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第四部 三章――月の誕生
第十四話 悪夢の続きをともに貴方と
しおりを挟む「――首なしだ、どうして首なしの人間ばかり……」
「それよりも小生は、この景色に見覚えがあるのが謎なのですけれど――」
「……ベルベットシティ、か」
陽炎は辺りを伺い、そこにあったメイスを手に「そこらへんを見て回ろうぜ」と歩き出す。
鷲座は御意、と頷き陽炎を守るように動き、歩く。
街中は煉瓦街、空は真夜中で少し寒い。
上着が欲しいな、と陽炎が軽く思ったときに、鷲座が陽炎に己のショールを首に巻いてくれた。
「鷲座……」
「風邪を引くといけませんから」
「有難う」
陽炎が微笑むと鷲座は少し固まってから、いえ、と俯き、無言になる。
陽炎は彼が無言になるときは何かを考えている時だと知っているので、何か言って邪魔しないでおくようにする。
(――しまった。自分から二人きりになってしまうような事を。陽炎どのに恋心がばれないうちに、早く戻らないと)
*
その頃現実では――。
「うわぁ、わっしーってばかげ君の事、好きだったんだねぇ、まだ!」
「我が弟は、見事なまでに星座に好かれやすいこと」
「あの鳥ーーーー!!! 私の陽炎に何かしたら、……ッ嗚呼、本当むかつくっ! 最初からあいつはいけすかなかったんだ!」
「人畜無害そうな顔で意外とやるねぇ」
もう絵が飛び出ない絵本には、陽炎と鷲座のデフォルメされた絵が書かれていて、鷲座の心が筒抜けだった。
いや、陽炎の心も。
絵本の登場人物になったのだから、全てこの世界で筒抜けになるということだろう。
それを見て地団駄を踏んでいるのは、鴉座と獅子座と大犬座。
その隣で真っ青になりながらも、蟹座はその場にいる。
鳳凰座がいるので嫌なのだが、陽炎が心配だったので来たのだろう。
「蟹座様……青いですね」
「……――誰の所為だと思ってる」
「……気候ですか? 確かに少し寒いですわね」
「……――頼む。誰かこいつを何処かへ……!」
「蟹男、あんさんすっかり弱くなったね……悪役は蒼刻一に引導を渡したか」
「こいつが側にいるくらいなら、引導渡さないで悪役のままがいい!」
「蟹座様……?」
「う……おろしたてのシャツみたいな眼でオレを見るな……! 鳥肌が立つ!」
*
「陽炎どの、神殿がある」
「ああ、俺、前此処来たことがある。お前と蟹座そっくりな男に案内されてさぁ」
「――そっくりな、男、ですか?」
「そう。それで中に連れられて――アザワに出会ったんだ。アザワを見て誰かの怒って呼ぶ声で、目が覚めた。ああ……俺、アザワ、置いてきたんだ。プラネタリウム手放したとき」
陽炎は一つの声を思い出すと、ばつの悪そうな顔をして、親指を噛んだ。
あの時、確かに己に助けを求めていたのに――助けずに、己はプラネタリウムを手放した。
少し悪いことをした……と、陽炎は罪悪感を感じる。
「アザワ? 誰ですか?」
「――プラネタリウムの住人だけれど、どの星かは分からない」
陽炎はそう呟くと、鷲座に神殿を指さして行ってみよう、と中へ入るために歩く。
道を思いだしながら歩いていた陽炎だが、ふと突然何かに導かれるように道順が分かり、しっかりとした足取りで歩き出す。
そして、辿り着いた場所には、半透明の青白い石、月蛍石で出来た像が。
(――あざ、わ?)
像の手元の水晶玉が以前と違って、ホンモノの水晶でできている。
それに何処か像の表情が違って見える――以前は神の像のように神秘的だったはずが、禍々しいものに変わっている。
「どういうことだ?」
「……陽炎どの。此処、薄ら寒く感じます。帰りましょう! 元の世界に戻りましょう!」
「駄目だ、何も成果が無い。何だ、この水晶玉――」
陽炎がその水晶玉に触りだした途端、誰かがだだだと足音を立ててやってきて、陽炎達は思わず隠れる。
そこには首なしの神官達が居て、陽炎はその光景にホラー物を思い出していた。
首なしどもは誰もいないと思うなり、帰って行く。
陽炎は一人残らず足音が消えると、ふぅと息をついて、鷲座に大丈夫か、と尋ねる。
「ちっとも――此処は、怖いです」
「そうか――お前がそう言うなら、しゃーない。出るか、此処……」
陽炎は像をもう一度見やる。
細面の禍々しいその像は、何処か今にも笑いそうな顔をしているように見える。
だがそれと同時に――泣きそうにも見える。
(やっぱり、悲痛な叫びのまま、か――)
「力になれなくて、ごめんな。アザワ。じゃあ行くか」
二人は神殿を出て、とりあえず人気の無いところを探して、そこへ移動しに行こうと思った。
丁度その時、まだ首のある少女を見つけて、丁度良いと鷲座と陽炎は顔を見合わせ、声を掛ける。
「そこの嬢ちゃん」
「――え、あ、ああ……! 良かった、良かったぁ! まだ、顔のある人間が居たのねッ」
「これはどうなっているんだ?」
「ッ分からない。一人、前に死体が出てその人から首がなくなってて、その人が蘇って――ッ! 皆、皆死んでいるの、首のない人は!」
「……死んでいる?」
鷲座が落ち着くようにと彼女を抱き上げて、頭を撫でると、少女はしゃくり上げながら言葉を懸命に紡ぐ。
この恐ろしい状況を、他の人間に話せる日がくるなんて思わなかったのか、やけに安心したのか涙が多い。
「あのね、最初はアルカテットの殺された死体からだったの。アルカテットが蘇ってミルノを殺したら、ミルノも首がなくなって……気づけば、街は首なし達が誰かを殺しまわり、仲間を作っていたわ。ねぇ、ママ。ママは大丈夫かなぁ?」
「大丈夫じゃないかもしれませんね」
鷲座の現実的すぎる回答に、少女はわぁああんと一層泣きあげて、注目を浴びる。
そして首なしどもが陽炎達に首があることに気づくと、一気に襲いかかってきたので、陽炎の拾ったメイスの活躍所だった。
「鷲座の馬鹿ッ鷲座の馬鹿ッ鷲座の馬鹿ーー!」
「陽炎どの、この数では君も危ないし、何よりもしかしたら斬られるだけで首なしになるかもしれない。一旦引こう」
「引こうっつったって、この数……!」
「――妖仔の鳥にお任せを」
くす、と笑う鷲座を陽炎は視界の隅で認めると、少し薄ら笑いを浮かべて、鷲座の近くに戻る。
鷲座が「何処か掴まっていてください」と言うと、メイスを放り出して腕を掴む。
その瞬間鷲座は背中から翼を剥き出しにし、ばさりと羽ばたき、少女を抱え、陽炎を引きずって飛び立つ。
が、一瞬誰かが鷲座の翼を傷つける。
「鷲座!」
――それでも飛び立つ。
小さい癖に力持ちだなと陽炎は思いながらも、ふと夜空に飛ぶ懐かしさを思いだし、切なくなる。
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