153 / 358
第四部 第二章――闇の十二宮
第十話 疑心暗鬼の不幸
しおりを挟む「柘榴! 鴉座は戻ったか!?」
「あれま、かげ君、血塗れ。お風呂入ってきたら? 怪我はないよねぇ、羊さん」
「はいっ、怪我はありませんが途中、創世神に会いましてッ……」
「あー、絵本の件?」
「いや、違う! どうしよう、柘榴! あいつ、記憶を取り戻すッ……!」
「……かげ君、かげ君、落ち着いて?」
陽炎の取り乱しぶりを見ると、柘榴は一瞬目を見開くが、こほんと咳払いをし、柘榴は食べていた酢漬けイカを頬張り終え、酢臭いその手で陽炎の頭を撫でて今にも悲しみでこぼれ落ちそうな眼を見つめて、にこりと微笑む。
「ほら、深呼吸。そんなに焦ってたら言いたいことも言えないよん」
「あ、ああ……」
「痛み虫得た?」
「うん」
「ああ、じゃあ良かった。これで、赤子以上。赤子じゃないかげ君には力があるんだから、何かあっても解決出来るよ」
柘榴の言葉は不思議と体に染み込む――優しく優しくそれは耳から皮膚から入り込み、心の奥底をぼっと明るく照らしてくれる。太陽のようで暖かい。
彼が太陽のようなことは知っていたが、またしてもこの陽に照らされるとは思わなかった陽炎は、その暖かみに癒される。
陽炎は落ち着きをやや取り戻し、柘榴に有難うと礼を告げる。
柘榴が、うんと頷いたときに、蟹座と鴉座がやってきて、鴉座は陽炎に歩み寄る。
「陽炎ッ」
「鴉座……お前、幽霊座に会ったって本当か?」
「あれが幽霊座というのなら、お会いしました」
下手に隠し立てすれば、怪しまれるだろうと、鴉座は素直に答える。
――が、鴉座の言葉に、陽炎はまた少し不安になり、弾くような反応をする。
「――本当の自分になりたいなんて、言わないよなッ!?」
「陽炎――どうしたんです、そんなにせっぱ詰まって……」
「言わないよな?! お前は今のままでいいんだっ、頼む、本当の姿になんてならないでくれ!」
「……――陽炎、蒼刻一様に何て言われたんですか」
「お前が本当の姿を知った、って言われたんだ!」
「……本当ですか? 慈悲深き母君」
鴉座は小首傾げて、問いかける。どう考えても今の陽炎は普通じゃない。何かこの言葉以外に吹き込まれた言葉があるはずだと、鴉座は考え問いかける。
牡羊座は陽炎を気にしながら、必死に思い出して、言葉を紡ぐ。
「記憶を取り戻すことが出来ると言っておりましたわ」
「まさか。あの火は記憶は取り戻せないって言ってましたよ?」
「……え。じゃあ、蒼刻一の嘘?」
「教科書で調べたらいいんじゃないですか?」
「はいはい、待って待って」
鴉座の提案に、これで修羅場が消えるならばと柘榴は教科書――水晶の地球儀を取り出して、じーっと見つめる。そして、ぽん、と何処かの国のような場所に触れると、文字がすぅっと浮かび上がる。
「……ん?」
「どうした、柘榴」
「いや、なんか……一瞬文字が変わったような気がしたんだけど、まぁいいか」
柘榴がその文字の羅列を読み、解読に時間をかけて読み解くと、柘榴は少し複雑そうな顔で、まずは二人の話を聞くことにする。
そして間違いがあったら訂正することに。
結果、記憶が戻らないということだけが教科書には書かれていなかった。
寧ろ、記憶が戻るようなことが仄めかされていた。
「鴉のにーさん、残念だけど……そういうことで」
「……ッ私は、あの火が嘘をついてるようには思えない! 蒼刻一様の方を信じるんですか?! あの白き死に神を!」
「教科書に書いてあることだし……」
「教科書が全てだとは限らんだろう。オレも白い化け物よりは、火の方が信頼出来る」
「蟹座……」
「陽炎、しっかりしろ。確かにあの白い化け物はお前を助けた。だが――……従僕のオレが言うのも変だが、信頼出来る者じゃない。信頼してはいけない部類だ、あれは。昔の白雪と同じだと言えば分かるか?」
聞いてるだけでも居たたまれなかったのか、蟹座が間に入る。すると陽炎は不安定さを表に出して、今にも怖いことが訪れるような恐怖にかられたまま、叫ぶように訴える。
「…………っ確かに、蒼刻一だし、信頼しちゃいけないんだと思う。だけど、だけど……教科書はプラネタリウムの説明書じゃないか!」
「――陽炎、私よりあれを信じるのですね」
その声には、陽炎ははっとしてしまった。
言ってはいけないことを言った。
己はよりによって恋人を信じていない発言をしてしまったのだ――。
恋人よりも文字に翻弄されて、――。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─
藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。
そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!?
あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが…
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊
喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者
ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』
ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
Rシーンは※をつけときます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる