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第二部――第六章 警鐘の鐘を鳴らせ
第四十三話 決意は語る「まだ終わらない」と
しおりを挟む偽プラネタリウムを屋敷につくなり柘榴に預けて、柘榴は偽プラネタリウムに、お帰りと暢気な声をかけるとそれは光り、一斉に星座が出てきて、柘榴と陽炎を捕らえるように抱きしめて囲った。
それも誰一人泣きわめきもせず、黙ったまま。
「……あの、……なんか言ってよ」
沈黙のまま皆に抱きしめられる二人は耐えきれず視線で会話し、代表で柘榴が口を出すと、一気に皆から返事が来る。
「心配したんだから! ど、どうなるかって思って……うぁあああん!!」
「私、信じてたよ。陽炎と柘榴が来るって信じてたよ!」
「はいはい、わんこ、ごめんなぁ? 王冠、アリガト。元はといえば、周囲に気をつけてれば良かったんだ。プラネタリウムが狙われやすいの忘れてたおいらの失態だぁね、今回は」
「柘榴君は悪いことなどしておらぬ!! わらわは、柘榴君と陽炎君に再び会えただけでもう……もうッ」
「泣くなよ~、嗚呼、もう、魚座の女王……」
柘榴が困惑している間に、陽炎はその囲いから抜け出して、ため息をつき笑った。
そこへ鴉座が窓から入ってきて、肩を竦めて一同を見渡す。
「随分と私が居ない間に、果物は信頼を集めるようになりましたね。嗚呼ッだけど、例え黒雪が仕掛けて治すタイミングを判っていたとはいえ、あの果物が受けた呪いで我が君をも、苦しめていたかもしれないと思うと私はもう、耐えきれないのです。愛しの我が君、無事で何より。無事を祝して、今夜私とデートの一つでも如何?」
「……――嫌だね」
鴉座のにこやかな笑みに、陽炎は口とは裏腹に頷き、背中に冷や汗をどっと感じた。
「口説いた」。
それが、己の怪しむことを確信させることだった。
そして柘榴へと視線を送る。柘榴は皆を宥めるのに必死で此方には気づいてなかったので鷲座を引っ張り、鷲座に向こうで胡蝶や教祖が何をしていたか、何を話していたかを詳しく聞いてみる。
「何故今更?」と聞くような野暮なことはしない。それは陽炎の顔が真剣だったので、まだ何かが終わってないことをすぐさまに感じ取り、鷲座は思い出せる限りのことを指折り数えて教えていく。
「スノウとスノウと胡蝶が五月蠅かったです。そして教祖はやっぱり頭が弱かった。それからお金はいっぱい貰っていてその分け前を二人で話していて――そうそう、最初の夜に胡蝶と教祖の間で何か一つの道具を争っていました。プラネタリウムではないのですが――……プラネタリウムは教祖が持つ代わりに、胡蝶がそれを持つと」
「それは何?」
「教科書と呼ばれています。丸いこの星を表して売っている、そこらにある物より大分小さな、透明の地球儀でした」
「地球儀――……」
鴉座は呟き、陽炎へ視線を。陽炎は、肩の荷がいつまでもおりないことへのため息をつきつつ、鷲座へ声かける。
気づけばもう夕方で、どうせ夜になってしまう。忘れ物をしたことに気づいたが、もう惨劇になってもならなくても、どうせ……皆とは離ればなれになるのだろう、とまた覚悟をしなくてはならなかった。夜の惨劇は諦めて、夜まで皆と語り合おうと、覚悟した。
なので、陽炎は一番しっかりとしていて、常識も判断力もあり、理性もあって、今回のことで大層忍耐強いことが発覚した鷲座に、真顔で見つめる。
鷲座は思っても見なかった真剣な陽炎に驚き、狼狽えて陽炎どの? と、訝しげな声を出す。
その声で皆は気づき、鷲座や鴉座に目を向けて、中には鴉座が居ることに大いに驚いたり怒ったりする者が居たが、柘榴がそれを宥めて、邪魔しちゃいけないとたしなめた。
「鷲座、お前に俺の一番大事な人を任せても大丈夫か……? いつまた会えるか、判らないけれど、柘榴は迎えに来ると宣言していた。だからきっと会える、会えなかったら柘榴を恨め。柘榴が死んだらプラネタリウムに戻っておいで。それまでは彼の持つ偽物の中で。……死んだときは一番恨まなきゃいけない人をその時教える――」
「……陽炎、どの。それじゃ、まるで……また、離ればなれになるような……?」
陽炎は、穏やかな笑みを浮かべた。
此処に画家が居たとすれば、きっと彼をモデルにして慈愛に満ちた肖像画を描き、そしてその絵はどんな画家が描いても名画になるのではと思わせるほど、複雑だけども優しい笑みで。
その笑みには幾分かの悲しみも強さも嘆きも混じっていた。
鷲座はその顔に、陽炎が成長したのだと感じ取ったと同時に、ただの一回陽炎にしがみつき、目から零れる涙を皆へ見せないように盾とした。
泣いているのに泣いてると感じさせることなく、淡々と鷲座は呟く。
「……何故、安息は来ないのだろう。一番に、一番に安息が訪れて欲しい君や柘榴に何故安息を訪れさせないのだろう、人々は。プラネタリウムがそれとも何かしているのですか? 小生らに幸せになるなと、道具であることを自覚しろと言っているのですか……?」
「鷲座、お前は前に、道具は利用しろと言っていたな。だから、安息がまた来ることを願って、お前を利用させてもらっていいか?」
「……何故。何故……君たちはただ、普通に生きたいと願い、普通に暮らしていた。小生らはその面倒を見ていたり、騒いだり、茶化していただけだった。それをどうして、何処の誰が……殺してやる」
鷲座は震える涙声を押さえつけながらも、小さな殺意を口走る。
鷲座にとって、陽炎と柘榴はとても大事な主人であり、見ていて微笑ましくも楽しい思い人と友人だった。
二人の幸せが、自分にとっての幸せでもある。正直、自分の恋が実るより、二人が誰よりも幸福に生きることが幸せだった。
だからこそ、二人を引き裂き、そしてその二人が揃う光景さえも崩させようとする何かが憎かった。ただの一度も口走ったことのない、殺意を口にして鷲座は陽炎に縋り付くように抱きつく。
普段から鷲座は、死ねとかそういう単語で罵るのを恐れていて使う姿は見たことはなかった。そしてそれは遠い昔でも口走ったことのないこと。それでも、初めて鷲座は見えない何かに殺意を抱き、それを恐れながらも口にした。
陽炎は、それを抱きしめ返して、優しく、ごめんなとしか言わなかった。
陽炎はプラネタリウムを捨てる、そういう選択肢もあるのだが、それは出来なかった。
今回のことで、プラネタリウムが他の人間にとってどういう風に扱われるか判ったし、例え捨てても「あれ」は再び己にプラネタリウムを手にさせようとするだろう。
それ故の苦肉の策だった。
その光景を見ていた、大犬座がぼろぼろと涙を零して、陽炎に目だけで、また離れちゃうの? と訴えた。
冠座は目を見開き何も言えない状態で、獅子座に至っては脱力していて、水瓶座は偽プラネタリウムの中で休ませていて、魚座は柘榴の服を無意識に握りしめ不安を押し隠し、鳳凰座も柘榴の服を握りしめて震えていた。ちなみに蠍座は偽プラネタリウムの中で毒作りをしている。先ほど気づかぬ間に、宿る場所を変えさせられた。
「皆、お願いだ。俺の一生のお願いだ。聞いてくれるか? 文句を言わず、不平も言わず、聞いてくれないか? 俺自身、これで「あいつ」を欺けるとは思えない。だけど、それでも俺よりも柘榴に守護がいるんだ。星座の守護を、俺の大好きな友人に与えてくれ――……」
「……――いつ」
誰かが呟いた。
「いつ、また会える?」
誰かはきっと、今回よりも長い間引き離されるのだと思ったのだろう。
そしてそれはきっと当たっている。陽炎は、すぐに会えるとは言わなかった。
「柘榴が死ぬか、柘榴が迎えに来るか、そいつが俺を解放するまで――」
「解放って、陽炎ちゃんまさか拉致とかまたされるわけ!?」
「拉致だったらどれだけ楽だっただろうか。拉致じゃないし、それは表向き好意だから困ってるんだ」
「……――迎えに行くということは……此処を離れるだ? 赤鬼さんはどうなるだ?」
「嗚呼、さっきね、意識が戻ったんだけど、出来るだけ協力するって言ってた。だけどあいつは此処に、残る。否、あいつは此処にいなきゃいけない。皆でまた集まれる日が来るとき、この家がやっぱり皆の家じゃん。管理人が、いなきゃな? 例えこの家がどうなっても、土地だけは守って欲しい。俺、この土地が好きなんだ――」
陽炎は静かにそう言うと、視線だけで皆を見やり、意志を確認する。
「頼めるか、皆――?」
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