【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第三部 第二章――聖女

第十九話 白い鳥と黒い鳥

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「射手座には、言っちゃ駄目なんだね」
「お願いいたしますわ。自意識過剰でないことを祈るばかりですけれど、人馬様は昔から主人に忠実という姿しか見たことが無くて……前に、何故かと聞いたことがあったのですけれど、その時好きな人が星座にいるからと言われて……その時の目が、何かあたくしに訴えていて、この方はあたくしのことが、って気づいたんです」
「…………自意識過剰じゃないからね、話せないね。だけど、いずれは己の口から言うことを約束してくれる?」

 三時間を経って、陽炎が三時間だと己で感じた二時間後の計五時間後に、長いすに座って足を労りながら牡羊座に確認をする。
 それからこの三年間城で黒雪に仕えていた彼女だからこそ知る、黒雪の決まった動きを教えて貰い、一週間後に狙っていたチャンスが来るのだと知る。

「人馬様はね、理解してくださらなかったけれど、あなた様は判りまして? 一週間後、舞踏会が開かれますの闇鳥様。妖術師の国の改革案も出ますし、陥れるのには最適。どうして最適か判りまして?」
「……舞踏会が最適なのは人の出入りが混乱しやすいし、気軽に挨拶代わりに“愛してる”と言えるから? 妖術師の改革案が陥れるのに最適なのは此方の駒が潜んでいて、初めての王様業の失態を作ることが出来そうだから?」
「ええ、そういうことですわ。でもね、代わりに警備が物凄くて……」
「そこなら心配いりませんよ、スリーパーどの」

 鷲座――白律季の声が後ろから響けば、一瞬誰か判らなくてひやりともしたが、正体がすぐに分かり、一同は胸をなで下ろした。
 鷲座は小さな小皿の上に乗ったパンの耳で作った甘いラスクを陽炎に渡そうとしたが、一瞬躊躇して、牡羊座の目の前に。

「我々の作戦は、あの聖霊に愛を唱えさせることが目的ではありませんから。詳しいことは、この城――否、国では言えませんけれどね」
「……じゃあええと、心配がいらないという理由を聞いても宜しくて?」
「――獅子座が警備兵、そして君が女騎士の頭。メイドも一人潜り込ませてあって、白銀陽を庇護したがる者が居る。退路は造りやすいでしょう、それだけ材料が揃えば」

 鷲座はラスクをどうぞ、と差し出す。食べなければ、勿体ないお化けを脚色して脅してでも己の第二の主人が作った作りたてのラスクを食べさせるつもりだったが、彼女は案外すんなりと口にした。

「これ、どうしたんだ?」
「来るだろうな、と思っていた第二皇子様が来ないので、あのコックが拗ねておやつを作りすぎてしまったのですよ。もっとも自分だけは煎餅を焼いてましたけれど」

 正式に会えるのを楽しみにしていたんですよ、それなりに、と鷲座は少し咎めるような目を向けた。
 それに陽炎は少し苦笑したが、詫びるつもりはなかった。
 此処での時間が無駄とは思えなかったから。彼が拗ねてしまっても機嫌が直る自信は少しはあるのだ。
 謝る気配のない陽炎に、鷲座は目を彼に向けたまま己の顎に手をあて、考えるポーズを取る。

「問題は、君の黒玉が何処にあるか、ということで、それを取り返せるか、ということですよ。完璧に逃げられる為の道具は、それですし、何よりそれがないと足跡を辿られます」
「……あーっと……蟹座の睡眠が終わったら、探させるつもり。俺はどう動けばいいのか、聞きに行こうかと思ってて」
「……――捕らえられたこの期間で、妖術を少しでもかじったことは?」
「情報としてなら聞いたことあるけど、実際に使ったことは一度だけだったかな」
「なら結構。いつも通りで大丈夫です。嗚呼、でも一つして欲しいことが」
「何?」
「小生はね、我慢強い――らしいですが、一度糸が切れると歯止めが効かないみたいでしてね。……君に触れる許可を下さい」
 その言葉に陽炎は一瞬息を詰まらせて、呼吸を止めたが、その後すぐに切なげな笑みに変わる。

「――……抱擁は勘弁。それ以外なら」
「……キスは?」
「ダメ。あー、頭撫でてやるから」

 陽炎は少し白律季が苛々してるのを感じ取ったからか、すぐに手を彼の頭の上に乗せてわしゃわしゃと撫でるが、白律季は不満げでがしっと思いっきり抱きしめて、鴉座と牡羊座はジェラシーを。
 後で判ったことだが、牡羊座は溺愛・崇拝に近い忠実属性らしい。それは忠実と言えるかどうか微妙なところなのだが、牡羊座曰く「神を一番愛してはおりますが、神を独り占めしたいとは思えませんし、異性なんていうレベルを超えて云々」ということで、忠実だそうだ。

「白律季……ッ」

 陽炎は鴉座の視線を気にする。それに気づいてるように、白律季はますます力を込めて抱きしめる。少し背は伸びたかも知れないが、相変わらず陽炎の方が背が大きいのでしがみつくような格好で、不満そうだ。
 背が高かったら、鴉座に視線を向けて反応が見られたのに、と白律季は悔やむ。

「これだけのために、我慢して暴走も抑えたことを褒めてください」
「暴走? お前、暴走したのか!?」
「白銀陽に窘められて、あの酒童にも窘められましたけれどね。女王からは平手をうけました」
「……――そ、そうか。なんかすっごそうな生活、そっちはそっちで送ってたんだなぁ」

 陽炎は苦笑してから、白律季にごめんな、と呟いて、それから腕から抜け出、頭を撫でておく。
 白律季は違和感を感じる。己が知ってた頃の陽炎ならば、「お疲れー」と労って抱きしめ返してでもくれただろうに。苦労を語れば。
 それを狙って語ったのに、苦労を語っても、抱きしめ返さないと言うことは――……白律季は、細目を陽炎に射抜くように向ける。

「誰ですか」
「あっと……」
「誰か好きになった人がいるんでしょう。誰だ?」
「え、本当ですか、我が君?!」
「ええと……」
「知ってる奴ですか、知らない奴ですか?」
「ちょっと、我が君、ついこの前まで怖いって言ってたじゃないで……」
「五月蠅いッ!! とりあえず、黙れ、お前ら!!」

 陽炎は拳骨二つを一人ずつお見舞いしてやり、痛みに悶絶する鴉座と白律季を置いて、牡羊座に職務に戻った方が良いと告げてから、己は厨房へ向かう。
 己では気づいてない。その顔が赤いことを。
 五月蠅さへの苛立ちか、それとも照れてかは判らないが――。


「っく、我が君……ッ! 暴力に逃げるなんて卑怯な……!」
「君たちと居て、君たちの影響を受けたんだろう……! ――……まともに、対面するのは初めてだね。鴉座……」

 頭をお互いに抑えながらもにらみ合い、鴉座は鷲座にはっと鼻で笑う。

「昔のことは謝りませんよ! お前には」
「謝ってすむ話じゃない。……それに、或る意味君のお陰で小生は居るような者だしな」
「……――確か、離ればなれになる前にそれぞれの条件を果物はのむと言ってましたね。お前の条件は何だ?」
「――さっき、決めた。本当はそんなもの要らなかったのだけれど、捨てられる前に誰かにあの人が奪われる姿、柘榴以外見たくない――ッ」

 白律季は目に憎悪を込めて鴉座を見やる。
 鴉座は前々からこの鳥が自分を気に入ってないのは知ってはいた。
 己が封印を解かれるのも最後までよく思ってなかった星座だ。だから、この視線は不自然ではない。
 不自然ではないのだが――。

「何故果物ならば良いと思う?」
「……――第二主人だから。それに、あの人は言えない己を覚悟して他の奴との恋愛を見守る体勢だ。……あの人は自分の気持ちに気づいても、また逃げた。出来ることなら、あの人の思いを遂げさせたい。……主人が逃げ出す姿なんて、見たくないだろ」
「――……白律季、お前――……」

(前例が無いから判らない。それに何より、“あれ”の外見も情報も虚ろだから、手応えはないから、判らない。だけど、こんなに己を作り出せた主人に感謝するなんて――……陽炎様の幸せよりも、優先したがるなんて)

「鴉座、一つ教えておく。小生の条件は、お前と小生の居場所の交換だ。お前は、柘榴の身辺を。小生は陽炎どのの身辺を」

(そのくせ、愛属性だけはしっかりと根深い。例えば、例えば星座に最初から紛れるか、星座の中で覚醒していくか、それだったら月の情報がうろ覚えなのは納得出来る――それに、この男の能力が今まで曖昧だったことも)

「お前――誰だ?」

 鴉座は目を細めて、慎重に問うた。
 それでも、彼はもう睨むのをやめていて、しれっとした顔で「白律季。城の妖術師ですけれど?」と答えた。
 それから、ラスクを食べ終えた牡羊座の小皿を奪い、それでは、と静かに去っていった。
 最後に己を一睨みしてから。

 「――……まずい。このことに、黒雪が気づかなければ、良い……――既に、既に生まれていたのか」

 (月の卵が――孵化してきている)

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