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第三部 第一章――再会
第十七話 聖霊の思案した布陣
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「射手座、離せッ。離してください。あんなのと一緒にするなんて、我が君を!」
「――そなた様は普段は察しがいいくせに、己のことになると少し疎いんで御座るな」
射手座は迷路のように植樹された庭へ鴉座を連れて行き、城内へと戻れなくさせようとしたところで、鴉座には翼があるのを思い出し、片腕で抱えたままとなる。
「おいっ、本当に退けッ!」
「そこまで御屋形様を思うのに、力が比例しないのは可哀想で御座るな」
射手座の挑発するような言葉に、鴉座は反応し、少しの間黙り込んだ。
黙り込んでるのは、少しでも力が比例したくて、この十二宮での暗殺犯の腕から抜け出たらそれは少しは自信へと繋がるのでは、と思ったからだ。
だが、鴉座の思惑が手に取るように判っている射手座は優しくない。
「安心しろ。力があってもどうにもならない事もあろう」
「嫌です。私は、どんなとき、何があっても駆けつけたいんです。力が無いから、私は隔離されたんですか? 力があるし十二宮だから、お前と蟹座と牡羊座は通じ合ったのか?」
「力だけでなく、頭脳も比例させんのか。手前には頭脳がない、だが代わりに力がある。力は頭脳ある者がふるって、初めて発揮する。それまでは、ただの……キリングマシーンだ、手前はな」
鴉座は言われてることは嫌というほどよく判る。
知恵を身につけ、力が無いなら無いなりの行動をしろと言っていて、そして暗に力がある無いで隔離したわけではないことを告げている。
だが、それでも己は、やはり力が欲しいのだ。どうしようもなく、力が。
(好きな人を守りたいのに、好きな人も同等で力が強いってそりゃ、ないでしょう――。嗚呼、もう今更だけど、どうして貴方は百以上も痛み虫を集めてしまったの?)
力が強かったら、例えばこの腕から抜け出して、彼の元へ行き、蟹座をシめてから、黒雪のもとへいき、即座に黒雪を脅すことも出来るのに。
それを、させてくれない。
かといって、頭脳で黒雪に上回ろうとしてみる。
結果は、敵に哀れみを誘ってしまったように情報を敵自らが或る程度与えるような状況。
力があれば、力があれば例えばあの時、攫われるとき、蟹座と一緒に力を合わせれば、あんな奴脅して殺したりもして、逃げられたかも知れない。
力が無いことは、不便だ――。
鴉座は、歯の奥を噛みしめコーヒー豆を喰らったような苦さを味わう。
その顔は見なくても何となく判る射手座は、ため息をつく。
「――そなた様は、手前の懸想する方と同じ思いを抱いている。だから、妙に悲しくなる」
「……牡羊座、か。そいつは何処に?」
「――今頃仕置きを受けているで御座いますに。否、それもどうで御座ろうか。……――仕置きはもう無いかもしれぬな」
「それは、どういう?」
「己が女であり、相手は男。側から離さず、男は妖術に心奪われている。そのパターンで最悪なことは何で御座ろうな。手前には判らんのだ。尼は、だから大丈夫だ、己は大丈夫だから御屋形様を守ることだけに専念してくれと、泣くのだ――そして、力が欲しいと喚く。そなた様のように、手前を妬むのだ」
どうにも判らん、と射手座は口にする。鴉座の興味が牡羊座に向いたので、彼が大人しくなるには、牡羊座の話をするしかないと思ったのだろう。
鴉座は相変わらず苦渋を味わい腕から抜け出そうと力を込めながらも、話をよく聞いてみる。
女で、相手が男で、妖術に惑わされてる奴のすることで、暴力を今ふるえない事は――。
鴉座は込めていた力を、緩めて、まさか、と呟き、続いて嘘でしょう? と、半笑いをした。
射手座は己を馬鹿と称するだけあって、本当に理解出来てないようだ。
それが何を意味するのか。
(牡羊座は、黒雪の子を宿している――……!)
「……――最近、牡羊座は太ってきてますか」
「おなごにそのようなことを聞くのは失礼だろう。だが、そうだな、少し腹に膨らみが出てきたかもしれん。下半身でぶとやらで御座ろうか」
つっこんでいいのかどうか、鴉座には判らなくなった。
懸想している――好きだと言っている、その星座を彼は。その彼は気づいてない。だから、つっこんでしまえば理由を言わなくてはいけなくなる。
そんな、残酷なことは出来ない。
「黒雪を、殺したい」
人間、全員でもいいかもしれない、陽炎以外。
鴉座は苦笑を浮かべて、少し愉快な気持ちになったと途端に不快さに、射手座を力任せに蹴り、腹当たりに蹴りは当たるのだが、びくともしない。
びくともしないで、鴉座の言葉に、射手座はため息をつく。
「だから、御屋形様とガンジラニーニ様に憎んで貰わないと、いけない」
「あの男も入ってるのか――? 嗚呼、鷲座と獅子座と豊艶な魚の君は、あの男が第一主人――つまり、黒玉には第二主人にも値するということか」
「左様。ガンジラニーニ様の憎しみはとうに矢を放つのにくりあしている。だが、――……御屋形様は、痛み虫も、その時の記憶も消してるのが、憎しみを少なくさせ、徐々に年月で情を募らせてしまっている。諦めも入っている。そう、言っていた、尼が――」
「……陽炎様を怒らせたいのなら、一つ教えておきましょう。あの方は黒玉の住人が大好きだ――だから、……牡羊座が泣きながら、己が大丈夫だと主張することを話せば良い」
「それを話されるのは、流石に困るな――?」
突然訪れた優しい、否、穏やかすぎて不気味な声。
夜風に紛れた風のように優しく頬を撫でて恐怖に包ませる。
射手座は鴉座を左へぶん投げて、己は右へ移動すると、一瞬にして己が居た付近の植樹は枯れていた。否、植樹だけではなく、芝生も、花壇の花も。
枯れた所に突然火が立ちこめたと思えば、その枯れ草ごと火は消えて、何メートルも先から黒雪が現れる。
黒雪はサングラスを夜でもやはりしていて、サングラスの奥では睨み付けている。
その証拠に少しいつも穏やかな声が揺らいでいる。音と響きが一定になるのが黒雪の話し方だが、それが安定していない。
苛ついている証拠だ。
髪の毛を紫に染め上げて、くすくすと笑っていた。
「人馬の妖仔、良い子だからオレの所に帰ってきなさい。かくれんぼはゲームオーバーだ」
「……御屋形様に身ばれした以上、そなた様の元には戻れん。それに蒼刻一様が望んだ」
「蒼刻一!? ……――あの伝説の妖術師がこの城に?」
鴉座は芝生との激突に身を痛ませながらも、黒雪に向かおうとするが、それよりも先に黒雪が声を少し大きくして驚いたのが聞こえた。
そこまで有名な妖術師なのか。
鴉座は腰から短銃を抜こうとしたが、それよりも先に火薬は嫌いと黒雪が暗に脅しをかける声が聞こえて、鴉座はぴたりと動きを止めてしまう。
威圧感をぶわりと、花が開花するときの勢いのように感じてしまい、ぐっと喉が締まるのを感じた。
その時だった。
「スノーブラック様、此処で何をしてるだ? 警備兵としちゃ、困るんだぎゃ」
「……――そう、君までも、乗り込んだんだね」
――金色の鬣、銀色の甲冑よ、雪に向かって燃えさかれ。
そう陽炎が命じたようなタイミングで彼は現れ、槍を構える。
獅子座が、そこに普通の兵士服でそこに居て、槍を片手に、にやにやと笑っている。
鴉座は目を丸くして、獅子座、と呟き、少し嬉しそうに頬を綻ばせた。
黒雪は面白くなさそうな顔で、ふぅんと呟いただけ。
「もっと他にリアクションはないだか? ないんなら、大人しく部屋に戻ってくれ」
「――警備兵、なんだよな? 獅子の妖仔。ならば、すぐにこの鴉と人馬の妖仔を捕らえてくれないかな。オレの眠りを害したよ」
「それはできんなぁ。旧知の恋敵もそったらなかにおんし、何より――おらさ主人は、陛下とつく者だ。今のテメェは、ただの皇子だ。もうすぐ・陛下。もうすぐが、上につくやつの命令は聞けないだ」
「ダメだねぇ。なってない、全然なじめてないよ、獅子の妖仔」
獅子座の言葉に黒雪は世界で一番とは言わずとも中々に面白いジョークを聞いたような笑い方をして、目にうっすらと笑いで涙を浮かべた。
先ほどまでの不機嫌さが消えたようで、すっかり声色を一定に安定させる。
「獅子の妖仔。良い子だから、ちゃんとその二人を一晩牢に。逆らったらどうなるか、判らないかな? この国でもうすぐ国王になる奴が、不審な奴と密会してる陽炎くんの妖仔を見つけた。オレはこっそり問いただして一晩で処分を終えようとしている。でもオレ以外の奴が、そういう現場を見つけたらどうすべきだろう? 陽炎くんの立場は、どんな立場に変わるんだろうね――?」
獅子座は砂時計を置かれた。否、回りくどく言わなければ、途中まで頑張って考えたが思考が追いつかず、固まっている。
そして射手座も同じく思考が停止している。
どうやら、この場で黒雪の言葉が通じるのは己しか居ないようで、鴉座は震える声に力を込めて、獅子座と射手座に教えてやる。
「ようは此処で大人しく捕まらないと、陽炎様の安全が保証出来ないということですよ。黒雪の力ではなくて、ね。国としての安全で」
「最初から何でそう言わねぇんだ! 回りくどくてしょうがないだ、テメェのやりとりは嫌いだ!」
「そう? オレは結構、君は面白くて好きだねぇ。あの蛮族から命じられて、此処で警備兵をしてるんだろう? ……あの蛮族は、何を企んでいるか教えてくれないかな?」
「誰がテメェなんかにッ……!」
柘榴を蛮族と言われ腹が立つが、黒雪が口元に笑みを作った瞬間に、獅子座はぞくりと背中に虫が這うような感覚を覚えて、一気に青ざめた。
他に、この男に恐怖属性を持つ仲間を見てきた。
あの人に無関心な冠座が毎晩恐怖で泣いて、怯えているのを目にしても自分は平気だった。怖い、怖いと冠座は口にして、怯えきっていた。
でもその度に己が励ましていたが、まさか今この瞬間、己が――恐怖属性になるなんて。
それも、鴉座も言葉でつんけんと攻撃をしないところを見ると、恐怖属性のようで。
射手座が獅子座に声をかける。
「野良獅子、手前共のことは心配御座らん。悪鬼、昨日までの手前だと思うな。そなた様の与えた妙な属性は、御屋形様が解放してくだすった。その心、あいや無駄に出来ようか。牢でも、地獄でも好きなところへ連れて行け」
「――……解放されたのなら、もう一度――……無理か。オレはね、生涯に一人だけ負けを認めてる人がいて、それが陽炎君なんだよ。無意識の悪人には、勝てないね」
「悪人ぶりなら、上級レベルじゃないだか?」
獅子座はふんっと鼻を鳴らして、恐怖心を少し大きな声をあげることで隠す。
黒雪はそれを見通したように、獅子座が喋るときは片耳を片手で塞ぎ、興味を無くしたように部屋へと戻る。
その場にいる星座達に着いてこい、と促している。望み通り、牢屋に入れるのだろう。
その日の情報を消して。
それを、城の上から眺めていた子供は、くつくつと笑う。
「僕は城に取り憑いている。ホーリーゴーストが挑発する限り。馬鹿だなぁ、妖仔なんていつでも殺せる便利な下僕だから存在してるのに、自分が不利になりそうなのに殺せないなんて!」
記憶を、明日解除はしないが、タイミングの良いときに解除する数式を子供は歌を歌うように一節で作り上げた――。
「――そなた様は普段は察しがいいくせに、己のことになると少し疎いんで御座るな」
射手座は迷路のように植樹された庭へ鴉座を連れて行き、城内へと戻れなくさせようとしたところで、鴉座には翼があるのを思い出し、片腕で抱えたままとなる。
「おいっ、本当に退けッ!」
「そこまで御屋形様を思うのに、力が比例しないのは可哀想で御座るな」
射手座の挑発するような言葉に、鴉座は反応し、少しの間黙り込んだ。
黙り込んでるのは、少しでも力が比例したくて、この十二宮での暗殺犯の腕から抜け出たらそれは少しは自信へと繋がるのでは、と思ったからだ。
だが、鴉座の思惑が手に取るように判っている射手座は優しくない。
「安心しろ。力があってもどうにもならない事もあろう」
「嫌です。私は、どんなとき、何があっても駆けつけたいんです。力が無いから、私は隔離されたんですか? 力があるし十二宮だから、お前と蟹座と牡羊座は通じ合ったのか?」
「力だけでなく、頭脳も比例させんのか。手前には頭脳がない、だが代わりに力がある。力は頭脳ある者がふるって、初めて発揮する。それまでは、ただの……キリングマシーンだ、手前はな」
鴉座は言われてることは嫌というほどよく判る。
知恵を身につけ、力が無いなら無いなりの行動をしろと言っていて、そして暗に力がある無いで隔離したわけではないことを告げている。
だが、それでも己は、やはり力が欲しいのだ。どうしようもなく、力が。
(好きな人を守りたいのに、好きな人も同等で力が強いってそりゃ、ないでしょう――。嗚呼、もう今更だけど、どうして貴方は百以上も痛み虫を集めてしまったの?)
力が強かったら、例えばこの腕から抜け出して、彼の元へ行き、蟹座をシめてから、黒雪のもとへいき、即座に黒雪を脅すことも出来るのに。
それを、させてくれない。
かといって、頭脳で黒雪に上回ろうとしてみる。
結果は、敵に哀れみを誘ってしまったように情報を敵自らが或る程度与えるような状況。
力があれば、力があれば例えばあの時、攫われるとき、蟹座と一緒に力を合わせれば、あんな奴脅して殺したりもして、逃げられたかも知れない。
力が無いことは、不便だ――。
鴉座は、歯の奥を噛みしめコーヒー豆を喰らったような苦さを味わう。
その顔は見なくても何となく判る射手座は、ため息をつく。
「――そなた様は、手前の懸想する方と同じ思いを抱いている。だから、妙に悲しくなる」
「……牡羊座、か。そいつは何処に?」
「――今頃仕置きを受けているで御座いますに。否、それもどうで御座ろうか。……――仕置きはもう無いかもしれぬな」
「それは、どういう?」
「己が女であり、相手は男。側から離さず、男は妖術に心奪われている。そのパターンで最悪なことは何で御座ろうな。手前には判らんのだ。尼は、だから大丈夫だ、己は大丈夫だから御屋形様を守ることだけに専念してくれと、泣くのだ――そして、力が欲しいと喚く。そなた様のように、手前を妬むのだ」
どうにも判らん、と射手座は口にする。鴉座の興味が牡羊座に向いたので、彼が大人しくなるには、牡羊座の話をするしかないと思ったのだろう。
鴉座は相変わらず苦渋を味わい腕から抜け出そうと力を込めながらも、話をよく聞いてみる。
女で、相手が男で、妖術に惑わされてる奴のすることで、暴力を今ふるえない事は――。
鴉座は込めていた力を、緩めて、まさか、と呟き、続いて嘘でしょう? と、半笑いをした。
射手座は己を馬鹿と称するだけあって、本当に理解出来てないようだ。
それが何を意味するのか。
(牡羊座は、黒雪の子を宿している――……!)
「……――最近、牡羊座は太ってきてますか」
「おなごにそのようなことを聞くのは失礼だろう。だが、そうだな、少し腹に膨らみが出てきたかもしれん。下半身でぶとやらで御座ろうか」
つっこんでいいのかどうか、鴉座には判らなくなった。
懸想している――好きだと言っている、その星座を彼は。その彼は気づいてない。だから、つっこんでしまえば理由を言わなくてはいけなくなる。
そんな、残酷なことは出来ない。
「黒雪を、殺したい」
人間、全員でもいいかもしれない、陽炎以外。
鴉座は苦笑を浮かべて、少し愉快な気持ちになったと途端に不快さに、射手座を力任せに蹴り、腹当たりに蹴りは当たるのだが、びくともしない。
びくともしないで、鴉座の言葉に、射手座はため息をつく。
「だから、御屋形様とガンジラニーニ様に憎んで貰わないと、いけない」
「あの男も入ってるのか――? 嗚呼、鷲座と獅子座と豊艶な魚の君は、あの男が第一主人――つまり、黒玉には第二主人にも値するということか」
「左様。ガンジラニーニ様の憎しみはとうに矢を放つのにくりあしている。だが、――……御屋形様は、痛み虫も、その時の記憶も消してるのが、憎しみを少なくさせ、徐々に年月で情を募らせてしまっている。諦めも入っている。そう、言っていた、尼が――」
「……陽炎様を怒らせたいのなら、一つ教えておきましょう。あの方は黒玉の住人が大好きだ――だから、……牡羊座が泣きながら、己が大丈夫だと主張することを話せば良い」
「それを話されるのは、流石に困るな――?」
突然訪れた優しい、否、穏やかすぎて不気味な声。
夜風に紛れた風のように優しく頬を撫でて恐怖に包ませる。
射手座は鴉座を左へぶん投げて、己は右へ移動すると、一瞬にして己が居た付近の植樹は枯れていた。否、植樹だけではなく、芝生も、花壇の花も。
枯れた所に突然火が立ちこめたと思えば、その枯れ草ごと火は消えて、何メートルも先から黒雪が現れる。
黒雪はサングラスを夜でもやはりしていて、サングラスの奥では睨み付けている。
その証拠に少しいつも穏やかな声が揺らいでいる。音と響きが一定になるのが黒雪の話し方だが、それが安定していない。
苛ついている証拠だ。
髪の毛を紫に染め上げて、くすくすと笑っていた。
「人馬の妖仔、良い子だからオレの所に帰ってきなさい。かくれんぼはゲームオーバーだ」
「……御屋形様に身ばれした以上、そなた様の元には戻れん。それに蒼刻一様が望んだ」
「蒼刻一!? ……――あの伝説の妖術師がこの城に?」
鴉座は芝生との激突に身を痛ませながらも、黒雪に向かおうとするが、それよりも先に黒雪が声を少し大きくして驚いたのが聞こえた。
そこまで有名な妖術師なのか。
鴉座は腰から短銃を抜こうとしたが、それよりも先に火薬は嫌いと黒雪が暗に脅しをかける声が聞こえて、鴉座はぴたりと動きを止めてしまう。
威圧感をぶわりと、花が開花するときの勢いのように感じてしまい、ぐっと喉が締まるのを感じた。
その時だった。
「スノーブラック様、此処で何をしてるだ? 警備兵としちゃ、困るんだぎゃ」
「……――そう、君までも、乗り込んだんだね」
――金色の鬣、銀色の甲冑よ、雪に向かって燃えさかれ。
そう陽炎が命じたようなタイミングで彼は現れ、槍を構える。
獅子座が、そこに普通の兵士服でそこに居て、槍を片手に、にやにやと笑っている。
鴉座は目を丸くして、獅子座、と呟き、少し嬉しそうに頬を綻ばせた。
黒雪は面白くなさそうな顔で、ふぅんと呟いただけ。
「もっと他にリアクションはないだか? ないんなら、大人しく部屋に戻ってくれ」
「――警備兵、なんだよな? 獅子の妖仔。ならば、すぐにこの鴉と人馬の妖仔を捕らえてくれないかな。オレの眠りを害したよ」
「それはできんなぁ。旧知の恋敵もそったらなかにおんし、何より――おらさ主人は、陛下とつく者だ。今のテメェは、ただの皇子だ。もうすぐ・陛下。もうすぐが、上につくやつの命令は聞けないだ」
「ダメだねぇ。なってない、全然なじめてないよ、獅子の妖仔」
獅子座の言葉に黒雪は世界で一番とは言わずとも中々に面白いジョークを聞いたような笑い方をして、目にうっすらと笑いで涙を浮かべた。
先ほどまでの不機嫌さが消えたようで、すっかり声色を一定に安定させる。
「獅子の妖仔。良い子だから、ちゃんとその二人を一晩牢に。逆らったらどうなるか、判らないかな? この国でもうすぐ国王になる奴が、不審な奴と密会してる陽炎くんの妖仔を見つけた。オレはこっそり問いただして一晩で処分を終えようとしている。でもオレ以外の奴が、そういう現場を見つけたらどうすべきだろう? 陽炎くんの立場は、どんな立場に変わるんだろうね――?」
獅子座は砂時計を置かれた。否、回りくどく言わなければ、途中まで頑張って考えたが思考が追いつかず、固まっている。
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どうやら、この場で黒雪の言葉が通じるのは己しか居ないようで、鴉座は震える声に力を込めて、獅子座と射手座に教えてやる。
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「最初から何でそう言わねぇんだ! 回りくどくてしょうがないだ、テメェのやりとりは嫌いだ!」
「そう? オレは結構、君は面白くて好きだねぇ。あの蛮族から命じられて、此処で警備兵をしてるんだろう? ……あの蛮族は、何を企んでいるか教えてくれないかな?」
「誰がテメェなんかにッ……!」
柘榴を蛮族と言われ腹が立つが、黒雪が口元に笑みを作った瞬間に、獅子座はぞくりと背中に虫が這うような感覚を覚えて、一気に青ざめた。
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でもその度に己が励ましていたが、まさか今この瞬間、己が――恐怖属性になるなんて。
それも、鴉座も言葉でつんけんと攻撃をしないところを見ると、恐怖属性のようで。
射手座が獅子座に声をかける。
「野良獅子、手前共のことは心配御座らん。悪鬼、昨日までの手前だと思うな。そなた様の与えた妙な属性は、御屋形様が解放してくだすった。その心、あいや無駄に出来ようか。牢でも、地獄でも好きなところへ連れて行け」
「――……解放されたのなら、もう一度――……無理か。オレはね、生涯に一人だけ負けを認めてる人がいて、それが陽炎君なんだよ。無意識の悪人には、勝てないね」
「悪人ぶりなら、上級レベルじゃないだか?」
獅子座はふんっと鼻を鳴らして、恐怖心を少し大きな声をあげることで隠す。
黒雪はそれを見通したように、獅子座が喋るときは片耳を片手で塞ぎ、興味を無くしたように部屋へと戻る。
その場にいる星座達に着いてこい、と促している。望み通り、牢屋に入れるのだろう。
その日の情報を消して。
それを、城の上から眺めていた子供は、くつくつと笑う。
「僕は城に取り憑いている。ホーリーゴーストが挑発する限り。馬鹿だなぁ、妖仔なんていつでも殺せる便利な下僕だから存在してるのに、自分が不利になりそうなのに殺せないなんて!」
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