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第四部 亜弓と呉~氷の孔雀編~
第三話 間違えない悪い人
しおりを挟む里に着けば月獅民族皆から歓迎を受けて、亜弓は素直に喜び、海幸は困惑した。
何せ、飲めや歌えやの騒ぎで、いきなり祭りが始まった。
海幸は戸惑い、その祭りを冷たい目で眺めていたが、迷いもなく共に踊る亜弓を見て、子守の気分を味わい、泣き真似をする。
数時間した頃に、長が現れ、海幸と亜弓に微笑みかけて、海幸は手探り状態で、会話を進める。
そうしていくうちに最初は怪しんでいた海幸も、長の話を聞けば、納得し、疑うのをやめた。
長曰く、死に神が敵に回ろうとしているのだそうだ。
死に神が同じく敵ならば、これまでの蟠りをなくし、共に立ち上がりたいのだそうだ。
どうして今の時期に、と聞けば、何処からかの筋で、柘榴がプラネタリウムを手に入れたという情報を入手したからだと答えた。
「あの至宝を使って、どうにか死に神(そうこくいつ)を倒したいんじゃよ」
「それで親睦を? こう言っちゃ何ですがね、それまで死に神の寵愛仔! とまで批難していた貴方達を、その死に神の作った妖術道具で倒すっつーのはどうにもね。仮に使わないとしても、うちの民族使うって事は、彼の思いついた数式を使うことですよ?」
海幸は出されたお茶に一口も口をつけず、亜弓にも飲むなと言う。
納得すると言うことと、警戒を解くということは話は別なのだ。
亜弓は薄々そんな予感がしていたので、持っていた水筒のお茶を飲んで、海幸にも時折飲む? と聞いて、飲ませてみる。
長はそれを言うと狼狽えるが、更に何か問題があるのか何かを言おうとしていた。
だが亜弓はこれ以上難しい話になるのを予感し、里を見てくる、と立ち上がり、外に出て行き、後の話を海幸に任せた。海幸は出て行った亜弓に見向きもせず、任務を果たすだけ。
亜弓は外に出ると、冬が外に居たのでにかっと微笑みかけて、大丈夫と励まそうかと思った直後、火薬の匂いがした。
火薬には昔から敏感だから、すぐに冬に、否、皆に、伏せろ! と叫ぶ。
叫んだのが先か、それとも何か火の手の合図――爆薬――が鳴くのが先か、里は一気に火の海となった。
「……ッどういうことだ?! 冬! 冬、大丈夫!?」
「……ッぐ、だ、大丈夫です。一体何処からの襲撃……」
「西の方角から火薬の匂いが流れてくる! 僕、見てくるよ! 君は海幸守ってて! あいつ案外デリケートっつか、軟弱だからマジで!」
亜弓はそう言い残すと駆けていき、西の方角をただ真っ直ぐに突っ走る。
草木を踏み荒らすように、ぱきぱきっと小枝が鳴る音がしても構わず、走る、走る、走る。
暫く西の方角を走っていると、息を切らせる頃に、人影を見かけた。それも妖しげなローブ一色の人間。
亜弓は眉をひそめて、その人物の側に行こうとした。
だがその時、先にローブ姿の――背からして男だろう、が気づき、亜弓に爆薬を向ける。
だが瞬時に亜弓は何処の風向きに居れば避けられるかを判断し、それを実行し、見事に避けきった。
そして少し泥まみれになりながらも、立ち上がり、ローブ姿の男を睨み付ける。
「君は誰だッ」
「――お前こそ誰だ。見た顔じゃないな……」
「僕は亜弓ッ。この民族と交渉しに来たんだッ」
「……――成る程。そういうことか。あいつら……」
舐めつけるような視線が、威嚇するような色に変わったかと思えば、何かを、己ではない誰かを蔑むような目に変える男。亜弓は何故そんな目をするのか分からず、威嚇し続けて、戦闘態勢を解かない。睨み付けて、凛々しい声を張り上げる。
「君、何一人で納得してるんだよっ。君は何者なんだ!? 答えろッ」
「……――鑑定士だ」
「うさんくさい! 超胡散臭い! 誰が信じるもんかいっ! 例え熱血馬鹿設定の僕でも信じないぞ、それは!」
「人体専門の鑑定士と言ったら、信じるか? 人間鑑定士」
にや、と口端がつり上がった。その笑みは、おぞましいもので、亜弓はぞっとした。
だが男のつり上がった口端を見て、それは人身売買を意味するのだろうと悟れば、する行動は一つ。
攻撃、だ。
人売りは大嫌いなのだ。現に海幸は、黒雪が大嫌いだ。己の義兄代わりの柘榴を売り払った。幸い、蓮歌が買い取ってくれたようだが、それがなかったらと思うと、血の気がなくなる気がして、恐ろしい。
だから、同じ人売りである彼を、攻撃せずにはいられない。
柘榴を救えなかった己のふがいなさも、八つ当たりで込めて。
「でりゃっ!」
助走をし、勢いをつけて、飛び膝蹴りを放つ。
的確に相手を狙ったのだが相手が避けたので避ける寸前に、ローブのフードをつかみ、男の素顔を晒す。
男は非常に目つきが悪く、垂れ眼だった。
柘榴も垂れ眼だが、同じ垂れ眼でもこうも印象が違うのかと驚くほど目つきが悪く、三白眼だ。尋常じゃない殺気が彼を纏っていて、殺気という精霊が居たら、このような姿なのだろうなと若干、思わせた。
何せ、表情が一切喜怒哀楽を感じさせないのだ――無感情、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
彼には果たして人生で楽しいことなんかあるのだろうか、と心配になるほど、殺気しか見に寄せ付けない顔。
――それでも亜弓は、何処かその雰囲気に懐かしさを感じ、何故だか動きが止まってしまった。
(あの子供と髪の色が似ている――)
髪の毛は綺麗な水色だったので、髪の色に見蕩れていると鑑定士が、くつりと笑いフードを被り直す。
「――……お前は直情的だな。直情的な奴ほど、すぐに行動に出る」
「五月蠅いッ。人売りなんか嫌いだっ、ついぞこの前する人知っちゃったくらいだものっ」
「へぇ、同じ人売りか――でも、同じにしてほしくはねぇな。俺は俺が鑑定した額に見合わなかったら、殺し、不要な商品をなかったことにする――」
「……っは、このげすが! 此処にはじゃあ人を、君の言う鑑定ってやつをしにきたのかい!?」
「……――お前には関係ねぇ」
静かに、無表情に男が言ったので、何故だかむっとしてしまった亜弓はきゃんきゃんと子犬がわめくように大声で張り上げて、己で一番鋭いと思えるほどの睨みを与える。
「関係ある、僕は聖霊だ。あの人達と親睦を任された!」
「悪いことは言わねぇ、そんな事今すぐにでもやめちまえ。奴らは人の皮を被った悪魔だ!」
「――まさ……」
まさかそんなことはない、そう言おうとしたのだが、男があまりにも真剣だったので亜弓は口を噤んでしまった。
真剣な眼差しの中には、何処か怯えが潜んでいて、寂しさという名の光りも交じっていた。だから亜弓は、その寂しさという光りを、陰らせる。
嘘だ、なんて、言おうと思えば言えたのに、何故か男の言葉を信じかけたのだ。あの真っ直ぐな亜弓が。
亜弓は戦闘態勢だった姿勢を少し正して、小首を傾げた。
「君は、あの人達に何かされたのか?」
「お前には関係ない――」
「関係、あるよ――僕、あの人達と親睦を深めて良いのか、考えなきゃいけない、立場だから……」
亜弓に生まれた迷いは、男に伝わり、男は目を見開くがそれはフードに隠されて眼には見えない。
ざぁ、風が吹き、亜弓の前髪の束が揺れて、男のローブも大いに揺れる。
ちゅんちゅん、といつの間にか殺気だらけで誰も寄せ付けなかった男の周りの木に、雀が来て、囀っていた。
男は腕を組み、一度は見開いた眼を凶悪犯のように睨み付けて、亜弓に一歩近づく。
「あいつらより俺を信じると? しかも人売りの俺を?」
「分かんない。でも、ワルイヒトが言うことが間違い続けるとは限らないから」
――また、男の中にも迷いがこの時生じた。
ガンジラニーニである以上記憶を消して帰そう、そうでなくば死に神が五月蠅い、そう思っていた男だったが、亜弓には忘れられたくない感情が、迷いが生じた。
ただ、亜弓のまっすぐな青緑の眼に己が映っているのを見ると、少し暖かくなるのを無意識に感じる。
一生涯冬を覚悟していたというのに、その覚悟を揺るがす。
春の暖かみを鬱陶しいと思っていたのに、この暖かみは実に心地の良いもので、だけどその暖かみを初めて知る男は戸惑い、黙りこくる。
――だがその癖に、冬の気配も彼から感じるのは、彼が本来は青白い肌色だということを知っているからだろうか。
生きた屍のようだということを、知っているからだろうか――。
それに――何か、この少年からは良い予感を感じることが出来て、何かの到来がきそうな感じがした。
ふと、興味が湧いた男は、亜弓の存在を問いかける。
「……お前は、亜弓って言うのか」
「うん。亜弓。女の子みたいな名前だってよく言われる」
「……背丈は女子の中間と同じだな」
「あ、ひでぇ。……なぁ、君、なのか? あの爆薬、仕込んだの」
「……俺の言葉を、聞かねぇ方がお前の為だ。知らないまま、親睦はやめると言った方が身のためだ」
「……理由を知らないまま、親睦をやめる訳にはいかないよ。蒼刻一を倒さなきゃ」
「――あいつは、お前達を保護してると聞くが?」
「保護なものか!」
一度は消えた憤怒の熱が、亜弓に宿る。それに意外な怒り――聖霊にとっては意外ではなく当然といえば当然な怒りだが、何故かこの時は意外に思ったのだ。何せ、蒼刻一は守っているだけなのだから――に、男は戸惑い、きょとんとする。
ぎらりと怨念の炎が青緑の眼に宿り、それだけでも蒼刻一への怒りや恐れを感じるのに、気迫がすさまじく、妖仔の死に神がふらりと見えた。
彼らは怒りの感情がある一定のラインを越すと、妖仔死に神が見えるらしい。
「あいつは、世界で一番美しい言葉を奪ったんだ! 皆に言わなきゃいけない、大嫌いって! どんなに親しくなっても、大嫌いだと言わなければならない辛さ、分かるか!? それだけじゃない、あいつの所為で僕たちは――危険視されるようになったんだ!」
――ガンジラニーニの迫害は未だに続くと聞く。
ガンジラニーニの迫害の話は知っていた。原因も、理由も、蒼刻一が関わることも。何せ蒼刻一本人が言っていたのだから。
(――お前の民族はお前が産まれたことをなかったことにしようとしてる。まるで、あの時の約束をなかったことにする奴らのように。だから、こうして関わろうとするんだろうな、僕は。悪なりに、正義の味方を気取りたいときもあンだよ)
そう言っていた、己に会ったとき。
それならば、彼が己を育てた理由も頷ける。
「……同じ、か」
「え?」
「否、何でもない。そろそろさよならの時間だ――じゃあな」
「待て! 君が犯人なら、君を逃がす訳にはいかないんだっ!」
「――逃がして貰う。デビル、帰ろう――」
“分かったね、ぼくちゃん”
きひひと不気味な笑い声、刹那、風が舞い草花が舞い上がる。
そしていきなりの妖術での攻撃に亜弓は気づけなくて、大きなかまいたちで片腕が取れる。
痛みに呻いているところに海幸がやってくるが、その頃には男は居なかった――。
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