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第四部 三章――月の誕生
第十三話 あの子は世界が忘れた人
しおりを挟む一方その頃、鴉座は頭を冷やし、屋敷に戻ってきていた――。
(……言い過ぎた、だろうか。あの人だって不安がっているのは分かる、だが……それでも、信じて欲しかった)
それを考えると己は間違っては居ないと思う。
ただ、言い過ぎてしまっただけで。飛び去る直前の思い人は、苦しさをにじみ出していた。それを思うと、やるせない。
自分自身に嫉妬など、馬鹿らしいのに。
――ただ、でも苛立つのだ。自分の話題をあまり出してくれない皆に。
記憶が戻られると困るからなのだろうけれど、思いだしなんてするわけないから過去の自分だけでも聞いておきたかった。
どう陽炎と接したか、どう陽炎を守ったのか、どう陽炎の心を――掴んだのか。
「でも、あの人は今の私を好いてくれている――不安にはならなくていいのは、私だろうが」
鴉座は参ったな、と口の端だけつり上げて笑い、自嘲的にくっと喉奥で笑い声を零した。
髪の毛を掻き上げて、ため息をつけばそこで図書室へ向かう途中の冠座と遭遇し、鴉座は珍しく女性相手に作り笑いを浮かべなかった。
それを不審に思った冠座は、首を傾げたがどうしたのとは聞かなかった。
陽炎も何処かおかしかったので、何かあったのだろうと推測したからだ。
「鴉座――?」
「はい、何でしょう」
「自慢の微笑みが浮かべられてないよ」
「おや、笑ってるつもりなのに。相当落ち込んでるらしいですね、私は。漆黒の姫君、貴方は――人を信じるってどういうことだと思います?」
「相手を少なからず好きだと思うことだと思う。好きじゃなきゃ信じられないもの」
「……――じゃあ信じられなくなった時は?」
「相手が分からなくなったことだと思う。分からないものは信じられないから」
「――……私は、陽炎が分からないんでしょうかね。陽炎も私が分からないのですかね」
鴉座が思わず愚痴ると、冠座は苦笑を浮かべて、でもすぐに顔を引き締めて冠座は鴉座の頭を背伸びして撫でる。
撫でられて、少し気持ちが軽くなる。
何を慰めの言葉を言うでもない。でもただその行動だけというのが嬉しかった。
「鴉座」
「何でしょう?」
「絵本の情報集まった?」
「――絵本の世界では、誰かが事件を起こしてるようです。その人物を生み出した者を有罪と言うそうですが、どうやって陽炎が生み出したか、何故鷲座も関わっているのか、は分かりません」
「……――あの絵本の中で事件、か。陽炎がさ、さっき絵本の中に入ったのよ」
「!? ほん、とうですか? 失礼ッ」
鴉座は慌てて駆け出して、まずは柘榴が状況を知っているか知るために、柘榴の元に向かう。
柘榴の元に辿り着けば、柘榴は教科書を睨み付けて、解読していた。
「柘榴様ッ」
「あ、鴉座。……丁度良かった、これを見てくれ」
あだ名ではなくちゃんと名で呼ぶのは、彼が真剣な証。
柘榴は少し伸びた髪の毛を掻き上げて、ため息をつく。その様子に何処か触れてはならない琴線が漂ってる気がして、鴉座は言われるままに、知らせたいこと知りたいことを飲み込んで、見やる。
文字が宙に浮き上がる。
そこには、先ほど読み解いていた鴉座についてのことだった。
「やられたよ」
「――何が?」
「蒼刻一に闇の十二宮について、消されてる。あゆちゃんから昔教わった結界を気づいたときに慌てて施したんだけど、消えた。これで分かった、教科書は説明書じゃない。蒼刻一の都合の良い書き換えの出来る、妖術道具だ。半ば本当だとしてもな」
「と、いうことは?」
「さっきおいらは一瞬文字が書き換えられたような気がしたんだけど、まさかと思い、気にしなかったんだけれど、あれは蒼刻一が書き換えたんだ――あんたの情報が多分、正しいから。最初から、かげ君達を絵本の中に入れるのが目的だったんだ」
「――嗚呼、もう知っていらしたのですね。でも、すぐにその絵本から助け出せるのでしょう?」
「――蒼刻一の呪いは、世界一強力。隙があるとしたら、星座くらいだ。完全に外からガードの妖術を施してる。何か、絵本の中にかげ君に取ってきて欲しい物があるみたいだ」
「……! じゃあ、それを取ってこない限り、陽炎は……」
鴉座の言葉に、柘榴は難しげな顔をして頷く。
それから、掴みかかろうとした鴉座の手を避けて、柘榴は苦笑を浮かべる。
「どうして止めなかったって、言いたいんでしょ。それはおいらが、白雪に言いたい!」
「また――あの人ですか。あの人はいつもいつも!!」
「――かげ君をさ、あんまり責めないでね。戻ることが出来ても」
鴉座は、頷けなかった。
何せ間違ったことは言ってない、ただ少し言い過ぎただけだと思ってるのだし、陽炎が戻ってきたら、何故危険な真似をすると問いただしたい気持ちで一杯だったからだ。
柘榴はそれを見抜くように苦笑する。
「――かげ君はさ、もう家族が居ないんだ。白雪がいるとはいえ、一回殺したのはおいらだし。何より、全世界が彼が生まれたことを忘れている――。頼れる人間は、おいらとるおー。どうしても人を信じて一歩足を踏み出したいと思っても、過去の経験や、プラネタリウムを巡っての騒動で、信じ切ることが怖くなって居るんだよ。かげ君はあんたをそれでも信じようとしてたんだと思う――でも、それは今のあんた、だ。他人だからこそ、と繋がる糸と同時に、重みに気づいてなかったんだと思う」
「重み?」
「――記憶がないから、という姿のあんただから安心できるという錘。――いつも安心できる恋なんてあったら、誰だって苦労しないのにねぇ。きらきらとした部分しか見えてなかったんだろうさ」
鴉座はその言葉に徐々に苛立つ――だから、ゆっくりとその苛立ちを口にすることにした。だが、柘榴は――。
「……――だから、私に妥協しろと? 信じてくれないことに!」
「違うさぁ。なるべく、どっちも本当のあんさんなんだってことを思い出して貰うよう努力しあいなさいって言いたいだけさね」
柘榴はにへらと笑いかける。苛立ちに怒った様子も戸惑った様子もない。
この人間は白雪とは別の意味で、得体が知れない、つかめない感じがする。
柘榴は、まぁ頑張って、と部屋を出て行きかけて、思い出したように絵本の情報を聞く。
鴉座はテープレコーダーのように冠座と話した事を同じく教え、それからその場にあったソファーに座り込む。
柘榴はその姿を認めながらも、陽炎を救い出すために、白雪の元へ向かう。
ばたん、と扉の閉じる音がした。
(――思い出して貰う、努力……。以前の私と、今の私を別に考えてることがばれたか。ばれたというより、……気づかされた感じがするのだけれど。やっぱり、柘榴様は説歌いだ。人に気づかせるのが得意だ――)
鴉座は苦笑を浮かべて、そこでふと思い出す。
(陽炎達――? 一緒に入った者が居るのか?)
それが鷲座だと聞いて、また嫉妬するのはつまらない話。
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