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第三部――序章 滑稽な次期王の一人きりによる懺悔劇
第一話 始まりは妖術師卒業式から
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それは春の日。
春に入り立ての、寒いのに日差しがとても強い日だった。
褐色の男は、皆に紛れて樹に己の力を少し宿し、木々を飾った。色とりどりの花が咲いていて、春の中盤のように。
チューリップが枝に咲いてる樹もあれば、何故か真っ黒な桜の木もあった。
順々に本名からもう一つの名を得て喜ぶ者を見ている中、褐色の男だけはただそれを喜びではなく何かを懐かしむような目で見やっていた。
もう、十人くらい呼ばれて、最後に己の名が呼ばれた。名、といってもそれは本名ではなく偽名なのだが。
「畏束(いつか)、今日より妖術師として認め、妖術名を与える。そうだな、お前は……何色か迷っている。お前は、基礎しかやってない。だが、それがどんなに大事で、どんなに人と妖術師の狭間でいられる度合いか、よく判っている」
妖術師の名の色は、稀に己の妖術を使うときの髪色に変化したりすることがある。そしてどんな術に長けているかの証になったりする。それ故に迷っているのだろう。
「……基礎だけあれば、基本的に妖術はまかり通りますから」
褐色の男は苦笑を浮かべて、認定証を早く手にするのを待った。
だが目の前の師であり、幾人もの妖術師を育てた老人は、悩みに悩んでふと、空を見上げた。
それを見て柔らかな目を細め、ふむと頷いた後、褐色の男へと向き直った。
「白銀陽(はくぎんよう)という名はどうだ?」
「――その名の意味は?」
褐色の男は、己の肌が黒に近いのに白とされた意味が、ましてや白銀にされた意味が判らず、首を傾げた。
老人は、戸惑っている男を見て、ははっと笑った後、認定証を渡してからその認定証を持つ手を握ってやる。
まるでこれから男が、嵐の中へ飛び込みに行くことを知っているかのように、その手は頑張れと言っているように力強かった。
「お前は太陽のような気配がする。太陽は黄色と子供は絵に描く者が多いが、わしゃ太陽は白銀のような気がしてな。――お前を今日より、白銀陽とする」
その言葉に今も待っている親友の夜色を思い出し、それとは正反対だなと苦笑しつつ、畏束こと、白銀陽はお辞儀をした。
――長い、長い年月が経った。三年くらい経っただろうか、気づけば己は二十才を超えて、二十一となっていた。
基礎を徹底的に学ぶだけ学び、例え他に攻撃や防御や妖仔を作れるような科目があっても選択せず、基礎だけを本当に学び、基礎だけしか頭に入れなかった白銀陽には、牢獄から解放された気分だが、本当の牢獄はこれから行く先だ。
牢獄の国へ、あの人を迎えに行く前に、とりあえずあの人への思いを共有する皆へ報告してお祝いでもしようか、と白銀陽は考えて、薄く微笑んで、おかしな花が咲き狂う中、一人さっさかと帰って行った。
己の拠点地とも言える、森にある妖術研究所用の小屋に入ると、中は暗くて、今は昼間だというのに室内には夜空を描いている。でも、偽物道具の偽物だから、その星は薄くて、霞のようだ。
手を伸ばせば捕まえられそうな気がして、なんとなく手を伸ばしたところで声をかけられる。
「名をお尋ねしても?」
糸目の学者風の、少し背の小さな青年が奥から出てきた。首を傾げて、両手一杯に本や辞書を抱えて、それらを机の上に置く。それから、手の痺れを早く逃がすようにぶらぶらと動かしてから、己を見やり、真顔で尋ねる。
相手は見知った人物だと言うのに、何故名を尋ねるか。それは今日が、妖術師としての名を貰える日だと知っているからだ。
白銀陽は、チェシャ猫のように読めない笑みを浮かべながら、答える。
「白銀陽」
「……白銀、陽? 由来は?」
「太陽だって。太陽なら黄色か金色なのに、おっしょさんってば太陽は白銀に見えるからだってさぁ?」
白銀陽は糸目の青年が持ってきた辞書を片手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
適当なページを見つけて、今までの基礎が完璧に脳内に入っていることを確かめる。
その様子を見やることなく、糸目の青年は苦笑を浮かべて、名をオウム返しのように復唱する。
「白銀だと冷たい太陽みたいだ。君は暖かいだろうに」
「いや、案外白銀であってるかもよ。ガンジラニーニ。判るだろ?」
「――青白い肌で、生きた屍。愛してると、生きた屍が聖者に告白すれば、死に神が嫉妬して殺してしまう」
糸目の青年はガンジラニーニという単語だけで、その種族にまつわる話や外見特徴を言い当てる。それに白銀陽は、こくりと頷き辞書を手放す。
「しかし、その伝説は確実なのですか?」
「本当だよ。俺は実際この目で見た。死に神が殺したかは知らないけれど。皆が聖者と言った奴を、ガンジラニーニが愛してると言った瞬間、その聖者は死んだ」
「聖者の条件は?」
その言葉は口にするだけで腹立たしい者を思い出すように、静かな怒気が含まれていた。
しかし、滅多に笑わないその糸目の青年の口元は、弧を描き、何かを解放されたように少し目は輝いていた。
それに気づくと、白銀陽はくすくすと笑い、それから糸目の青年の頭を撫でてやる。
「国にとって利益となり、何らか世界的な財産になりえそうな人」
「それならすぐにでも、ガンジラニーニの力を使って小生らからあの人を奪った人を、殺せば良い――柘榴」
「ガンジラニーニは目立つからね、鷲座。すぐにばれるじゃん? ちゃんと練らないとね」
鷲座を撫でてから、年月を表すように長くなった己の髪の毛を束ねて、一つに纏める柘榴。
それから、机の上に飾ってある皆で書いた「一番に会ってしたい事」を書き連ねた一枚の色紙を眺めて、ふと垂れ眼に優しい色を宿す。
己だけは書かなかった。たくさんあり過ぎて困るからだ。それに、キラキラと眩しい希望だけを書き連ねたそこに、マイナスなことを書くのは気が引けて。
それでも、今なら書いても良いかもしれないと柘榴は漸くペンを取って、少し考えてから、きゅきゅっとマジックの音を響かせる。
丁度その頃に、町へ買い出しに行ったり働いていたりしていた星座達が戻ってきて、柘榴は色紙を置いて、皆におかえりと微笑んだ。
一枚の色紙に書かれた、一番最後に記述された言葉。
“――人間不信度チェック”
春に入り立ての、寒いのに日差しがとても強い日だった。
褐色の男は、皆に紛れて樹に己の力を少し宿し、木々を飾った。色とりどりの花が咲いていて、春の中盤のように。
チューリップが枝に咲いてる樹もあれば、何故か真っ黒な桜の木もあった。
順々に本名からもう一つの名を得て喜ぶ者を見ている中、褐色の男だけはただそれを喜びではなく何かを懐かしむような目で見やっていた。
もう、十人くらい呼ばれて、最後に己の名が呼ばれた。名、といってもそれは本名ではなく偽名なのだが。
「畏束(いつか)、今日より妖術師として認め、妖術名を与える。そうだな、お前は……何色か迷っている。お前は、基礎しかやってない。だが、それがどんなに大事で、どんなに人と妖術師の狭間でいられる度合いか、よく判っている」
妖術師の名の色は、稀に己の妖術を使うときの髪色に変化したりすることがある。そしてどんな術に長けているかの証になったりする。それ故に迷っているのだろう。
「……基礎だけあれば、基本的に妖術はまかり通りますから」
褐色の男は苦笑を浮かべて、認定証を早く手にするのを待った。
だが目の前の師であり、幾人もの妖術師を育てた老人は、悩みに悩んでふと、空を見上げた。
それを見て柔らかな目を細め、ふむと頷いた後、褐色の男へと向き直った。
「白銀陽(はくぎんよう)という名はどうだ?」
「――その名の意味は?」
褐色の男は、己の肌が黒に近いのに白とされた意味が、ましてや白銀にされた意味が判らず、首を傾げた。
老人は、戸惑っている男を見て、ははっと笑った後、認定証を渡してからその認定証を持つ手を握ってやる。
まるでこれから男が、嵐の中へ飛び込みに行くことを知っているかのように、その手は頑張れと言っているように力強かった。
「お前は太陽のような気配がする。太陽は黄色と子供は絵に描く者が多いが、わしゃ太陽は白銀のような気がしてな。――お前を今日より、白銀陽とする」
その言葉に今も待っている親友の夜色を思い出し、それとは正反対だなと苦笑しつつ、畏束こと、白銀陽はお辞儀をした。
――長い、長い年月が経った。三年くらい経っただろうか、気づけば己は二十才を超えて、二十一となっていた。
基礎を徹底的に学ぶだけ学び、例え他に攻撃や防御や妖仔を作れるような科目があっても選択せず、基礎だけを本当に学び、基礎だけしか頭に入れなかった白銀陽には、牢獄から解放された気分だが、本当の牢獄はこれから行く先だ。
牢獄の国へ、あの人を迎えに行く前に、とりあえずあの人への思いを共有する皆へ報告してお祝いでもしようか、と白銀陽は考えて、薄く微笑んで、おかしな花が咲き狂う中、一人さっさかと帰って行った。
己の拠点地とも言える、森にある妖術研究所用の小屋に入ると、中は暗くて、今は昼間だというのに室内には夜空を描いている。でも、偽物道具の偽物だから、その星は薄くて、霞のようだ。
手を伸ばせば捕まえられそうな気がして、なんとなく手を伸ばしたところで声をかけられる。
「名をお尋ねしても?」
糸目の学者風の、少し背の小さな青年が奥から出てきた。首を傾げて、両手一杯に本や辞書を抱えて、それらを机の上に置く。それから、手の痺れを早く逃がすようにぶらぶらと動かしてから、己を見やり、真顔で尋ねる。
相手は見知った人物だと言うのに、何故名を尋ねるか。それは今日が、妖術師としての名を貰える日だと知っているからだ。
白銀陽は、チェシャ猫のように読めない笑みを浮かべながら、答える。
「白銀陽」
「……白銀、陽? 由来は?」
「太陽だって。太陽なら黄色か金色なのに、おっしょさんってば太陽は白銀に見えるからだってさぁ?」
白銀陽は糸目の青年が持ってきた辞書を片手に取り、ぱらぱらとページを捲る。
適当なページを見つけて、今までの基礎が完璧に脳内に入っていることを確かめる。
その様子を見やることなく、糸目の青年は苦笑を浮かべて、名をオウム返しのように復唱する。
「白銀だと冷たい太陽みたいだ。君は暖かいだろうに」
「いや、案外白銀であってるかもよ。ガンジラニーニ。判るだろ?」
「――青白い肌で、生きた屍。愛してると、生きた屍が聖者に告白すれば、死に神が嫉妬して殺してしまう」
糸目の青年はガンジラニーニという単語だけで、その種族にまつわる話や外見特徴を言い当てる。それに白銀陽は、こくりと頷き辞書を手放す。
「しかし、その伝説は確実なのですか?」
「本当だよ。俺は実際この目で見た。死に神が殺したかは知らないけれど。皆が聖者と言った奴を、ガンジラニーニが愛してると言った瞬間、その聖者は死んだ」
「聖者の条件は?」
その言葉は口にするだけで腹立たしい者を思い出すように、静かな怒気が含まれていた。
しかし、滅多に笑わないその糸目の青年の口元は、弧を描き、何かを解放されたように少し目は輝いていた。
それに気づくと、白銀陽はくすくすと笑い、それから糸目の青年の頭を撫でてやる。
「国にとって利益となり、何らか世界的な財産になりえそうな人」
「それならすぐにでも、ガンジラニーニの力を使って小生らからあの人を奪った人を、殺せば良い――柘榴」
「ガンジラニーニは目立つからね、鷲座。すぐにばれるじゃん? ちゃんと練らないとね」
鷲座を撫でてから、年月を表すように長くなった己の髪の毛を束ねて、一つに纏める柘榴。
それから、机の上に飾ってある皆で書いた「一番に会ってしたい事」を書き連ねた一枚の色紙を眺めて、ふと垂れ眼に優しい色を宿す。
己だけは書かなかった。たくさんあり過ぎて困るからだ。それに、キラキラと眩しい希望だけを書き連ねたそこに、マイナスなことを書くのは気が引けて。
それでも、今なら書いても良いかもしれないと柘榴は漸くペンを取って、少し考えてから、きゅきゅっとマジックの音を響かせる。
丁度その頃に、町へ買い出しに行ったり働いていたりしていた星座達が戻ってきて、柘榴は色紙を置いて、皆におかえりと微笑んだ。
一枚の色紙に書かれた、一番最後に記述された言葉。
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