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第四部 第二章――闇の十二宮
第八話 鴉座(きみ)への焦燥が募る
しおりを挟む――これが、陽炎の強さだった。
痛み虫を得ながらも、斬られながらも立ち上がり、痛み虫を得るなり冷酷に相手をたったの一回斬るだけで殺す。
血だらけになりながらも、体に馴染んできた痛み虫が体を回復させて、血が皮膚に張り付くだけで、致命傷にもならない。
致命傷になる傷を陽炎は得るつもりで来ていたが、見るからに弱そうだったので目標を痛み虫の多さに変更した。
そして最後の一人を倒すなり、その場に倒れ――息を荒くあげる。牡羊座は駆け寄り、近づき大声をあげる。
「我が元・神!」
「疲れただけだよ。あー、しんどいッ。俺、絶対体力なくなってきてるって……」
「――そりゃあ、山賊の集団二組も倒せば疲れますわ。流石我が元・神! 二十人と三十人を小分けにしたとはいえ、一人で倒すなんて。痛み虫はそれで、幾つほど?」
「これだけやっても、二つだよ、畜生。嗚呼、撃鉄んとこ行ってこようかなァ…!」
「疲れた後のボス戦はいけませんわ」
牡羊座のとぼけたようだけれど真面目な言葉に、陽炎は苦笑を浮かべて、起きあがる。
それから戦利品を漁り、戦利品を多く手に入れると、換金所に向かうべく歩き出す。
換金所への道は、陽炎は気に入っていた。
何処か暗い路地裏を通るのが、好きだった。落ち着くのだ。
換金して貰ってから、その通りをまた歩き、牡羊座が沢山のお金を換金したから持っていたので、その金で酒でも飲みに行くか、と笑いかけようとしたときだった。
「随分楽しそうだなァ?」
「――誰だ?」
突如、不穏な空気は現れる。
「もう僕の声を忘れやがったか、薄情者。死との敵対者だ」
「……――創世神ッ」
突如闇に現れた白き闇はゆったりと近づき、不気味な色の眼をきらきらと輝かせる。
白い姿はまるで全身に、再生と終焉を繰り返した、白紙の歴史が刻まれているようで。
蒼刻一はにたりと笑い、陽炎の目の前まで行く。
陽炎は警戒心から剣を構えるが、蒼刻一相手に何処まで出来るか自信はなかった。
彼の力は、気迫からしてただ者ではないことを教えてくれる。
「――何のようだ」
「糸遊~、頼み事があるんだ。前回、僕はテメェの頼み事を聞いたからいいよなァ?」
「……事と次第による」
「糸遊、僕の元にいる星座が暴走してしまってなァ、止められるのはテメェしか居ないんだ――」
陽炎は警戒しながらも、ゆっくりと動く。それに蒼刻一は一切気に留めないで、にたらにたらと笑みを浮かべて、宙に漂い、陽炎の顔の真ん前に来る。顔だけを前に突きだして、あとの体は後ろの方で胡座を掻いている。
「……何の星座?」
「……――幽霊座、僕の命令に逆らいやがった。鴉座に余計な事を教えたんだ。鴉座に本来の自分を取り戻して欲しいと。そうすりゃ、記憶が取り戻すことが出来るってなァ?」
「……あ?!」
「あっははぁ、テメェの苦労が水の泡になっちまうわけだぁ」
蒼刻一はげらげらと笑い、陽炎の頬になぞるように触れる。
その温度は低く、まるで死人のように冷たいが死なない彼が死人のわけがない。
ぞっとする温度に陽炎は堪え、双眸を細めて睨み付けるだけ。
その睨み付ける瞳に蒼刻一はにやにやと満足そうに微笑んで、頬に爪を立てる。
爪を立てたままなぞられ――そう、引っかかれて、傷跡がつく。その様子を牡羊座は止めようとしたが、蒼刻一の迫力により動けなくなっていた。
「止めろ、鴉座の目覚めを」
「……分かった。俺としても、記憶が戻るのは避けたい。プラネタリウムの仕組みを引きずって思われるのは、嫌だ」
「そうそう、良い子だ。テメェとは気が合いそうだな? じゃあ、頼んだぞ。それと――……僕の聖霊に宜しく」
「お前が柘榴のことを聖霊って言う度に、腹が立つよ――」
陽炎が睨みを利かせたまま、蒼刻一の威圧感に勝ち、動いて手を振り払うと、蒼刻一はくすくすと笑いを残して、空に消えた。
その消えた後でも空を睨み続けて、陽炎は拳に力を入れて、剣を下ろす。
「むかつくよな――剣を向けられても怖くない、お前じゃ敵わないっつっー姿勢だ」
「……創世神ですもの、仕方ありませんわ。ご無事で何より、ですわ……」
「……それよりも、だ。星座が蒼刻一の元に居るってどういうことなんだ?」
陽炎が首を傾げて、傷の付いた頬に手をやると、血が少し垂れた。
いつもだったら、それに顔を真っ青にさせて倒れそうなくらい絶叫する牡羊座が、新しい妖仔というのに気を取られ、考えを巡らせている。
「幽霊座――あたくし達の知る星座ではありませんわ。きっと……何か特別な条件で生まれましたのね。もしかしたら他にもそういう星座がいるかもしれませんわね」
「……帰ったら、教科書を……」
陽炎は思案しながら言いかけて、ふとその思案が途切れて不安な思いが一気に押し寄せてくる。
「――なぁ、そんなに記憶が無い事って悔しいんだろうか……。俺は、俺は……ッ一から思い合うことが始まって、嬉しかったのに……!」
陽炎の言葉は、ふと牡羊座を現実に戻らせた。
自分の感情を押し殺すような、暗い声。彼にはこんな顔も、こんな声もしてほしくないのに、彼は拳を作り、堪える。
落ち込む陽炎に牡羊座は何も言うことが出来ず、そっと頭を撫でようとしたが、陽炎の眼があまりに悲しげだったので触れることすらしてはいけないような気がして、牡羊座は手を下ろした。
「――帰りましょう。我が主に報告を――……」
「……調べて貰おう、鴉座の本当の姿って……やつ、をさ」
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