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第三部 第二章――聖女
第二十二話 不器用な皇子
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一人廊下に出れば、そこで偶然牡羊座と鉢合わせ。
黒雪は少し喜ばしく思う心を押し隠し、つかつかと歩み寄ろうとする。
だがそれよりも先に牡羊座が黒雪に気づき、はっとして身を固まらせる。
そんな彼女の緊張を解こうと思うのだが、彼女は一向に己には恐怖属性のままで。例え、陽炎に星座を当てられることで解ける呪いが解けても――。
こんなことならば、その属性を作らなければよかったとも思いもするが、彼女の心が己への恐怖だけでいっぱいなのだとそれはそれで満たされるものがある。
何せ彼女の陽炎への信仰心は厚すぎて――。
「スリーパー」
「……スノーブラック」
「様を忘れてるよ、女騎士様」
女騎士という役目を与えたのは己――。
彼女にメイドなんて役目を与えたら近づく隙も、接触できる機会も少ないからだ。
かしゃかしゃと硬い鎧の音を廊下に響かせて、牡羊座は己を睨む。
「主の部屋で何を――主は無事でして?」
「うん、無事。今日はね、色んな事があってね――苛つきが、出ちゃったみたい。オレ」
その言葉もまた真実――王から、兵士から、プレッシャーがかかればかかるほど、己の目を嘲笑った過去で、彼らを罰したいがそれは有能な王とはいえず、出来ない。
赤蜘蛛や、赤蜘蛛の部下たちは己には優しく目のことを決して罵ったりしなかったのだが、今や赤蜘蛛は引退し、彼の部下達は己の式典が近づけば近づくほど遠くなる存在に――。
それを思うと、何故か望んでいた筈の王の地位は憎々しいものになるのだ。
(――生まれながらの王。それに何の不満が?)
次男が居て嬉しかったのはもしかしたら、己じゃなく彼に王位を譲り、己は自由に暮らせたからかも知れない。
だけど、王は許さなかった。彼は、奴隷市場にも出たことのある身だからだ――。
(誰が悪いわけでもない)
この目も、王も、陽炎も――。
目は、偶然そんな生まれとして出たわけで、偶々珍妙とされている色だっただけだ。
ただ、それだけなのだ。
何一つ、誰一人ワルモノが居ない。
己以外には。
「……スノーブラック。悪役ならば、悪役らしく高笑いすればいい」
おかしなことに、牡羊座の怯えながらのこの言葉が気遣いのように聞こえてしまう。
だから黒雪はサングラスをかけなおし、口の端をつり上げて片笑む。
彼女が望む悪人にはなりたい。
元から王様など、悪役なのだから、徹底的に悪になる練習をせねばなるまい――。
「そうだね。でもオレはやんごとなき育ちだから、似合わないんだ――」
「――性格はげすですのにね」
「……ごもっとも。スリーパー、ねぇ、お茶しない? 美味しいお菓子あるんだ」
「お断りします。――巨蟹様と用事がありますので」
その言葉に黒雪は目を見開くが、彼女は気づかない。それはそうだ、これほど濃いサングラスなのだから。
黒雪はふられても、ああそう、と微笑みそのまま去っていくふりをして、廊下の曲がり角で盗み聞きをしようとする。
数分経ってやってきたのは、射手座と蟹座。
嗚呼、妊娠のことを射手座に告げるのだろうか、と少しわくわくしながらも耳を傾ける。
多分、彼女は蟹座に堕胎の手伝いを頼むのだろう。その時は総動力で止めなければ。
「人馬様、まず始めにごめんなさい。ずっと言えなくて……」
「何がだ?」
「……あたくし、あの悪鬼の子を身ごもってます……」
ここからでは少し表情がよく見えないが、射手座がショックを受けてるのは紛れもない。
あの蟹座がよしよしと、頭を撫でているのが何よりもの証拠だ。
確か射手座と蟹座は仲が良かったのだと、教科書には書いてあったはずだ。
「その子供――……どうしたい?」
「……堕ろさなくては、と思うのです。でもね、……段々日にちが経つにつれて、あたくしこの子が……愛しいの」
「――……そうか」
「だから、……産みたいの。あの悪鬼の子供だとしても、産みたいの……」
その言葉は、黒雪には衝撃だった。
てっきり堕ろすために蟹座をそこに呼んだのだと思っていた。
何せ彼の夢は、妊婦を蹴ることだった筈だから。
射手座も蟹座に、蹴れなくて残念だろう、と笑っている。
「一人で育てられるので御座るか?」
「……――……それは」
「手前が手伝ってはいけないか?」
「人馬様……ッ。それに甘えられませんわ、あたくし」
「どうして? 手前は、そなた様の血を引くのならばあの悪鬼の子でも、きっと愛せる――」
「……――人馬様」
「手前は馬鹿だから、きっとそなた様の子供だと言うことしか覚えないだろう」
「丁度良いじゃないか。お前ら夫婦になれば」
――黒雪は葛藤していた。
本当に妖仔の幸せを願うならば、彼らを祝福すればいいのに。
なのに、牡羊座に夫が出来るのは酷く腹立たしいもので――そして他人の仔を嫉妬もせず育てたいと申し出る射手座に苛立たしくて。
「蟹の妖仔――君は本当に厄介だなぁ」
黒雪は呟いて、去っていく。
牡羊座の言葉も聞かずに。
「夫はダメ。例え、あれでも、この子の父親は、あの悪鬼だから――それに意外と、可愛いんですのよ。あの黒い目。あの人は怖いけれど、あの目だけは憎めませんの」
「じゃあ保父さんはダメか?」
「それでしたら宜しくてよ。お願いいたしますわ――有難う、人馬様、巨蟹様。すっきりしましたわ。さぁ、あの黒玉を探しましょう」
黒雪は少し喜ばしく思う心を押し隠し、つかつかと歩み寄ろうとする。
だがそれよりも先に牡羊座が黒雪に気づき、はっとして身を固まらせる。
そんな彼女の緊張を解こうと思うのだが、彼女は一向に己には恐怖属性のままで。例え、陽炎に星座を当てられることで解ける呪いが解けても――。
こんなことならば、その属性を作らなければよかったとも思いもするが、彼女の心が己への恐怖だけでいっぱいなのだとそれはそれで満たされるものがある。
何せ彼女の陽炎への信仰心は厚すぎて――。
「スリーパー」
「……スノーブラック」
「様を忘れてるよ、女騎士様」
女騎士という役目を与えたのは己――。
彼女にメイドなんて役目を与えたら近づく隙も、接触できる機会も少ないからだ。
かしゃかしゃと硬い鎧の音を廊下に響かせて、牡羊座は己を睨む。
「主の部屋で何を――主は無事でして?」
「うん、無事。今日はね、色んな事があってね――苛つきが、出ちゃったみたい。オレ」
その言葉もまた真実――王から、兵士から、プレッシャーがかかればかかるほど、己の目を嘲笑った過去で、彼らを罰したいがそれは有能な王とはいえず、出来ない。
赤蜘蛛や、赤蜘蛛の部下たちは己には優しく目のことを決して罵ったりしなかったのだが、今や赤蜘蛛は引退し、彼の部下達は己の式典が近づけば近づくほど遠くなる存在に――。
それを思うと、何故か望んでいた筈の王の地位は憎々しいものになるのだ。
(――生まれながらの王。それに何の不満が?)
次男が居て嬉しかったのはもしかしたら、己じゃなく彼に王位を譲り、己は自由に暮らせたからかも知れない。
だけど、王は許さなかった。彼は、奴隷市場にも出たことのある身だからだ――。
(誰が悪いわけでもない)
この目も、王も、陽炎も――。
目は、偶然そんな生まれとして出たわけで、偶々珍妙とされている色だっただけだ。
ただ、それだけなのだ。
何一つ、誰一人ワルモノが居ない。
己以外には。
「……スノーブラック。悪役ならば、悪役らしく高笑いすればいい」
おかしなことに、牡羊座の怯えながらのこの言葉が気遣いのように聞こえてしまう。
だから黒雪はサングラスをかけなおし、口の端をつり上げて片笑む。
彼女が望む悪人にはなりたい。
元から王様など、悪役なのだから、徹底的に悪になる練習をせねばなるまい――。
「そうだね。でもオレはやんごとなき育ちだから、似合わないんだ――」
「――性格はげすですのにね」
「……ごもっとも。スリーパー、ねぇ、お茶しない? 美味しいお菓子あるんだ」
「お断りします。――巨蟹様と用事がありますので」
その言葉に黒雪は目を見開くが、彼女は気づかない。それはそうだ、これほど濃いサングラスなのだから。
黒雪はふられても、ああそう、と微笑みそのまま去っていくふりをして、廊下の曲がり角で盗み聞きをしようとする。
数分経ってやってきたのは、射手座と蟹座。
嗚呼、妊娠のことを射手座に告げるのだろうか、と少しわくわくしながらも耳を傾ける。
多分、彼女は蟹座に堕胎の手伝いを頼むのだろう。その時は総動力で止めなければ。
「人馬様、まず始めにごめんなさい。ずっと言えなくて……」
「何がだ?」
「……あたくし、あの悪鬼の子を身ごもってます……」
ここからでは少し表情がよく見えないが、射手座がショックを受けてるのは紛れもない。
あの蟹座がよしよしと、頭を撫でているのが何よりもの証拠だ。
確か射手座と蟹座は仲が良かったのだと、教科書には書いてあったはずだ。
「その子供――……どうしたい?」
「……堕ろさなくては、と思うのです。でもね、……段々日にちが経つにつれて、あたくしこの子が……愛しいの」
「――……そうか」
「だから、……産みたいの。あの悪鬼の子供だとしても、産みたいの……」
その言葉は、黒雪には衝撃だった。
てっきり堕ろすために蟹座をそこに呼んだのだと思っていた。
何せ彼の夢は、妊婦を蹴ることだった筈だから。
射手座も蟹座に、蹴れなくて残念だろう、と笑っている。
「一人で育てられるので御座るか?」
「……――……それは」
「手前が手伝ってはいけないか?」
「人馬様……ッ。それに甘えられませんわ、あたくし」
「どうして? 手前は、そなた様の血を引くのならばあの悪鬼の子でも、きっと愛せる――」
「……――人馬様」
「手前は馬鹿だから、きっとそなた様の子供だと言うことしか覚えないだろう」
「丁度良いじゃないか。お前ら夫婦になれば」
――黒雪は葛藤していた。
本当に妖仔の幸せを願うならば、彼らを祝福すればいいのに。
なのに、牡羊座に夫が出来るのは酷く腹立たしいもので――そして他人の仔を嫉妬もせず育てたいと申し出る射手座に苛立たしくて。
「蟹の妖仔――君は本当に厄介だなぁ」
黒雪は呟いて、去っていく。
牡羊座の言葉も聞かずに。
「夫はダメ。例え、あれでも、この子の父親は、あの悪鬼だから――それに意外と、可愛いんですのよ。あの黒い目。あの人は怖いけれど、あの目だけは憎めませんの」
「じゃあ保父さんはダメか?」
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