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第四部 第二章――闇の十二宮
第十二話 悪夢の街ベルベットシティ
しおりを挟む「――ただいま、あなた」
「……おや、お帰り。今、休憩して蓮見と遊んでいたところだよ、お前」
あれから生まれたばかりだとは思えないくらいの成長ぶりで、流石人と妖仔の交じり仔といったところか、蓮見は二歳児の姿だった。
くりくりの丸い目は愛らしく綺麗な黒水晶の眼差しをしていて、髪の毛の色は白雪の妖術を使ったときのような紫髪で、鮮やかな色をしている。
だー、と蓮見は白雪に抱えられながらも、母親である牡羊座に気づくと牡羊座に手を伸ばし、笑いかける。
その微笑みで、牡羊座は癒され、蓮見、と名を呼び、その伸ばされた手を取る。
何処か泣きそうな牡羊座に白雪は、怪訝そうに眉をひそめる。
「――どうしたの?」
「……ねぇ、プラネタリウムの妖仔であるという事がこんなにも辛いことだなんて、思わなかった、あたくし」
「……――妖仔、ね。何、誰かに何か言われたのかな? 悲しい顔をしないでくれよ――お前の悲しみは、オレの最大の怒りだ」
白雪の顔は微笑んでいる。だが微笑むことが長けているこの男だからこそ、その言葉は真実だということを知る。
牡羊座は蓮見を抱き上げて、白雪の膝の上に座り、肩に頭を乗せ体重を預ける。
牡羊座からこんな行動を取ってくるのは珍しくて、白雪は益々眉間の皺を増やして、サングラスを抑える。
「――どうしたの、本当に」
「……創世神のことは大好きよ、あたくし。あたくしを作って下さった、最高神よ? でもね、陽炎様もあの事件からあたくしの中で、最高神なの。あなたを蘇らせて、蓮見に父親を与えてくださった――……」
「――うん。そうだね。あの仔の行動は、驚いた」
「……だからね、創世神の所為で、あの方が傷つくのを見ていると切ないの。悲しくなりますの」
「……――ああ、そういうこと。オレは別に、傷つかない」
「どうして? 貴方もあの方が大事じゃないの?」
牡羊座の悲しげな顔に触れ、白雪はその額にキスをする。
優しく、長く触れるキスを。
それから、サングラスを持ち上げて、瞳を、もう黒飴のような眼ではない眼を見せて、微笑む。
「オレの優先順位を教えようか? 一番はお前と蓮見、二番は我が弟だ――……蒼刻一なんて、例え蘇らせた術師でも、オレにとっちゃどうでもいいんだ。だから、ね。比べようがないから、オレは陽炎君の味方につくよ」
「……成る程」
牡羊座が納得すると、白雪は続けて思いも寄らぬ言葉を吐き出す。
「……――オレね、お前達が蒼刻一の妖仔でなくなる方法を知っているんだよ」
「え!」
「……でもね、教えられない。教えちゃいけないんだ。どうして人には困難が与えられると思う? それが生きる価値を見いだせるからだよ――恋も、相手によっては価値を見いだし、己を満足させてくれる。だから、自分たちで見つけたとき以外、手助けしようと思わないんだ。決めたことを」
「……白雪」
白雪は牡羊座の頭を撫でて己の肩口に埋めさせる。
それで安堵を与えられるよう、祈りながら。
女性に手慣れてはいたが、こんなに緊張のする扱いをさせるのは牡羊座が初めてで、白雪はそこに満足感を感じていた。
幸せが過ぎて、怖いくらいに。
「陽炎君に何があったか分からないけれど、彼らで解決口を見つけない内は、手出ししてはならないよ――。それが自分の手で解決出来たとき、とても気持ちいいんだよ」
「……でも、あんな辛そうな陽炎様を見るのはッ」
「辛さを覚悟して、あの子はプラネタリウムを手放したんだよ――? それに、オレ達じゃない人も助けになってくれるだろう。巨蟹の妖仔とかね」
そこで牡羊座を落ち着かせるために、鼻歌を歌ってあげようとしたときだった。
扉が開き、そこには噂の主の陽炎と、鷲座が。
「兄さんー、絵本の世界、ちょっと行ってきて良い?」
「――ああ、陽炎君。絵本には少し何か変わった小細工が見えたんだけれど、それでもいいかな?」
「どういう――ことですか」
白雪は二人に何があったのか、と邪推することなく、己の先ほど調べたことをゆっくりとした口調で教える。決して急かないのが彼の平常時だ。
「それがね、絵本の世界に入ってから、話が変わる仕組みを見つけたんだ――嫌な予感が、少しするんだけれど、でも気にはなる」
「いい、構わない。行ってくるよ」
「そう――鷲の妖仔は良いと言ったのかな?」
鷲座は会話を挟む隙間を見せない兄弟だったから少し言葉を挟めなかったが、白雪からふってくれれば即座に反対を。
「言いましたけれど――でもっ、事情が先ほどと違うのならッ」
「でも一度は良いと言ったんだよね? それに何か君が頷いたのも理由がありそうだ――それを覆せることになる事情かな?」
白雪の言葉と瞳に鷲座は、口を噤み、ため息をついた。
陽炎は白雪から反対されるかと思っていたのだが、白雪は意外にも乗り気でまるで己に何があったか知ってるような口ぶりで、少し驚く。
だが、すぐにまぁ白雪だし、と納得し、絵本を持っている大犬座のもとへ向かう。
大犬座は冠座と談笑しながら、頭をぺちぺちと叩かれていた絵に。
絵は相変わらず鷲座と陽炎以外には無罪と言いつつ、大犬座の頭を叩いている。
陽炎の姿を見るなり、大犬座は陽炎に笑いかけ、冠座は手をひらひらとふる。
「どうしたの、陽炎」
「絵本の世界に行くことにした」
「……そう。絵本の世界って危険じゃないの?」
「――冒険に出るんだよ」
にかっと笑った陽炎の微笑みに、冠座は小首傾げて、納得しない表情で、そうと呟き、絵本に視線をやる。
大犬座は、えーと大声をあげるが陽炎は笑いかけて、大犬座の頭を撫でる。
「土産は何が良い?」
「しょうがないわねー、じゃあ愛の言葉!」
「――それは無理だ。じゃあ絵本、俺たちに、そっちの世界を見せてくれ」
「島流しッ島流し決定――ベルベットシティに島流しッ」
絵本の絵がそう叫ぶなり、光源が強く広がり、瞳を焼き尽くすような光りになり、陽炎と鷲座が眼を開けたときには、煉瓦街だった。
「ベルベットシティ――? これは……あの夢の……悪夢だ!」
街歩く人々に首がない。
それでも街の人は普通に生活している。
街の風景は昔に、陽炎が見た夢の風景そのままだった。
そう、星座が名前付で現れたあの夢の風景――。
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