【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第三部 第二章――聖女

第十八話 聖乙女の信仰の果てに

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 ……――陽炎は、己はとんだ失敗をしてしまったようだ、と気づいた。

 明け方に戻ってきた鴉座と射手座におかえりと言ったところ、鴉座は嫉妬深さは消えず、ただいまも言ってくれないで、拗ねている。
 自ら喋るのを拒否して鴉の姿になってしまうくらい。
 蟹座は眠いのはまだ抜けないらしく――それはそうだ、彼らが帰ってくるまで少し話し込んでしまったのだから――ソファーで眠っている。
 己は射手座と、話すしかなくなる。

「昨日は鴉座と何処までお出かけ出来た?」
「……――さぁ」

 陽炎は何処まで逃げられるかの参考に聞いておこうと思ったのだが、射手座はその話を持ち出されるときょとんとして、ぼーっとする。
 その様子に陽炎は、不気味さを感じた――そう、黒雪の妖術を見たときのような感覚で、その勘は合っているようだ。
 鴉がカァカァと泣き喚くことなく、静かに微震している。
 射手座は恐怖属性から解放されたと聞く。それならば、鴉座ではなく、射手座に詰め寄るべきだろう。

「牡羊座が誰だか言えないのか?」
「……――霞がかって、昔の外見しか思い出せぬ。どうやら悪鬼に捕まって、何かされたみたいだ。記憶が、ナンパ師と庭に行ったことしか思い出せないので御座る」
「そ、っか……」

 陽炎はため息をついてから、射手座の能力を詳しく聞き出し、己の憎しみが憎悪の対象に向けられるのだと知ると、少し渋柿を喰らったような顔をした。
 そういう顔をするだろうと思ったからこそ、陽炎には憎めとは最初頼めなかったのだ。
 それにその時期は黒雪が怖かったことも重なり、自害して苦しみから逃げて欲しいと結論を牡羊座と出した、のだと何時間かかけて陽炎は射手座の意図を理解した。
 射手座は口にする言葉が巧く心情とぴたりと当てはまらないと言い直すのだが、言い直したい言葉が思い浮かばず、何十分か悩んだ末に、結局は最初の言葉に戻るのだ。

「……城の行事、覚えてる?」
「今日からシェフの育て、で御座ろう? そして妖術師達の会議が悪鬼に提出――」
「……簡単に想像出来る。嫁姑対決みたいないちゃもんの付け方をしあってる黒雪と白銀陽が……」
「――仲が悪いので御座るか? ……当たり前か」
「んー、白銀陽は、妖術は元から好きじゃなかったみたいだけど、……黒雪に売られたしねぇ。別の国に取引で。妖術師、国の裏取引、二つも嫌いなキーワード揃ってンぜ? 黒雪の方は妖術を少しは出来るのに貶す奴が許せないみたいでさー……」
 陽炎は苦笑を浮かべてから、鴉座に声をかける。

「いつまで拗ねてンだよ、女々しいぞ。拗ねたいならそのまま拗ねてろ、俺は厨房に行ってつまみ食いしてくるついでに、鷲……白律季と会ってくる」

 それを告げた途端、鴉がばさばさと羽ばたき、無言で陽炎の肩に乗る。
 ついていく、だけどまだ拗ねている、という意思表示だろう。
 陽炎はため息をつきながら、射手座に蟹座のことを頼むと己は王家や大臣などの料理向け厨房ではなく、使用人などへ向けての料理を作る厨房へ向かった。
 途中の通路で城に仕えたり、公務で行けない王家の為に作られた礼拝堂を通りかかった。
 その礼拝堂で見慣れない姿を見つけた。

(似合わねぇの)

 そこには、奉られてる像やステンドグラスをじっと見つめるスリーパーが居た。
 陽炎は無視してすぐにそこを通り過ぎたかったが、鴉座がばさばさと羽ばたき、スリーパーの元へ飛んでいってしまったので、スリーパーに気づかれた。

「……躾のなってないペットですね。今、手厚く葬ってやろうか。運命の気紛れに弄ばれる前に」

 スリーパーは振り向いて、己をつつこうとする鴉を五月蠅そうに手を振り払い、追い払おうとするが、無駄なようで。陽炎が鴉座、と呼びかければ、鴉座は陽炎の所へ戻る。
 何かカァカァと騒いでいるので、五月蠅いと睨み付けて殺意を込めれば鴉座は流石に黙り込む。
 黙り込めば陽炎はため息をついて、スリーパーに話し掛ける。

「運命の気紛れ……って何だよ」
「日々流れる日常のことです。貴方の育ちのようでもありますね? 運命の賽を投げられ、皇子という身分に産まれながらも、山賊に――囚人に、奴隷に、それからハンター」
「……――賽を投げられたんじゃねぇよ。運を生まれと、プラネタリウムに使い果たしただけだ。今は運を取り戻そうと頑張ってる」
「プラネタリウム……とんだ、粗品に運を使ったもんよね! プラネタリウムなんて拾わなければ良かったんだ。そうすれば、此処に第二皇子が来ることはなかった! 人生をとんだ無駄遣いしたもんね!」
「……――あんたはさ」

 陽炎は半眼になり、頬をかく。
 それから、スリーパーへ、温度の低い声……ではない声で、ため息混じりに言葉を。
 罵詈雑言に言葉を返すつもりはない。そんな言葉は無視すればいい話だ。
 もう此処まで憎まれれば、否、必死に憎まれようとしている相手の態度を見てしまえば、憎むどころか哀れみを感じてしまう。

「青ざめて、嫌われないか嫌われたらどうしようって、顔で何で悪口言うかな。演技、下手だよ」
「……――ッえ、演技じゃない! 本気だ! 本気よ、本気なのよ! どうして! どうしてあれを悪魔と罵られなかったときに、捨ててくださらなかったの?! そうすれば、あなた様は此処に囚われず、あたくしや人馬様もあの人に囚われなかったのに……!」
「どうしてだろうね。あの時捨てれば皆や……お前は苦しまなかったかな」

 陽炎は、ふいに優しく困ったように笑った。

「……牡羊座?」

 星座を言い当てられた瞬間、背中から何かがぶつかったような衝撃を受けたように、彼女は膝を突き、頭を床に打ち付けて、両手を頭の前に絡めて土下座と信仰心の表れが混ざったような変なポーズをとった。
 そして牡羊座と名をあてた瞬間、ネックレスがぱきんと割れて、呪いが解けたのだと知る。ただ、彼女の場合は呪いが解けても、恐怖は残ったままのようだった。
 異様なポーズのまま、涙声で、お許しを、と呟き続けている。

 陽炎は頭をかきながら、しゃがみこんで、彼女の手をとり、起きあがるよう促す。それから、礼拝堂の長いすに移り、そこへ座り彼女を宥める。

「主よ、我が主よ、お許しを。お許しを。どんな罰でも受けます! 我が神を侮辱し続けた罪は購えないと判っておりますが、それでもお受けいたしますわ!」
「うん、えっと、はっきり言うけど、その外見でその口調は似合わないなぁ」
 陽炎はわざと気分を明るくさせようとして冗句を笑い混じりに言ったのだが、牡羊座には今はどんな言葉も鋭利な刃物となるようで、ぼろぼろと涙を零し続ける。

「すみません、可愛くなくてすみません」
「いや、あの、そういう意味じゃなくってね……! 今まで敵視してた奴としてしか認識してなかった奴の外見だから、今、シュよ~って言われてもしっくりこないってこと」
「もう主と崇めてはいけませんの? どうしましょう、あたくし、プラネタリウムの主人を我が神として、生きているのに……ッ」
「――信仰心深いんだなぁ。だから、主を罵った時はあんな怒ってたんだね」

 鼻水をとりあえず、もっていたハンカチを渡して己でかませると、陽炎はとりあえず涙する女の子なんて目の前にするのは、久しぶりなので、少し狼狽える。
 そうしていると、鴉座が人の姿になって、彼女を代わりに落ち着かせてくれたので、ほっと息をついた。

「事態や貴方がたの思いやりを考えず、罵ってしまって申し訳御座いません。非礼をお詫びいたします、心優しき尼僧様。貴方が、きっと一番苦渋を味わっていたでしょうに……」
「あたくしの苦渋は、別に良いの。あたくしが耐えれば、主は無事ですもの、あの悪魔だって主には一応は優しいですもの。大人しく耐えていれば、主へ苦渋は行き渡らない……」
「ですが、その分貴方が悲しんだり、そう例えば己の体を犠牲にして守られてしまわれたら、貴方の神様の立つ瀬がないですよ――?」

 鴉座が意味深な言葉を吐き、此方をちらりと見やる。
 陽炎は、即座に反応し、黒雪へどす黒い感情が高まっていくのを感じていく。

「どういうことだよ?! 己の体を犠牲に?!」
「……主よ! 我が主よ、お許しを! 嗚呼、あたくしは、あたくしはこの世に悪魔の血を“宿した”のです……! お許しを、お許しを……ッ!」
「――ッ……」

 陽炎は、以前、望まぬ仔――とはいっても、想像妊娠だったが――を宿したことがある魚座を見たことがある。
 その時の取り乱し方は、今も強烈で出来れば女性陣にそういう思いはさせたくはないな、と思っていたのだが、目の前の牡羊座の取り乱し方は尋常じゃなくて、心底望まぬ仔で、そしてそれが想像ではないということを知り、血が一瞬冷えて、それから沸騰する思いを味わった。
 陽炎は、いきなり前触れもなく彼女の腹を触ろうとする。
 だが、彼女は鎧を着ている上に、厭がり身を少しよじって逃れようと必死だったので、無理には触ろうとするのをやめた。
 冗談でも、被害妄想でもなく――本当に、黒雪が悪魔だと彼女こそが思い知っている。

(参ったな。本当に、俺はプラネタリウムに不幸を――……)

 陽炎は己の動揺を隠す術もなく、黙りこくって呆然としてしまった。
 鴉座が昨日の記憶を取り戻せたので、それを教えて獅子座と会ったことも話す。
 だが陽炎は後でもう一度聞き直そうと思った。
 それほどまで、彼女の妊娠はインパクトがでかく、己の中に黒い塊を増殖させるのに長けていて。さすがは、原因の黒い雪だと呟きたくなる。雪のように消えぬが、地面に、心に徐々にゆっくりと溶けた黒い物が染み込んでいくのだ。

「牡羊座」
「我が主よ、お許しを。ハイビスカスの水が堕胎に良いと聞いて、飲もうとしたのですがそれでも失敗し、でももうあたくしこの子が産みた……主?! 主よ、やめてください!」
「……よく、目に焼き付けてあげてください。あれが、我らが主にとって、貴方に出来る精一杯の謝罪なんです。そして、それは私もしたいのですが――私もしてしまっては、本当にあの方の立つ瀬がありませんから」

 鴉座は苦笑して、硬い牡羊座の髪の毛を撫でてやる。
 その牡羊座の視線の先には、床に額をこすりつけるほど強い力で頭を下ろして、土下座している陽炎の姿。
 牡羊座は涙を止める術も判らず、必死にやめてください、と言うが、陽炎は本当にごめんと謝ってから、そのまま立とうとはしなかった。
 十分ぐらいそのまま経ったときに、鴉座が困惑しきっている牡羊座に助け船を出すつもりで陽炎に口を出す。

「我が愛しの君、それをどのくらいの時間するつもりで?」
「何日でも良い」
「何日でもは流石に困ります。動けませんから。ねぇ、じゃあ後三時間その姿。それでひとまずはこの件についての謝罪はやめておきましょう。本当に謝らなければならないのは、貴方ではありません……」
「判った」
「判ったって、だ、ダメです、いけません、我が主! あたくし、そんな姿見たくない! あたくしはあなた様が無事ならばそれでいいんです! あなた様が、あなた様がただただこの城で息をしていることがこの世で何より幸せですの……!」
「心優しすぎる悲しい尼僧様、黙ってあの方の謝罪を受け取ってやってください。それがあの方の為でもあるんです」

 鴉座は苦笑を浮かべて、時間を三時間計り出す。
 何十分経った、何時間経った、そういう単語は一切出さず、ただ計って。
 牡羊座は涙ぐみ、そっとお腹の鼓動に手をやって、それを撫でたい衝動にもかられる。

(あなた様が謝る事じゃありませんの。あなた様は、ずっとずっと痛みに耐えていた方――忘れてしまう痛み、忘れてしまう日々繰り返される攻撃の受理……でも、本当に忘れられるとは思えませんの。痛みというのは、すぐに忘れられるものじゃありませんわ。それでも、あなた様は己の中の痛みを無視して星座達に笑ってくださった……星座を第一に考えてくださった方。本当に、あなた様こそ、プラネタリウムの我が神ですわ。創世神よりも、きっと素晴らしい方)

「主よ、我が主よ……お許し下さい。あなた様は、あたくしたちがこんなになってまで守らずとも……お強い方でした。力量を見誤ったのをお許し下さい……」


 牡羊座の涙は、礼拝堂に、染み込む。
 彼女の信仰心の中で生まれた、陽炎への情と共に。



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