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第三部 第二章――聖女
第二十三話 貴方を棄てる覚悟と恋を認める覚悟
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陽炎は蟹座が出て行くとため息をついて、床を眺めてそれから己の怪我を見やっていた。
痛々しい傷。
それは、己に力があったのならば止められたかもしれない、怯えなかったら止められたかもしれないと鴉座は悩む。
それを思えば思うほど、心の中に苦い物と苦い色したものが混ざり合う。
混ざり合ってそれは言葉とならず、己はすみません、としか言えなくなる。
するとこの主人は、はっとして己に笑みを向けるのだ。
その笑みで、どれだけの星座が喜ぶだろうか。
「なーにが、すみません、だ。何で謝るんだよ」
「だって、私が怯えずに――力があれば貴方は……」
「何お前、俺が弱いっての? きっついこというなぁ」
陽炎はけらけらと笑って茶化す。茶化して欲しくないことなので鴉座は思わず、笑わないで、と睨み付けてしまい、そのままの視線で陽炎を見下ろし、すぐ側にまで近づく。
目の前まで、あと一歩。
「私は真剣です。私は真面目にふがいなく思って居るんです。あんなのに怯えて――」
「うん、ならさ……――俺が強くなってお前を守ればいいじゃん」
「いや、ですからそういう問題ではなく……」
「そういう問題だろ。別にお前が俺を守るばかりじゃなくったっていいじゃんか。俺だって騎士になりたいさ、野郎だもん」
「……――そう、ですね。貴方だって男性です。なら、守りたいっていう気持ちは分かってくださるんじゃないですか? 愛しい方だからこそ、一番に――」
「判ってる。好きな奴だからこそ、一番守りたいんだよな?」
陽炎がにこりと確信犯的に回答し微笑めば、鴉座は一瞬思考を停止して、それから言葉を反芻する。
その反芻の回数事に顔の朱色は増していき、え、え、などと少し慌てている。
その様子がおかしくて、陽炎はくすくすと笑い、どうした? などと聞いてみる。
「今のって、ねぇ!? うぬぼれじゃないですよね?! この流れ、うぬぼれじゃないですよね?!」
「――どうだろう? 野暮なこと聞く奴は知らね。とりあえず、今の会話は、蟹座と白銀陽以外、内緒な――?」
「……え、蟹座も知って……? 白銀陽は貴方が話すか、向こうが何か言うなりしたんでしょうけれど……」
「蟹座はけっこー大人だな。つかあの外見で子供だったら大変か、あ、でもDVだったからなぁ……微妙だなぁ。成長したのかな、あいつも」
「それはどういう意味で?」
「理解力があるってこと。お前は何か困ったことがあったら、蟹座に相談すりゃいいよ。あいつはお前の味方になってくれる。星座の中で。俺は白銀陽に愚痴る。最初白銀陽が好きだと思ってたけれど……多分、恋愛とは違う。恋愛っつーか、お母さんみてーだもん、あいつ」
漸く判った、と可笑しそうに笑い続けていると、鴉座が後一歩を踏み出して、此方側にやってきた。己の顔前まで顔を詰め寄らせて、手をぎゅっと優しく包み込んでくれる。
その温かみに、陽炎はからかいの笑みをやめて、嬉しさと気持ちを受け入れるような柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みに、鴉座は思わず目を伏せて、己が包んだ陽炎の手をまじまじと見つめる。
「どうしましょう」
「何」
「貴方は気持ちを考えてみると仰ってくれたけれど、この手でこうして貴方の意志も含めて包める日が来ようとは思いませんでした。私には高嶺の花だと思ってましたので」
「愛属性多いからか?」
「いいえ。貴方は捕らえどころがないから。貴方に例えばこうして、口づけの許しを乞うて――」
鴉座は顔を近づけて一瞬止めるが、陽炎は眼を一瞬驚きの色に染めたが、瞑ったので、そのまま甘い口づけをゆっくりとして、その後赤面し、鴉座は顔を離した。
「それを拒否されることがないなんて、夢にも思いませんでした――」
「……これ以上の行為は、男とはまだ未知の領域だから今は無理だからな。……俺だってさぁ、思わなかった。白銀陽にふられたからじゃないかって不安になることもある」
「……――それは、ありますね、私にも。そうなのですか?」
「違うと信じたいよ。だって、お前と白銀陽は違うから。ショックだったけど――でも、白銀陽は友達のままでもいい気がするんだ。でもさぁ、お前の場合――……」
(このままのプラネタリウムだけの関係は嫌だと思えるから……)
陽炎は、鴉座の頭を撫でてから頬にふれ、微笑む。
「可愛い女の子と家庭を築きたかったよ。俺、生まれたとき捨てられていたからさ、自分の手で精一杯自分の子供、愛してやりたかったんだ。まぁ、しょうがないか。子孫より、お前を望むよ」
「我が君、それは物凄い殺し文句です――……嗚呼、私、熱で魘されそう!」
陽炎はその言葉に、少し胸が痛む。
相手が喜べば喜ぶほど、一回はプラネタリウムを捨てて、それから鴉座を振り向かせる、なんて言えば、相手はきっと困惑するどころか怒るだろう。
己には向けたことのない視線で睨み付けて、己には向けたことのない敵意を向けるだろう。
だけど、それでもそうしないと、ちゃんと受け入れたような気がしなくて――そう言うと多分、鴉座は必要ありません! と全否定するだろうけれど。
「俺、好きより上の言葉は、まだ言わないぜ?」
(言うのはきっと、お前を射止めてからだよ。だから、待っててくれよな――?)
「貴方が振り向いてくださったことが、この世で何よりの至福です。それだけで、私は満足です。言葉なんて、要りません」
「馬鹿。言葉欲しくて動いてた奴の言葉かよ、それ」
「――……はは、我が愛しの君には敵いません。……誰よりも誰よりも愛しております」
「……――っふふ」
「? 我が愛しの君? どうして、貴方が――泣くんです?」
陽炎は泣いたまま笑い、答えない。
(だって、プラネタリウムの仕組み無しで言わせられるか不安で。もしも言わなかったときのために、今の瞬間を覚えておこうと思って――)
「我が愛しの君、泣かないでください。どうして、泣かれるのか、本当に判らないのでどう慰めればいいか判りません。今、貴方が欲しい言葉が分かりません――」
「好きって百回いっとけ――忘れられないくらいに。俺の心がそれしか巡らないように」
(お前が、このことを忘れられないくらいに――)
痛々しい傷。
それは、己に力があったのならば止められたかもしれない、怯えなかったら止められたかもしれないと鴉座は悩む。
それを思えば思うほど、心の中に苦い物と苦い色したものが混ざり合う。
混ざり合ってそれは言葉とならず、己はすみません、としか言えなくなる。
するとこの主人は、はっとして己に笑みを向けるのだ。
その笑みで、どれだけの星座が喜ぶだろうか。
「なーにが、すみません、だ。何で謝るんだよ」
「だって、私が怯えずに――力があれば貴方は……」
「何お前、俺が弱いっての? きっついこというなぁ」
陽炎はけらけらと笑って茶化す。茶化して欲しくないことなので鴉座は思わず、笑わないで、と睨み付けてしまい、そのままの視線で陽炎を見下ろし、すぐ側にまで近づく。
目の前まで、あと一歩。
「私は真剣です。私は真面目にふがいなく思って居るんです。あんなのに怯えて――」
「うん、ならさ……――俺が強くなってお前を守ればいいじゃん」
「いや、ですからそういう問題ではなく……」
「そういう問題だろ。別にお前が俺を守るばかりじゃなくったっていいじゃんか。俺だって騎士になりたいさ、野郎だもん」
「……――そう、ですね。貴方だって男性です。なら、守りたいっていう気持ちは分かってくださるんじゃないですか? 愛しい方だからこそ、一番に――」
「判ってる。好きな奴だからこそ、一番守りたいんだよな?」
陽炎がにこりと確信犯的に回答し微笑めば、鴉座は一瞬思考を停止して、それから言葉を反芻する。
その反芻の回数事に顔の朱色は増していき、え、え、などと少し慌てている。
その様子がおかしくて、陽炎はくすくすと笑い、どうした? などと聞いてみる。
「今のって、ねぇ!? うぬぼれじゃないですよね?! この流れ、うぬぼれじゃないですよね?!」
「――どうだろう? 野暮なこと聞く奴は知らね。とりあえず、今の会話は、蟹座と白銀陽以外、内緒な――?」
「……え、蟹座も知って……? 白銀陽は貴方が話すか、向こうが何か言うなりしたんでしょうけれど……」
「蟹座はけっこー大人だな。つかあの外見で子供だったら大変か、あ、でもDVだったからなぁ……微妙だなぁ。成長したのかな、あいつも」
「それはどういう意味で?」
「理解力があるってこと。お前は何か困ったことがあったら、蟹座に相談すりゃいいよ。あいつはお前の味方になってくれる。星座の中で。俺は白銀陽に愚痴る。最初白銀陽が好きだと思ってたけれど……多分、恋愛とは違う。恋愛っつーか、お母さんみてーだもん、あいつ」
漸く判った、と可笑しそうに笑い続けていると、鴉座が後一歩を踏み出して、此方側にやってきた。己の顔前まで顔を詰め寄らせて、手をぎゅっと優しく包み込んでくれる。
その温かみに、陽炎はからかいの笑みをやめて、嬉しさと気持ちを受け入れるような柔らかな笑みを浮かべた。
その笑みに、鴉座は思わず目を伏せて、己が包んだ陽炎の手をまじまじと見つめる。
「どうしましょう」
「何」
「貴方は気持ちを考えてみると仰ってくれたけれど、この手でこうして貴方の意志も含めて包める日が来ようとは思いませんでした。私には高嶺の花だと思ってましたので」
「愛属性多いからか?」
「いいえ。貴方は捕らえどころがないから。貴方に例えばこうして、口づけの許しを乞うて――」
鴉座は顔を近づけて一瞬止めるが、陽炎は眼を一瞬驚きの色に染めたが、瞑ったので、そのまま甘い口づけをゆっくりとして、その後赤面し、鴉座は顔を離した。
「それを拒否されることがないなんて、夢にも思いませんでした――」
「……これ以上の行為は、男とはまだ未知の領域だから今は無理だからな。……俺だってさぁ、思わなかった。白銀陽にふられたからじゃないかって不安になることもある」
「……――それは、ありますね、私にも。そうなのですか?」
「違うと信じたいよ。だって、お前と白銀陽は違うから。ショックだったけど――でも、白銀陽は友達のままでもいい気がするんだ。でもさぁ、お前の場合――……」
(このままのプラネタリウムだけの関係は嫌だと思えるから……)
陽炎は、鴉座の頭を撫でてから頬にふれ、微笑む。
「可愛い女の子と家庭を築きたかったよ。俺、生まれたとき捨てられていたからさ、自分の手で精一杯自分の子供、愛してやりたかったんだ。まぁ、しょうがないか。子孫より、お前を望むよ」
「我が君、それは物凄い殺し文句です――……嗚呼、私、熱で魘されそう!」
陽炎はその言葉に、少し胸が痛む。
相手が喜べば喜ぶほど、一回はプラネタリウムを捨てて、それから鴉座を振り向かせる、なんて言えば、相手はきっと困惑するどころか怒るだろう。
己には向けたことのない視線で睨み付けて、己には向けたことのない敵意を向けるだろう。
だけど、それでもそうしないと、ちゃんと受け入れたような気がしなくて――そう言うと多分、鴉座は必要ありません! と全否定するだろうけれど。
「俺、好きより上の言葉は、まだ言わないぜ?」
(言うのはきっと、お前を射止めてからだよ。だから、待っててくれよな――?)
「貴方が振り向いてくださったことが、この世で何よりの至福です。それだけで、私は満足です。言葉なんて、要りません」
「馬鹿。言葉欲しくて動いてた奴の言葉かよ、それ」
「――……はは、我が愛しの君には敵いません。……誰よりも誰よりも愛しております」
「……――っふふ」
「? 我が愛しの君? どうして、貴方が――泣くんです?」
陽炎は泣いたまま笑い、答えない。
(だって、プラネタリウムの仕組み無しで言わせられるか不安で。もしも言わなかったときのために、今の瞬間を覚えておこうと思って――)
「我が愛しの君、泣かないでください。どうして、泣かれるのか、本当に判らないのでどう慰めればいいか判りません。今、貴方が欲しい言葉が分かりません――」
「好きって百回いっとけ――忘れられないくらいに。俺の心がそれしか巡らないように」
(お前が、このことを忘れられないくらいに――)
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