出て行こうと立ち上がる。
 それを見て、ふと騒ぐのを止めた亜弓が何処へと尋ねると、呉は海幸のところにと答えた。

「――これから、月獅民族の弱点を教えに行く」
「あ……待って、僕も行く! 僕だって風花のトップだよ、行く!」
「ダメだ。お前は凍傷から回復したばかりだ。凍傷を甘く見るなよ? 火傷だってあったんだぜ?」
「――狡い。狡いじゃないか、呉だけ! 何で民族の風花が出られなくて呉が――って、わぁああ、行くな、行くな、行くなーーーっ!」

 亜弓は思わず呉のローブを掴む。ローブは頑丈。
 呉は亜弓を一瞥すると、凶悪犯的な笑みを浮かべて亜弓を怯えさせて怯えた隙にさっさとローブを離させて、出て行く。

「――何さ、あいつ」
 亜弓は不満げに呟くと、そのまま布団にぼすっと倒れた。





 テントを出れば、海幸が居て、海幸が不機嫌そうな顔で呉を見やる。
 海幸の冷たい視線の方が、亜弓や郷の暖かい視線より慣れている呉は安心する。
 何せ亜弓の見る目の、戸惑うこと戸惑うこと。不慣れな暖かい眼差しは、心にざわめきを寄せ付ける。心の平穏を求める呉にとっては、嫌なこと。だから、海幸のような視線の方が、まだ慣れていて、逆に有難かった。それは死んでも口にしないが。
「何だ?」
「鮎の寝顔まで見て良いとは言ってないわよっ!」
「――用件はそうじゃねぇだろ?」
「……参るわ、お前には。何であの時、氷の孔雀に臆さなかった?」
「……夢で長い間、氷の孔雀と出会うのを見てきたからかな」

 呉はふと何か遠い空に孔雀が居るようなうっとりとした眼でぼそっと呟くが、海幸は俄には信じがたく、眼を細めて威嚇するだけ。
 最初の頃は、いや、今でも海幸は氷の孔雀を見れば臆するというのに、初見だった筈のこの男は一切臆することなく立ち向かい、鎮めたのだ。
 その理由が夢で会っていたなんて、信じられるわけがない。

「信じられるものか」

 海幸という男も、少し真っ直ぐな部分はある。
 だからか、直球に言ってやると、呉はふっと凶悪犯的な笑みを浮かべて、構わないと答えた。
「お前が信じようが信じまいが、孔雀は俺を必要としている。あれは俺の鳥だ」
 その言葉に海幸はさっと顔を怒りで赤くし、睨み付ける。

「――ッ孔雀が、じゃない! あゆのためだ! あゆのために必要なんだ!」
「……どちらも同じだ。あいつには俺が必要なんだよ……あいつの目は直に俺に向けられるようになるだろうなぁ。その時のお前の顔が唯一楽しみだ」
「っは! 鮎坊はな、早々に浮気しちゃうお馬鹿なんかじゃないんだからなっ。俺が長年どんな思いでこの間手出ししないでいたか……!」
「勇気が無くて手出し出来なかった、の間違いだろう?」

 その言葉を聞くなり一気に頭に血が上った海幸だったが、手出しはしない。
 実際殴ったりでもしたら、亜弓が不審がる。亜弓の気は実際に彼に注がれているのだから。
 海幸は殺しそうな気迫で睨み付けてから、族長の元へ案内する。

 族長のテントは簡素で、いつでも逃げられるように準備してあって、ただ薬草が物珍しい物から、何処にでもありそうな物まで種類が豊富だった。
 族長はひげを撫でつけるように触りながら、っほ、と笑う、海幸達が来るなり。
 風花の方は代わりに別の誰かが後で亜弓に連絡出来るように待機していた。

「よくぞいらした、お若いの。ほほっ、敵対視はされていたが月獅民族には詳しくなくてのぉ、お前さんの力を借りたいんじゃがその前に――」
「何ですか?」
「――亜弓はどうしてお前さんに気を許し、お前さんは亜弓に力を貸そうと思った? その理由をはっきりさせたいんじゃ。はっきりせんとなぁ、うちの民族はかつて、理由なく裏切られた民族じゃから、すっきりせんのじゃ」

 族長がゆったりとした口調でそう頼むと、呉は納得がいったのかゆっくりと頷き、己の夢、己の月獅民族での扱い、それに亜弓が同情したこと、全てを話した。
 話せば族長は成る程と頷き、海幸までもが少し同情じみた視線を送ってきた。
 そんな視線、呉は慣れていないから、何か不味いものでも食べたような表情を浮かべる。

「――というわけです。納得しましたか?」
「ああ。あの仔はな、すぐに誰にでも懐くからそれで連れてきたのかと思ったんじゃが、お前さんは同類なんじゃなぁ。迫害されし者――じゃが、蒼刻一に育てられたということは伏せておけ、この郷では」
「そうさせて貰います。他の方も宜しいですね?」

 他に同席していた風花も説歌い見習いも海幸も頷いた。
「――それで月獅のことですが……」



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