【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

文字の大きさ
上 下
130 / 358
第三部 第二章――聖女

第二十二話 不器用な皇子

しおりを挟む
 一人廊下に出れば、そこで偶然牡羊座と鉢合わせ。
 黒雪は少し喜ばしく思う心を押し隠し、つかつかと歩み寄ろうとする。
 だがそれよりも先に牡羊座が黒雪に気づき、はっとして身を固まらせる。
 そんな彼女の緊張を解こうと思うのだが、彼女は一向に己には恐怖属性のままで。例え、陽炎に星座を当てられることで解ける呪いが解けても――。
 こんなことならば、その属性を作らなければよかったとも思いもするが、彼女の心が己への恐怖だけでいっぱいなのだとそれはそれで満たされるものがある。
 何せ彼女の陽炎への信仰心は厚すぎて――。

「スリーパー」
「……スノーブラック」
「様を忘れてるよ、女騎士様」

 女騎士という役目を与えたのは己――。
 彼女にメイドなんて役目を与えたら近づく隙も、接触できる機会も少ないからだ。
 かしゃかしゃと硬い鎧の音を廊下に響かせて、牡羊座は己を睨む。

「主の部屋で何を――主は無事でして?」
「うん、無事。今日はね、色んな事があってね――苛つきが、出ちゃったみたい。オレ」

 その言葉もまた真実――王から、兵士から、プレッシャーがかかればかかるほど、己の目を嘲笑った過去で、彼らを罰したいがそれは有能な王とはいえず、出来ない。
 赤蜘蛛や、赤蜘蛛の部下たちは己には優しく目のことを決して罵ったりしなかったのだが、今や赤蜘蛛は引退し、彼の部下達は己の式典が近づけば近づくほど遠くなる存在に――。
 それを思うと、何故か望んでいた筈の王の地位は憎々しいものになるのだ。

(――生まれながらの王。それに何の不満が?)

 次男が居て嬉しかったのはもしかしたら、己じゃなく彼に王位を譲り、己は自由に暮らせたからかも知れない。
 だけど、王は許さなかった。彼は、奴隷市場にも出たことのある身だからだ――。

(誰が悪いわけでもない)

 この目も、王も、陽炎も――。
 目は、偶然そんな生まれとして出たわけで、偶々珍妙とされている色だっただけだ。
 ただ、それだけなのだ。
 何一つ、誰一人ワルモノが居ない。

 己以外には。

「……スノーブラック。悪役ならば、悪役らしく高笑いすればいい」

 おかしなことに、牡羊座の怯えながらのこの言葉が気遣いのように聞こえてしまう。
 だから黒雪はサングラスをかけなおし、口の端をつり上げて片笑む。
 彼女が望む悪人にはなりたい。
 元から王様など、悪役なのだから、徹底的に悪になる練習をせねばなるまい――。

「そうだね。でもオレはやんごとなき育ちだから、似合わないんだ――」
「――性格はげすですのにね」
「……ごもっとも。スリーパー、ねぇ、お茶しない? 美味しいお菓子あるんだ」
「お断りします。――巨蟹様と用事がありますので」

 その言葉に黒雪は目を見開くが、彼女は気づかない。それはそうだ、これほど濃いサングラスなのだから。
 黒雪はふられても、ああそう、と微笑みそのまま去っていくふりをして、廊下の曲がり角で盗み聞きをしようとする。

 数分経ってやってきたのは、射手座と蟹座。

 嗚呼、妊娠のことを射手座に告げるのだろうか、と少しわくわくしながらも耳を傾ける。
 多分、彼女は蟹座に堕胎の手伝いを頼むのだろう。その時は総動力で止めなければ。

「人馬様、まず始めにごめんなさい。ずっと言えなくて……」
「何がだ?」
「……あたくし、あの悪鬼の子を身ごもってます……」

 ここからでは少し表情がよく見えないが、射手座がショックを受けてるのは紛れもない。
 あの蟹座がよしよしと、頭を撫でているのが何よりもの証拠だ。
 確か射手座と蟹座は仲が良かったのだと、教科書には書いてあったはずだ。

「その子供――……どうしたい?」
「……堕ろさなくては、と思うのです。でもね、……段々日にちが経つにつれて、あたくしこの子が……愛しいの」
「――……そうか」
「だから、……産みたいの。あの悪鬼の子供だとしても、産みたいの……」

 その言葉は、黒雪には衝撃だった。
 てっきり堕ろすために蟹座をそこに呼んだのだと思っていた。
 何せ彼の夢は、妊婦を蹴ることだった筈だから。
 射手座も蟹座に、蹴れなくて残念だろう、と笑っている。

「一人で育てられるので御座るか?」
「……――……それは」
「手前が手伝ってはいけないか?」
「人馬様……ッ。それに甘えられませんわ、あたくし」
「どうして? 手前は、そなた様の血を引くのならばあの悪鬼の子でも、きっと愛せる――」
「……――人馬様」
「手前は馬鹿だから、きっとそなた様の子供だと言うことしか覚えないだろう」
「丁度良いじゃないか。お前ら夫婦になれば」

 ――黒雪は葛藤していた。
 本当に妖仔の幸せを願うならば、彼らを祝福すればいいのに。
 なのに、牡羊座に夫が出来るのは酷く腹立たしいもので――そして他人の仔を嫉妬もせず育てたいと申し出る射手座に苛立たしくて。

「蟹の妖仔――君は本当に厄介だなぁ」

 黒雪は呟いて、去っていく。

 牡羊座の言葉も聞かずに。

「夫はダメ。例え、あれでも、この子の父親は、あの悪鬼だから――それに意外と、可愛いんですのよ。あの黒い目。あの人は怖いけれど、あの目だけは憎めませんの」
「じゃあ保父さんはダメか?」
「それでしたら宜しくてよ。お願いいたしますわ――有難う、人馬様、巨蟹様。すっきりしましたわ。さぁ、あの黒玉を探しましょう」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

処理中です...