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第三部 第三章――露呈
番外編4ー劉桜と陽炎
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「旅に出る?」
陽炎が目を見開き、震える唇で彼の言葉を復唱すると、彼はこくりと頷き優しい微笑を見せた。
彼は巨体には狭すぎるぴちぴちのコートを前に集めて、陽炎の頭に手を置いた。
「わしだって見識を広めたいんじゃ。おんしのようにな、陽炎」
彼、……劉桜は置いた手を彼の頭ごと混ぜるような動きで、撫でた。
陽炎は納得のいかない顔つきで、何か言おうとしたが、劉桜がここではないどこかを見ているような瞳で、何も言えなかった。
「心配いらん、すぐに戻ってくる。たかがひとつの国を回る旅じゃからのう」
「だけどさ、急に何で?」
陽炎は不満を口にする。やはり納得がいかない、彼には再会したときのように傍に居てほしいのに。彼はいきなり、旅がしたいと言い出した。
そのきっかけも何一つ判らないままで、別れるのは嫌だ。
彼一人では危険な気もする。何せ彼は己より弱いのに、賞金首なのだ。
「お前、一人だけじゃ死ぬだろう?」
「ははっ、はっきり言ってくれる。でも、そろそろわしだって強くなりたい。その為には、助けがあってはならん。わし一人でなければ、ならん」
「劉桜……」
陽炎はうつむき、拗ねるように地面を見つめた。
地面は硬い。彼の意思のように、強い。彼はこんなにも頑固な性格だっただろうか、と陽炎はふてくされる。
理解してやりたくないわけではない。
陽炎だって、判ろうと思えば判るのだ。己や柘榴が異様な強さになったのと、環境が以前と違って強さを求められているのだから、己の傍に居ようと思うなら、強くならなければならない。その為には星座が近くにいると、火事場の馬鹿力が出せず甘えた結果になるので、一人にならなければならない。
だけどいつも傍に居てくれた長年の友が居なくなるのは、こんなにも不安で。
陽炎は睨みつけるように、劉桜の手荷物を見やる。
「手荷物多すぎる」
「お? そうか?」
「そんなに多いと、道端で襲われたとき、動けないぞ」
「そうか、じゃあ減らそう」
「……そのナイフ、俺にくれよ」
陽炎がつんとした物言いでそう強請ると、劉桜は親戚の子供に笑いかけるような表情で、気前よく返事した。
「なぁ、いつ帰ってくるんだ?」
「おんしが必要だと思った頃には帰ってくるはずじゃろうて」
「じゃあ、今」
「ははっ、流石に今は無理じゃなぁ」
劉桜は手荷物を少なくして、それらを全て陽炎に押し付けると、じゃあ、と背中を見せる。
陽炎はしばらく黙って背中を見つめていたが、堪らなくなったのか「劉桜!」と叫んでいた。
劉桜はふりかえり、きょとんとしている。
「俺、釣りを覚えておくよ。お前が釣った魚みたいに、大きいのが釣れるか判らないけれど」
「ああ」
「だから、俺と一緒に釣りが出来るまで、死ぬんじゃないぞ!」
陽炎なりの励まし方だったのだろう。
がんばれよ、だけじゃ寂しい気がして、そこで思いついたのが劉桜がいつも釣りをしていたこと。釣りに関すること。
それを言えば、己だって彼が旅立つことと向き合えるような気がして。
劉桜は、快活に笑って、手を振って今度こそ背を向けた。
「別れは済んだ?」
「柘榴。柘榴も一緒に見送ればよかったのに」
「いやぁ、あんた達の成長に茶々入れるのはちょっと悪趣味だし……かげ君とるおーって何か、おいらが入れない空気があるんだよね、偶に」
柘榴がくすっと笑った後、寂しげに劉桜の豆粒ほどになった背中を見やる。
「……早足だなぁ」
「名残惜しさが残らないように必死なんだよ、あいつ」
「……流石、かげ君の旧友。意地っ張り」
「なぁ、柘榴。また、会えるかな」
「……同じ国に居るんだから、大丈夫だよ。国境はたとえ越えていたとしても、あいつなら大丈夫さぁ」
柘榴は空を見上げて、日差しに目を細める。
「朝は太陽が、夜は夜空が……おいらとあんたの代名詞が見守っているんだから」
陽炎が目を見開き、震える唇で彼の言葉を復唱すると、彼はこくりと頷き優しい微笑を見せた。
彼は巨体には狭すぎるぴちぴちのコートを前に集めて、陽炎の頭に手を置いた。
「わしだって見識を広めたいんじゃ。おんしのようにな、陽炎」
彼、……劉桜は置いた手を彼の頭ごと混ぜるような動きで、撫でた。
陽炎は納得のいかない顔つきで、何か言おうとしたが、劉桜がここではないどこかを見ているような瞳で、何も言えなかった。
「心配いらん、すぐに戻ってくる。たかがひとつの国を回る旅じゃからのう」
「だけどさ、急に何で?」
陽炎は不満を口にする。やはり納得がいかない、彼には再会したときのように傍に居てほしいのに。彼はいきなり、旅がしたいと言い出した。
そのきっかけも何一つ判らないままで、別れるのは嫌だ。
彼一人では危険な気もする。何せ彼は己より弱いのに、賞金首なのだ。
「お前、一人だけじゃ死ぬだろう?」
「ははっ、はっきり言ってくれる。でも、そろそろわしだって強くなりたい。その為には、助けがあってはならん。わし一人でなければ、ならん」
「劉桜……」
陽炎はうつむき、拗ねるように地面を見つめた。
地面は硬い。彼の意思のように、強い。彼はこんなにも頑固な性格だっただろうか、と陽炎はふてくされる。
理解してやりたくないわけではない。
陽炎だって、判ろうと思えば判るのだ。己や柘榴が異様な強さになったのと、環境が以前と違って強さを求められているのだから、己の傍に居ようと思うなら、強くならなければならない。その為には星座が近くにいると、火事場の馬鹿力が出せず甘えた結果になるので、一人にならなければならない。
だけどいつも傍に居てくれた長年の友が居なくなるのは、こんなにも不安で。
陽炎は睨みつけるように、劉桜の手荷物を見やる。
「手荷物多すぎる」
「お? そうか?」
「そんなに多いと、道端で襲われたとき、動けないぞ」
「そうか、じゃあ減らそう」
「……そのナイフ、俺にくれよ」
陽炎がつんとした物言いでそう強請ると、劉桜は親戚の子供に笑いかけるような表情で、気前よく返事した。
「なぁ、いつ帰ってくるんだ?」
「おんしが必要だと思った頃には帰ってくるはずじゃろうて」
「じゃあ、今」
「ははっ、流石に今は無理じゃなぁ」
劉桜は手荷物を少なくして、それらを全て陽炎に押し付けると、じゃあ、と背中を見せる。
陽炎はしばらく黙って背中を見つめていたが、堪らなくなったのか「劉桜!」と叫んでいた。
劉桜はふりかえり、きょとんとしている。
「俺、釣りを覚えておくよ。お前が釣った魚みたいに、大きいのが釣れるか判らないけれど」
「ああ」
「だから、俺と一緒に釣りが出来るまで、死ぬんじゃないぞ!」
陽炎なりの励まし方だったのだろう。
がんばれよ、だけじゃ寂しい気がして、そこで思いついたのが劉桜がいつも釣りをしていたこと。釣りに関すること。
それを言えば、己だって彼が旅立つことと向き合えるような気がして。
劉桜は、快活に笑って、手を振って今度こそ背を向けた。
「別れは済んだ?」
「柘榴。柘榴も一緒に見送ればよかったのに」
「いやぁ、あんた達の成長に茶々入れるのはちょっと悪趣味だし……かげ君とるおーって何か、おいらが入れない空気があるんだよね、偶に」
柘榴がくすっと笑った後、寂しげに劉桜の豆粒ほどになった背中を見やる。
「……早足だなぁ」
「名残惜しさが残らないように必死なんだよ、あいつ」
「……流石、かげ君の旧友。意地っ張り」
「なぁ、柘榴。また、会えるかな」
「……同じ国に居るんだから、大丈夫だよ。国境はたとえ越えていたとしても、あいつなら大丈夫さぁ」
柘榴は空を見上げて、日差しに目を細める。
「朝は太陽が、夜は夜空が……おいらとあんたの代名詞が見守っているんだから」
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