【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第三部 第三章――露呈

第二十六話 残酷の救い

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 一人で柘榴に挑み、一人で蒼刻一と戦おうとし、一人で全て何とかなろうと奮っている。
 彼は何と孤独なのだろう。
 この城に来て、彼が誰かに本当に心から頼ってる姿なんて見たことがない。
 きっと幼い頃から王様になるから、と一人で何もかも出来るように、否、頼らせないように育てられてきた彼だから、この場でも咄嗟に誰かに助けて、と言葉に出来なかったのだろう。
 己で解決策を編み出そうとしている、側に大臣も、薬剤師も、妖術師も居るのに――。

「黒雪――兄さん」

 黒雪は気づいている。
 哀れみで、陽炎が己は本当に孤独ではなく他に家族がいると思わせるために、兄と呼んだことに。
 その場に居た牡羊座に視線を彷徨わせる。
 使えば使うほど死せる物となった妖術――高等妖術を使えば死に至る毒を盛られたのだから――を使い、牡羊座に微笑んでから、己は自室に陽炎と共に戻ろうとした。
 きっと自室に戻れば、一瞬で死に至ろう。

 だがその瞬間、鴉座が陽炎を解放しようと、恐怖から逃れることに成功した鴉座が動いた。彼は陽炎に近寄り、黒雪に手を伸ばす。
 それがたまたまぎりぎりで触れることが出来、自室に戻ったとき、暗い室内には幾つもの妖術と他国の本、それから政治の方法、戦争論の本、等が置いてある部屋に辿り着いた。
 そこには陽炎と鴉座、それから黒雪しかいない――。

 黒雪は、陽炎にごめんね、と呟いてから解放し、地面に倒れ込む。
 そこは彼の育った環境のように、冷たい床だった。

「黒雪兄さん――」
「君は、卑怯だね、陽炎君。こういうときに、そうやって兄と呼ぶもんじゃないよ――嬉しいじゃないか、ごく普通の兄弟のようで」
「謝りはしないよ。それに兄と呼ぶのは最後だから」
「どうして――?」
「この世界の全てが俺がこの国の皇子と言うことを忘れれば、もう囚われない」
「……君たちは、それで蒼刻一に頼ったのか。馬鹿だな、妖術師には懲りなさい――オレのような人もいる。親切顔で近づいて、こうやって……げほっ」

 咽せて吐血する量が尋常じゃない。
 陽炎はひっと怯えるが、でも黒雪から目が離せなかった。

「陽炎君――聞いて良いかな」
「何」
「鴉の妖仔を手放すのは何故? 君が柘榴に渡して継承者を譲ったのは、気配で気づいたんだよ……」
「何ですって!?」

 鴉座は黒雪に駆け寄り問いつめたかったのだが、黒雪は今触れてはいけないと思わせるほどの吐血をしている。
 吐いては咽せ、吐いては咽せている。
 己の能力が此処まで高くなければきっと死には至らなかっただろうに。愛した妖術で彼は死ぬのだ――。

「俺はプラネタリウムの仕組みを変えてでも俺を思ったこいつに、答えたいから――」
「そう、良かった。君はその子を選ぶんだね。本当に、良かった――」

 黒雪は――サングラスが外れていて、目を子供のように微笑ませて、心から嬉しそうに笑いかけた。
 その笑みを見て、鴉座は不思議に思う。

(何故そこまで私と陽炎様を思ったのだろう――)

 それは、きっと、己がそうでありたい姿だろうだからだろう。
 人と恋愛してもきっと、妖仔と人のような恋愛だと言われていたかも知れない。だからこそ、彼らの恋愛が幸せな方向であればあるほど、己もそういう姿になれただろうと夢を見られて……。
 何より、主人に何処までも誠実な姿は、牡羊座を思い出させて――。

 でも、それにはきっと気づかない。

 牡羊座が微かに黒雪を慕う気持ちのように、誰の目に触れぬものであり――。
 彼の脳裏には、牡羊座と、これから先の陽炎の身を過ぎらせる。
 走馬燈が出れば良かった。走馬燈が出たら死を実感出来るのに、それは出てきてはくれず、ただ怯える牡羊座と陽炎の未来、己の子供という先のことばかり思わせる。
 未来などないものに、未来が見えてどうしろというんだ。黒雪は自嘲したかったが、咽せてそれはさせてくれない体になる。

「陽炎君、教科書を、ちゃんと読むんだよ……」
「――……遺言?」
「うん。だから、ね。ちゃんと、聞い、て。月を作りなさい。それと――きくらげが好きな妖仔には、気をつけて。君への思いを昇華出来てない、子で、きっと悪さを――」

 陽炎が何かを喋り続けても、それは黒雪の意識には入り込まず、最後に入ってきた言葉。

「もう、喋らなくて良いよ……最後に、兄弟思いの兄のふりして死ぬなよ。最後くらい、自分の思うとおりに生きろよ」

 それに、へらりと笑って答えた。

「……――思うとおりに、生きるのは無理だよ。国王、だから――。国の妖仔だったんだ、きっとオレは――」

 その言葉を言えば、黒雪は人形のように力をなくして、だらりと手足を伸ばした。
 人形のような手足の重力を感じさせない姿なのに、瞳は目を閉じていて彼は、人として死んでいた。
 吐血することももう無く、咽せることも、もう無い。
 陽炎は、その様をじっと見つめていて、体が少し震えたが、泣きはしなかった。
 泣くのは、今じゃないと言ったのは彼だから。

 そう、最初に気づいた手紙で、泣くのは全てが終わってからだと諭してくれたのは、この少し風変わりな兄だった――。
 もしも普通に接することが出来ていたなら、この兄は好きだったかも知れない。
 彼の思いやり方は、嫌いではなかった。敵でないならば。敵と回ってしまったから、きっと己にも星座にも酷い仕打ちだったのだろう――。
 そう、思いたかった。
 例え、半分だけとはいえ、同じ血が流れてるのだから、憎めにくかった。

 最初から、射手座の要求は無理だったのだ――。

 だから、親友の願いと己の長い間の願いよりも、兄弟愛を優先してしまう――。

「蒼刻一、居るだろう、出てこいよ」
“何かな、カゲロウ。ワルモノ退治は終えて、僕は今皆の記憶消去に忙しい。あのくそホーリーゴーストときたら、使い勝手が荒い!”
「――……妖仔を生み出す手は、無いか?」
“あ? プラネタリウムがなくて寂しいのか、今更”

 蒼刻一が嘲笑うように揶揄したとき、陽炎は笑いもせず、蒼刻一をぼんやりと見つめ返し、その様子に蒼刻一は不審そうに首を傾げた。

 “カゲロウ?”
「俺は、本当に悪魔かもしれない。柘榴を売ったあいつを救いたいと思った。だけど救う方法が見つからない。ふと思った――あいつの魂を、妖仔にしてしまえば、と。国の妖仔だったのなら、もう呪縛は解かれた。俺の妖仔になればいい」
「陽炎様ッ!」

 鴉座が窘めようと言葉をかける前に、蒼刻一から酷い殺気を感じ取り、その気迫に鴉座は思わず陽炎を隠そうとしたが、陽炎が前に出て、蒼刻一を通り過ぎ、黒雪に触れる。
 死んでいる、死んでいる、死んでいるのだ、唯一の兄は。
 だが、それでも彼の悲しむ妖仔になれば、彼は蘇る。エゴだ。エゴ以外の何者でもない。彼自身は生きたいとは言っては居なかった。だが、そんな彼に生きたいと言わせたいと陽炎は思った。

(明日のパンを考えるしかない生活を、してみない? 黒雪兄さん……)

 “カゲロウ、さすがは聖霊を売った国の血が入ってるな。柘榴を裏切るのか?”
「――柘榴にも、理解してもらうよう、頑張る……」
“あいつは理解をしてくれるだろうな、お前がしてることの酷さを優しく包み込むだろう。あいつはお前のすることなら、血反吐吐いても許すだろう。だけどな、そんな甘え、僕は許さないぜ”
「……頼む。蒼刻一……世界一の悪人なんだろう? でも、あんたもこの人と同じで、妖術があったから悪人になったんだろう?」
“――どうだかな、僕は根っからの悪人だからね。そいつも、そして根っからの悪人だ。良いだろう、そこまで言うのなら。但し、テメェにはそれ相応の代償を受けて貰おうか”

 その言葉、それからその声質、それから彼の瞳に何か良からぬ物を感じ取り、鴉座は即座に陽炎を守るべく、銃をつきつける。蒼刻一へ。
 だが蒼刻一はそれを見て、愉快に笑うだけ。そして撃ってみろと言うだけだ。

 “死との敵対者を、そんなちんけな鉄砲玉で殺せるか?”
「っく……!」
“カゲロウ、いいか、条件は一つだ。五人以上、お前を覚えてる者がプラネタリウムに居ること。五人を確認出来たら、このスノウブラックをこの姿のまま、妖仔にしてやろうじゃないか。五人満たなかったら、テメェが僕の弟子になって自分でやれ。そしてホーリーゴーストに僕を憎ませるアイテムを増やしてくれよ。そうか、テメェを使えば僕は柘榴からより憎まれることが出来たんだ……ははっ、これは楽しい”
「蒼刻一、一つ聞いて良いか」
“質問は一つだけだ、何だ?”
「何故、そこまで憎まれたい?」
“――あの美しい民達が、微笑ましいから。世界を憎むのをやめて、僕だけを憎む。健気じゃないか? それを始めたのは、説歌いだ。だから、僕はあいつを特別に思う。惚れた娘の血も入ってるから余計に、な。それに憎まれてる方が、生きてる感じがするんだよ。長い間生きていると、何もかもが曖昧になる。強く己を思う感情がほしいじゃねーか。じゃあな。くだらねぇ話だから、教えるなよ”

 蒼刻一の気配は消えて、笑い声とともに大きな風が起こる。その風の強さに眼を瞑ると、黒雪の死体は消えていた。

「陽炎様――」
「……外に飛ぼう、今、多分城の物は俺がこの国の生まれだということを忘れさせられている、今の俺たちは不法侵入者だ。だから逃げ道専門の大犬座を城に呼んだんだろう、柘榴は」
「陽炎様――私に、文句を言わせてくれる時間もくれないのですね」
「お前が振り向いたときにでも聞いてやる」
「――それは楽しみですね」

 少し拗ねたような鴉座が己を抱えて、城の高い塔から飛び降り、背中に羽を広げる。
 夜空は綺麗で、それは奴隷生活から抜け出したあの日を思い出して。
 陽炎は震える体で、鴉座にしがみつく。
 陽炎が震えているからこそ鴉座は余計に怒りが募る――。

(怯えるくらいなら、最初から手放さないでくださいよ。あんな人と賭けをしないでくださいよ)

「なぁ、柘榴は怒るかな。黒雪、――可哀想な王様だったからって言ったら。俺には優しい兄さんだったって言ったら」
「怒るでしょうね。貴方は慈悲深いというより、情に流されやすい馬鹿ですよ。それもあいつの計算だったらどうするんですか」
「それはない。あの声は、必死だったから。――お前、拗ねてるなぁ。鷲座みたいに厳しいのな」
「陽炎様――……私は、怖いです。私は、貴方を最初で最後の主にしておきたいのに、貴方ときたら……! 正直、黒雪がどうのこうのより、今はそれが怖い!」
「――俺も怖いよ。だけど、お前への誠意だと思う、黒玉を手放すのは」
「……貴方は、馬鹿だと言い直しても宜しくて?」

 地面に着いたときには、大犬座が待機していた。

 そこには柘榴も居て、既に逃げる準備をしている。

「城の人たちは?」
「蓮歌とるおーとソウコクイツ以外、この国生まれっつーあんたの存在を忘れた。……――世界中から忘れられるってけっこー辛そうだけど。それだけのことはしたからいいよな」
「していい悪事ってないっと思うけど、しょーがないんじゃないの? で、時間はどのくらい経った? 今、あれから――」
「丁度逃げ切れば、一時間、経つよ――」

 柘榴が陽炎に大犬座に乗れと指示し、己を鴉座に運ぶよう頼む。
 鴉座は己を睨むように見やったが、それでも無言で運び、飛び立った。

 大犬座は陽炎と柘榴の会話が理解出来ず、陽炎が久しぶりに己の背中に乗れば、スピードを飛ばして、これから先のことを提案するだけ。

「ねぇ、明日皆で買い物しに行こうよ! お洋服、ちゃんと選んで貰うの、冠ちゃんに!」
「誰が金を――蟹座から強奪するか。鳳凰座姉さんでさ」
「うん、そう。鳳凰ちゃんの出番! あ、劉桜ちゃんのとこにも帰らなきゃ! お屋敷建て直しの資金も必要よねぇー蟹座っちの蓄えって便利だわー」
「劉桜にももうすぐ会えるんだな――……」
「あの人のおみやげ、一緒に選ぼうね! 魚が良いかしら、魚だったら獅子座っちに聞かなきゃ! 嗚呼でもあの人お肉も好きだから…」

 その言葉もどれもが己には辛くて、寂しくて――その言葉が徐々になくなっていき、柘榴が辛そうな目で待機している地に辿り着く頃には、大犬座は柘榴に懐き、自分のことは忘れていた。

 ただ、柘榴の友人として記憶されていた。

「……――ねぇ、変かしら、私」
「どうした?」
「私ね、今、なんかすっごい泣きたくなったの。何か悲しいこと、あったの? あの人の名前を知らないことが、凄く悔しくて。どうしてかな、どうしてだと思う? 柘榴ちゃん」
「――これから、あの人のことは知っていけば、いいんだよ」

 そう。
 時間は取り戻した。
 時間は取り戻したのだから、これから、彼を知ればいいのだ。
 ただ其処にいた、赤の他人としての彼を。
 プラネタリウムの仕組みなど、そこには関係してないのだから、義務としての関係は存在しない――。

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