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第四部 第二章――闇の十二宮
第十一話 よく似ている鳥はそっと自分を自覚した
しおりを挟む「陽炎、私がそんなに記憶を取り戻すのが嫌? 本当だとしても」
「嫌だよッ。だって、記憶を取り戻したら、――お前を信じられなくなりそうで」
「今でも信じて貰えないのにね」
鴉座は皮肉ると、くっと喉奥で笑い、冷たい目で一瞥するとその場を去っていく。
陽炎が慌てて追いかけると、鴉座はもう暖かい眼で己を見てはくれなかった。
冷たく、柘榴が主人となってから一番最初に会った時のように、冷たい冷たい瞳――。
「何ですか、陽炎」
「――ッごめん、ごめん! お前が悪いんじゃない!」
「ええ、私はプラネタリウムの妖仔。ですから、その仕組みで記憶を忘れてしまっただけですものね――きっと、貴方とならば愛属性だったでしょうに。とびきり甘い時間を過ごしたんでしょうね。一生忘れたくないような!」
鴉座は足を止めると陽炎に歩み寄り、陽炎の傷跡が見える頬にそっと手を伸ばし、それを抉るようになぞり、半目で笑いかける。
その目は己以外に向ける時の冷酷な目で、酷薄な色をしていた。
「痛……ッ鴉座!」
「自分自身に嫉妬してしまいそうです――いつも、せめて記憶があったならば、と思う私の苦しみが分かりまして? 記憶があったらば、蟹座の貴方への冗談も信じられるでしょうに。こうして――貴方ともめることもなかった」
「違う、違うんだ! 記憶があったら、お前は仕組みで俺を――思うだけなんだ。名残なんだよ、きっと」
「貴方は傷つくのを恐れるのですね。傷つかない恋なんて、無いのに」
鴉座はそう言うと、窓辺から降りて翼を出し、飛び立っていった。
陽炎は、拳を作り、ため息をつき、片手で頭を抱えた。
(……だって、誰だって傷つきたくないじゃないか。どうして、分かってくれないんだ――妖仔のお前だから、普通の人間のような思い合いをしたいって。それには記憶が邪魔なんだって――……)
でも鴉座の言うとおりだった。
傷つかない恋は決してない。水瓶座だって、蟹座だって、――昔の鴉座だって、傷つきながらも恋してくれた。
己だけ無傷で恋したいだなんて、欲張りにも程がある。
「俺、何やってるんだろう……」
「陽炎どの?」
ふと泣きそうだった。
顔を歪めていた。そんなときに前方から小さな影が近づいてきていた。
前方の影は己の様子に気づくなり、慌てて駆け寄ってきて、どうしたと尋ねてくる。
「何でもない――」
「何でもないわけないでしょうに――? どうしました、本当に……」
「やめて。今は、敬語は聞きたくない……」
「――鴉座に何か言われたんですか?」
陽炎が黙り込むと、鷲座はため息をついて、頬をかいて、窓を閉める。
きっと喧嘩で飛び立った後なのだろう、と予測しながらも。
窓を閉めると、鷲座は出来るだけ敬語を使わないように気をつけながら、陽炎に話し掛ける。
「――何を言われたの?」
「お前にまで気を遣わせちゃって、ごめんな。……俺、鴉座の言葉を信じなかったんだ」
「それは……また、どうして? どうして、信じられない?」
「――わかんない。多分、好き、…好き過ぎるから。信じて傷つくのが怖いんだと、思う」
「……――そう」
鷲座は眼からこぼれ落ちた滴を見ると、糸目を見開き、それから細めてそっと陽炎に手を伸ばして、抱きしめる。
陽炎はただの慰めだと思い、それに甘える。
鷲座の中では葛藤が激しく駆けめぐっているのに――。
(――こんな時だというのに、胸が高鳴る。最低だ、小生は)
鷲座は己が傷つくのを感じる。罪悪感、敗北感、高揚感、様々な物が入り交じって、己がとてもこの世で嫌な存在に感じてしまう。
思い人が泣く姿が嫌なのに、その顔が魅力的に感じてしまう己が居るのだ。その泣き顔に胸を高鳴らせる己が居るのだ。
そんな思いを抱いてはならない。彼を、励まさなくては――。
「陽炎どの、気分転換しませんか?」
きっと、動揺しすぎていたから普段ではあり得ない言葉も、鷲座は吐いてしまったのだろう。提案してしまったのだろう。
「あの絵本の世界を、見てきませんか?」
「……――悲恋の絵本だったら、俺、立ち直れない」
陽炎は泣き笑いを浮かべながら、鷲座を抱く力に力を込める。
本気で言ってるのだな、ということがそれで十分通じる。
「大丈夫。あれは、ただのほのぼのとした絵本でしたから。大犬座どのに読んで貰ったところ」
「あんな状態で絵本読めるのかよ」
漸く陽炎が純粋に笑うと、鷲座は益々胸を高鳴らす。
顔が紅潮してないだろうか、己の鼓動は相手に伝わってないだろうか、己は平静を装えてるだろうか。
(小生の言葉で泣きやんでくれた――嗚呼、嗚呼!)
鷲座は少し混乱しながらも、何とか笑みを零し、身を切る思いで陽炎から体を離す。
「絵本の世界に行ってみて、それでどれだけあの闇鳥が恵まれているか、思い知らせれば良いんですよ」
「……――なんかかっこわりぃな。冒険ってことにしておこうぜ」
「――君が望むのなら、どんな旅でも構いません」
鷲座はにこりと微笑み、陽炎に安心感をもたらす。
陽炎は、落ち着き、二人で絵本を調べている白雪の元へ行く。
それ自体が蒼刻一の罠だと気づかず――。
「そう、絵本の中に入って、とびきり傷ついてきてくるがいいさァ。そうでなきゃ――あいつが出てこない。テメェと鷲座にかかっているんだ、僕の長年の恋も兼ねた友情は」
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