【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第三部 第三章――露呈

第二十五話 最期まで一人きり

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「陽炎君、君はあれを何処にやったのかな?」
「あれは本来、俺のもんじゃないか。この国のものじゃない」

 陽炎は叩かれた頬を抑えもせず、強い眼光をそのままに黒雪のサングラス越しの目を睨み付ける。
 音に反応して鴉座がやってきて、思わず陽炎の側に駆け寄り、主を背中にして守ろうとした。
 だが黒雪の眼差しが、サングラスに隠れているにもかかわらず、物凄く強烈な恐怖を与えてくれて身がすくみかけた。
 だが――陽炎が己の衣服をついと引っ張り「大丈夫、もういいよ」と言わんばかりの仕草にはっとする。

 ただ、この場でははっとしただけだった――。

「鴉の妖仔、退きなさい。その子は自分の物も含めて、オレの物も盗んだんだよ――返しなさい、教科書を。黒玉だって無ければ計画に差し支える。何より、月が作れない」

 その言葉に、眉をひそめたり少し怒ったような顔をしたのは、王族達。
 それはそうだろう。いざというとき、国を守ったりすることが出来るプラネタリウムという貴重な破壊兵器と共に、取扱説明書まで奪われては何かがあったとき大変だ。
 そう、例えば大飢饉や、戦場にこの地が塗れるとしたとき等――。
 それに何よりたった先ほど妖術師たちから出た改革案で大々的に必要なのがプラネタリウムの星座たちの力だと結果が出たのだ。
 彼らは陽炎を生け贄として、国を空中に浮かばせて敵からの攻撃から逃れる国を考え出した。
 もっともそれを提案したのは白律季なのだが、それは黒雪は知らない。

 陽炎は第二王妃にちらりと視線をやったが、第二王妃は怒っては居なかった。
 何も表情を顔に宿らせず、事の成り行きを見守っていた。

(――母さん、立場が悪くなるかも知れないね。あんたは。だけど、――……許して。もう十分、あんたはこの国で良い思いをしただろう?)

「教科書は、プラネタリウムを持つ人がセットで持つべきだと思う」

 陽炎は鴉座を引っ張り、後ろに下がらせて、己が黒雪を睨み付ける。
 黒雪は陽炎の睨みに片眉をつり上げて、穏やかだった空気に威圧感を加えて、髪の毛先を紫に染め上げる。

 ゆらめく、髪。炎のように。

「返しなさい」
「断る」
「返さないと、此処にあの蛮族が居て何処の誰だか教えてしまうよ。――快く思わない者が多いんだよ、この世界ではあの蛮族を」

 その黒雪の言葉にざわめきだつ人々。
 貴族だらけのこの城だけでなく、ガンジラニーニを裏切った歴史を持つ国々の人々は彼らには後ろめたく、いつも恐怖の対象なのだ。
 いつ復讐に、愛を唱えられても、おかしくはない。
 それに陽炎がむっとしても、何も言い返しが出来なかったとき、くすくすと笑い声が聞こえ、それと共に、金髪のフリーダムウルフというトップに高さの出るウルフカットをした男が現れる。
 白銀陽だ。コック服ではない。厨房は自分には既に用済みだし、先ほど蓮歌と踊っていたのだから燕尾服だ。

「言えばいいよ、おいらだって」
「――……柘榴」
「ん、その名前返してくれるの? あんた、売ったんでしょ、おいらを別の国にその名を。尤も取引先の国はその後自由の身柄にしてくれたけれど」

 黒雪はその言葉に少し目を見開いたが、濃いサングラスのお陰でばれてはいないようだ。
 嘘だ、と常人なら叫んでいたかも知れない。
 柘榴への憎しみぶりは確かにこの目で見ていたし、それは未来永劫消えぬ物だと確信出来たからこそ、売ることを決意して交渉を進めていたのだから。
 だけど、実際目の前でこうしてここに居るのだから嘘はついては居ないのだろう、と気づき、黒雪はため息をつく。

「柘榴君、悪いけれどね、城じゃガンジラニーニは歓迎されてないから帰ってくれないかな? 自分の家に」
「帰って良いけど、かげ君つれてっていい? その人、ココ大嫌いみたいなんだ。悪口凄いみたいだねぇ?」

 その軽快に笑い言葉を続ける相手には、今まで陰口をたたいてきたものは何も言えず、陰口を叩いてない者は陽炎が否定しないのを見ると、ここから出て行きたいのだと悟り何も言わない。

「そんなにガンジラニーニが怖い? 怖いなら最初から何もしなければ、呪いは生まれなかった」

 その柘榴の言葉に文句がないわけではない。過去の話であり、自分たちだったらばしない。そう口に出来る者もその場には居たのだから。
 だが――柘榴の周りが冷気に囲われ、本当に彼が死に神に取り憑かれた聖霊であり、何か一言彼の機嫌を損ねるような事を言ってしまえば一瞬で死を予感させるのは容易だったから誰も口には出来ない。
 それでも黒雪は強気に接して、警備兵を呼びつける。

「つまみ出せ」
「いいのかい、そんなことを言って。そんな態度とって。死に神は、ね、ガンジラニーニの扱いには五月蠅いんだよ? だから例えば、おいらが誰かにあの言葉を告げる、と宣言でもすれば――」

“――それは僕にだけに使って良い言葉だ、馬鹿野郎”

「死との敵対者が現れるわけデスヨ」

 死に神はざわめいていく人々の声を助長するようにくすくすと天井から声を降らせて、天井に存在した。
 死に神という名称のくせに、そいつは子供の姿。刻印だ。虐めていた者たちは、卒倒しそうな勢いだったが、すぐに刻印は大人の姿に変わる。
 死に神は黒ではなく、白い外見をしていた。
 元は白だった黄ばんだシャツに、白い髪の毛。目は銀色と黒のオッドアイで、シンプルにジーンズをはいていて、この場にはそぐわない。
 リボンのような黒い包帯が巻かれた胸元をつんと弾き、そいつは若者面して天に居座っている。

 大犬座がすぐに目を見開き、「蒼ちゃん!」と口にした。
 その声が黒雪に聞こえたのか、黒雪が、蒼刻一と呟くと、城の者はざわめきを一瞬で沈黙に変えて、誰一人動けなくなった。

「蒼刻一……伝説は本当だったのか。本当に、死と敵対しているのか」
「あー、まぁな。柘榴、こんなくだんない騒ぎを作り出す為に、僕をこの場に呼んだのか? このためだけに?」
「違うよ、おいらより不吉な奴がいるんだから、“誰かが不幸な目にあっても”それは、自然現象だって言いたいんだ。あの言葉を使ってない証人として、他の人に立会人になって貰いたくて、今から起こること全てはおいらの所為じゃないって。悪人は、ソウコクイツ」
「……俺の悪事という記憶に書き換えろっつー要望か」
「――ン。ちょっとまて。誰かが不幸な目に? まさか、誰かに愛でも囁くか、蛮族」

 黒雪はにこりと微笑み、蒼刻一を見た後、柘榴へ問いかける。
 蒼刻一は蛮族という言葉に目を細めて不機嫌さを露わにするが、柘榴は首を振り、くすくすと笑う。

「愛は囁かないけれど、死に神が呪ったんだよ、きっと。おいらを別の国に売ったから。貴族や他国の皆様、安易にガンジラニーニを売ったりしませんよーに。はい、この子証人だよ」

 柘榴は一人の女性を招く。そこには先日桃蓮歌と名乗った城専用の妖術師の艶やかなドレス姿。
 だが、彼女をよくよく見れば――由緒正しい民族の族長であり、そして有名なコンビの商人。
 彼女の相方は、柘榴曰く自滅した馬鹿らしいが、世間的には恐れ多くも、財界では相当名が知れている。
 彼女は可愛らしい顔をはにかみ、お辞儀を一つ。

「今晩和、次期国王陛下。私の友人が売られると聞いて、つい私が買い取ってしまいましたの。ごめんあそばせ?」
「――ッ……成る程。それで、無事なわけ」
「いいえ。私たち、というより、貴方の交渉したハンターと彼は、和解しましたの。ガンジラニーニだからと怯えたり、そんな物差しもってなければもっと早く和解出来たかも知れないですけれど、それでももう和解できましたのよ――。ご安心を皆様、死に神を怒らせさえしなければ、彼は無害でしてよ。死と敵対したくば、ガンジラニーニを売ってはいけませんわ」

 そう言って彼女は死に神を睨み付ける。
 死に神の蒼刻一は、くつと喉奥を笑わせて、現状がどうなっていくかを見守っていく。
 柘榴の狙いがまだ他にあるように見えるからだ。
 黒雪が目を細めてその様子に、苦笑を浮かべる。

「参ったね。蓮歌さんの民と、そこの伝説の悪人を敵に回したくないのです」
「どうすれば、いいと思う? じゃあ」
「そうだね……妖術で勝って、この事柄が全て無かったことになればいいと思う」

 黒雪は黒い目を妖しく光らせて、髪の毛全てに紫が行き届いたとき――、柘榴の前に現れたのは、鷲座――。
 鷲座はあれほど厄介だった黒雪の妖術を、必死に跳ね返すのではなく、衝撃だけ吸収しその力を消し去る呪いをかける。
 黒雪の周りをすぐに城専用妖術師がバリアで防ぎ、黒雪はそれに甘えて己は相手に苦痛を与える呪いをかけ、鷲座と呪いの応酬をしあう。
 その間に警備兵のふりをした獅子座が皆を誘導し安全な場所へ連れて行く。
 蒼刻一はにやにやと天井で、なりゆきを見守る。
 彼の目から見れば、体力が何故かどんどん減ってきているのは妖術師達。
 それもそのはず。
 鷲座の能力は、主人の知識を無限に吸収していく星座であり、ガンジラニーニである柘榴の妖術と、一から基礎だけ徹底的に覚えた彼の知識を、鷲座は何もせず手に入れ、それを上回る数式を生み出しているのだ。
 ようは、何度も飛び級して妖術を得られたのだ。柘榴一人では勝てない相手でも、こういう能力があるのならば黒雪以外、まともに相手に出来る人間は居ないだろう。

(僕ですらやばいかもなァ。でもなぁ、柘榴。お前、そりゃぁやっちまったなぁ。星座に妖術なんて教えたら、隠れてたあいつが出てくるんだぜ――? 僕は嬉しいけれど)

 やがて体力がなくなった妖術師たちを見捨てた黒雪が本気で最大の妖術を使うべく、短い数式を口にしたとき、口から一筋、血が流れた。

 何が起きたか、理解できない黒雪は、己の口元に手をあて、指先に赤い物がついてるのを確認すると同時に、黒雪は穏やかだった声を震えさせる。

 生まれて初めて、恐怖というもので――。

「――……何故? 毒、なのか?」

 でも誰かが同じ料理を口にしていたし、ランダムに現れた料理に手をつけたのだしそれは既に味見は済んでいたのだから、それだったならば誰かは既に死んでいるはずだ。
 何より己は昔から毒を飲まされ耐久性が出来ていたはずだ。
 じゃあ何故己だけ、今異様に心臓に激痛が走るのだろう――?

「妖術ってのは、怖いね。妖術の腕が高まれば高まるほど、大変な目にあうみたいだね?」

 柘榴が、わぁと呟き、黒雪にハンカチを手渡そうとしたが、黒雪はその手を叩き、陽炎を引っ張り己の側に寄せて、そののど元にナイフをあてる。
 柘榴にとって誰よりも陽炎が大事だと知っているから、最高の人質になると思ったのだろう。解毒剤をよこせと暗に言っている。もしくは、柘榴の保護者である蒼刻一に直せと。
 その行動に少し悲しんだのは陽炎。
 彼が人質に己をしたからじゃない。

 ――彼が、最後まで一人だから。

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