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第四部 四章――斯くして彼は大変傷付いた
第二十一話 白い雪には敵わない
しおりを挟む「うわぁ……あれ、見てよ、獅子座っち」
「え? うわぁ……」
絵本のエロい描写に夢中だった二人は気づかなかったが、鴉座の周りには不機嫌を通り越してどす黒いオーラが宿っていた。
普段の余裕なんか見えないような、苛々とした感情が見て取れる。
その眼差しは女性である大犬座に対しても鋭い物になっていて、彼は親指の爪を噛む。
(闇の十二宮――どうやって自覚すればいいんですか)
(このままじゃ救い出せない。月が現実に現れる――どうすれば!?)
「お待たせ」
祝福を告げる天使に近い声を聞いた。
その声は白雪、白雪は沢山何かをメモした書類を持ちながら、その一つに目を通し、鴉座の前に現れる。
「どうですか――?」
「うん、君の能力が分かった。幽霊座がどうして君を目覚めさせようとしたかも、合点がいく。――君はね、呪いを食べることが出来るんだ」
「呪いを、食べる?」
「うん、そう。ただね、悲しいことに――十二宮を自覚してないうちに食べると、その呪いは永久となってしまうんだ」
「……ええ?!!」
鴉座のショックが目に取れる柘榴が横から口出しをする。
それでせめて気分が紛れるように。
「自覚の仕方を白雪達と探したんだけど、一つ手がかりがあって。闇にふさわしい感情を、例えば嫉妬とかああいう七つの大罪を抱えてる状態なら自覚しやすそうなんだ」
「じゃあ、嫉妬はクリアしてますね――自覚、自覚。さて、どう自覚いたしましょう?」
「そこらへんは分かんない。ただかげ君を助けられるのは、あんただけだ」
「……――更に言うと、柘榴様も救えそうですね。呪い、蒼刻一の呪いを食べることが出来る。だから、幽霊座が怯えながら来たんでしょうね」
「……だろうね。おいら、幽霊座にいっぺん会ってみたいなぁ……」
柘榴が苦笑を浮かべたときに漸く鴉座は少し心のどす黒さが薄れた気がして、薄く微笑む。
だがそれはこの場に居る者の殆どを凍らせてしまっただけのようで、鴉座はそれでも気にした様子もなく、絵本を触る。
絵本は絵が飛びでて、裁判官がまた無罪と主張している。
鴉座はそんな絵ににこりと笑いかけて、この場を絶対零度の温度にまでした。
「――無罪と主張するならば、私の罪をお教えいたしましょう。それでどうにか捕まえてください」
「無罪ぃいいいいいい」
裁判官が怯えたような声になったのは気のせいだろうか。
おかまいなく鴉座はにこりと笑ったまま告げる。
「私の罪は、陽炎以外には冷たいことです――頂きます」
「ああっやめてぇええええええ!!!!!!!!」
裁判官は摘まれて、鴉座の口の中に収まる。
その瞬間、絵本から陽炎と鷲座、それから字環が現れ、陽炎は字環の腕の中だった。
「……呪いが解けたか。まぁいい。僕は作られることに成功した!」
「――この糞虫が……ッ。その方をお放しなさい。でなければ、私もその方も、お前を許しませんよ」
「小生も……許さないんだけどね」
「馬鹿ッ! 被害者の俺が血祭りにしてやるんだよっ」
場に火が散る――が、そこに一石が投じられる。
最初に陽炎に心に痛み虫を作り出した人物の声が響いたのだ。
誰よりも無邪気で、誰よりも残酷な雪の皇子――。
「月の子、大人しくしなさい――」
「……白雪……様」
「……もう君の負けは決まりだよ。君がどんなことをしても、ね、心に痛み虫を作った原因には逆らえないのは分かって居るんだよ――」
「……っく」
「さぁ、良い子だから、俺がまだ笑っていられるうちに、陽炎君を解放しなさい――」
白雪がそう命じると、月は悔しそうに、すぅっと姿を消して、陽炎を手放す。
陽炎は自由が戻るなり、今時両膝をついて、喉を押さえる。
「~~ッあいつ、舌入れやがってぇえ!!」
「陽炎、陽炎。大丈夫ですか? はい、此方を向いてください」
鴉座が陽炎に歩み寄り、陽炎の顔を持ち上げると同時に深いキスを送る。
先ほどとは違って、気持ちの良いキスに陽炎は少し思考がぼやーっとしてしまう。
数秒経ってから、そこには大犬座が血涙していることに気づくと、鴉座を少し突き飛ばして、口元を拭う。
「な、何するんだよッ」
「何って――消毒ですよ。ありきたりですか? 嗚呼、陽炎、本当に無事で良かった――」
鴉座は穏やかに微笑んで、陽炎にそっと触れる。
陽炎は鴉座に触れられると安堵して、今度は己からキスをする。
そして獅子座が何か恨み言を呟いてるのに気づくと、やっぱり慌てて逃げようとするが、鴉座が放してくれず、堪能されてしまう。
「んー! んー!!」
「……っは、……。陽炎、私を、許してください。貴方を不安にさせました。私は、信じさせる努力をしなかった」
「……いや、俺も、信じなかったのが、悪いし。ごめん、なさい。許して、くれるか?」
「勿――」
「鴉座を許してはいけません。君を泣かせた」
「鷲座ッ」
鷲座が陽炎に抱きつき、鴉座からべりっと剥がす。陽炎は目を点にして、鷲座にされたことを思いだし、鷲座の頭をぶん殴る。
鷲座は痛いと呟いたが、離しはせず、鴉座に挑むように見上げる。
「――鷲座、お前、そういえば先ほど襲おうとしてましたね!?」
「……すまない!」
「すまないで、済むかと思ったら大間違いですよ!!」
「でもね、鴉座。小生だって、この人が好きな気持ちは譲れない。だから、真正面から君に挑む。鴉座」
鷲座はにこりと微笑み、それから陽炎にしがみつくように抱きつく。
鴉座はそれを見て嫉妬に狂い、鷲座に凶悪的な笑みを送り、それに陽炎が戦慄く。
ああ、今日からまた五月蠅くなる――と陽炎は、頭痛がし、嘆息をついた。
「ちょっと、陽炎、ちゃんと断ってくださいよ!」
「言ってもきかねぇんだよ!! 鷲座、諦めてくれよ……」
「嫌です。小生はまだ君が好きですからね」
「陽炎!」
「あーもう、どうすりゃいいんだよ! 黙れ、お前ら!」
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