【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第二部――第六章 警鐘の鐘を鳴らせ

第四十話 何も変わることのない物語

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 鴉座は羽をむしり取られ、少し肌寒い思いをしながらも、上空から黒雪を探す。
 作戦で黒雪を必要としている、そして何より引っかかることがあると陽炎が訴えていた。
 柘榴から言いにくいことを聞かされた後、黙り込んで静かに主人は戸惑い。
 
「おいらさ、実はあんたらが痛み虫作ってるとき、色々街の流行病にまだかかってる人を見て、数式を読むことがなんとか出来たんだ。その妖術の数式は、おいらのと違う。否、おいらには二重にかかっていたんだ――」
「……――どうやってあんな体調で街を」
「嫌な死に神に力借りたし、あの死に神はおいらを殺せない。例えどんな事になっても、おいらはね明日の保証をされてるんだよ――」

 柘榴はため息をつきながら、陽炎の様子を伺う。まだ、話の聞ける状態だと信じ、柘榴は言葉を続ける。

「そして、その間においらはとある国と別の国が裏取引をしたのを知って調べた。その取引がどんなのかは言えないし、誰なのかは言えないけど――売られた。あの団体さんじゃない奴に。ねぇ、その国がどの国か想像できるか?」
 
 その後教えられた国の名は決定的で。
 そして、陽炎は柘榴に相談し、己の不安に思ったことを全て聞いて話し合った後、鴉座に頼んだ。
 
「今はそれが何かを言えない。はっきりとは決まっていないし信じたくないから。だけどもし俺の考えてる通りの出来事が……起こったら、その時は教えてくれ、こっそりとばれないように」

 その注文が如何に難しいか。
 あんなに何もかも先がどうなるか読めている手紙を送りつけてくる奴相手に、悟られないように報告をするのは無理があるので、何かその気になる点を少し聞いてみたところ、こういう行動をしたら、不自然ではない行動、己を口説くように言った。

「全部揃ったら、一言だけ冗談に交ぜて口説け」

 確かにその行動は報告と言わずとも事前に打ち合わせていなくても、陽炎の言うとおりだったと報告出来る。それも、自然な形で。柘榴も頷き、賛同していたし、何より鴉座自身、黒雪と話していて何処か色々感じるものがあった。

(何処か、普通の人じゃない。あの威圧感が、じゃない。何かが普通の人として欠陥しているんだ――)

 それが己も含め三人の意見だった。蠍座はその話題には興味がなさそうだったが、ただ一言「宿命なんて嘘っぱちよぉ」と漏らして後は毒作りに勤しんでいた。
 
 上空から見渡すと、路地裏には胡蝶と黒雪、それらを囲う互いの妖仔たちが彷徨いていた。
 黒雪は騒がず驚かず、ただ静かな声で胡蝶に妖術をかけていた。
 胡蝶も黒雪に妖術をかけようとしていた。これが妖術師の戦い方で、互いに呪いをかけあい、上回った呪いがかけられると跳ね返されて、己にしっぺ返しと相手がかけてきた呪いを受けてしまうのだ。

「パピヨン、良い子だから「教科書」を返しなさい」
「嫌だよ、漸くスノウに会えたんだ! 君を永遠に捕まえてやる……! それに「教科書」は僕のものだ。僕があの団体で見つけたんだから、君に返せと言われる覚えはない!」
「そう、言葉では解決させてくれないのか。残念だよ、パピヨン。それなら、オレは――テメェを殺して奪うしかねぇーわけだ?」

 鴉座は鴉という姿であるにもかかわらず、思わず鳥肌が立つ感覚を覚えた。あの穏やかで穏和な空気を一切消さない黒雪が威圧感を消す代わりに、常人に戻り、その常人の度合いがやけに柄が悪かったのだ。
 黒雪は上空に飛ぶ鴉に気づかず、一言、ただ一回欠伸をするだけの時間で異様に凶悪な呪いを胡蝶にかけて、胡蝶を殺すのではなく、胡蝶の妖術を全て吸収し、吸収し終えると胡蝶から何かの小さな「地球儀」のような物を奪い、それから胡蝶を、名前の通り本当に蝶へと変化させてしまう。

「野生の中でじっくりと死にゃいい。言葉を失うなんざ、妖術師として最大の汚点だな? 何処かの誰かにでも、ピンに刺されて飾られるか、季節が終える前に死ね」

 黒雪はくすくすと笑うが、そこには己達の前での穏やかな笑い方ではなく下卑た笑い方だった。それでも、声を荒げることは一切無かったが。

「もう二度とオレの弟と、妖仔には手出しさせねぇよ――あれを弄って良いのは、オレだけだ。予定通りに動いてくれて有難う? パピヨン。中々良い駒だったけれど、もう台から退いて貰おう」

 そう呟き、黒雪は路地裏から離れて、人通りの多い繁華街の方へ足を向ける。
 
 鴉座は黒雪が完璧に居なくなったのを見計らって、蝶となって飛び立った胡蝶を追いもせず、その呪いで戦った場へ降り立つ。
 その場は酷く冷えていて、黒雪の言葉遣いの温度差のように上空とは寒さが違っていた。
 
(――成る程。陽炎様の仰るとおり。だとしたら、なんと余計なお世話なのだろう。お前の力を借りずとも、此方は陽炎様へ求愛し続けるつもりだったのに。例え出来なくても、プラネタリウムの中からあの方が幸せになる姿を見守るつもりだったのに――)
 
 鴉座の琴線に触れる物があったらしく、鴉座は珍しく喉奥で、くっと笑って……壁に拳を叩き付ける暴力的なことをした。
 壁に罅が入る、とかそういう訳ではない。彼には筋力は人並みよりちょっと上ぐらいにしか、陽炎よりは劣るぐらいの力しかないのだから。所詮己は銃が無ければ、騎士は勤まらない。
 だがそれでも、今は何かに八つ当たりをしたい気分だった。
 
「たかがその為に……――。どの時代も、王というのを目指す奴は、狂っている」
 
 ――今は、でもその怒りのまま怒鳴っていたら、蟹座の暴走を止められないだろう。
 何せ、出来事は全て「彼の手紙の言うとおり」に「全て」動いているのだから。
 否もしかしたら蟹座暴走まで含めて、の出来事かもしれない。全ては用心しないと。彼の目的が何かは、本当に判らないのだから。
 ――柘榴を売ったことくらいしか、判っていないのだから。
 鴉座は気分を完璧に落ち着かせて、自分をペテンにかけ、気持ちに嘘をつき、いつもと同じ柔らかな物腰に戻ることが出来た。
 
 そしてゆっくりと歩いて、彼が消えたと思われる繁華街の方へ行くと、黒雪は繁華街で何か店の商人と話していて、それから何か釣り銭を手渡し、手をひらひらとふる。
 それから此方の視線に気づき、今のやりとりは見られても何ら構わないようで、それともそういう風に「何でもないこと」として振る舞うのが上手いからか、ただ黒雪は微笑むだけだった。
 あれだけ感じられた威圧感は、今は恐怖の圧迫に感ぜられる。何が起こるかは判るし、彼の反応はきっと「流れ」に沿うだけ。
 それでも、それでもそれが「彼の言うとおり」か「彼の思うとおり」に全て事が運んでいるのだとしたら、と考えれば考えるほど恐ろしくなる。
 人間でありながら、まるで人間でないようで。
 彼自身が運命の作り手のようで、蠍座の言葉を思い出す。
 「宿命なんて嘘っぱち」――黒雪が宿命の作り手だと考えれば、蠍座は作られたときから判っていたのかも知れない。

(――あの馬鹿女に限ってそれはないか)

 そう己に言い聞かせでもしないと、この通り過ぎる人々でさえ彼の思うとおりのようで気味が悪くて。
 
 ――その恐怖感を一切合切隠して、鴉座は声をかけず手だけで招く。すると黒雪は腕にまでずれ落ちたファー付きの長衣を肩まで掛け直しながら、やってくる。ゆっくりと、焦らず、時間の刻み方を知ってるように。

「決着は済みましたか? お力添えをしてもらいたい事がありまして」
「嗚呼、勿論。安心して、今、例の呪いもきっと全ての人は解放されてるだろうから。呪いは呪い主が死ぬと解放されるんだ。今に騒動が起きるだろうね」
「その騒動に拍車をかけたいんですよ。というより既に……――」
 
 鴉座は黒雪の背景と化している繁華街の奥を、遠い目で見やる。
 どうして、あんなにも胡散臭い。どうして、あんなにもあのアイテム一つでこうも遠くから見ても目立つのだろうか。
 ガスマスクの女が彷徨いていた。
 鴉座の視線で黒雪はゆっくりと後ろを見やると、おやぁと声を鈍くあげた。大して驚いていないように聞こえるが、多分彼の中では驚いている方だろう。

「既に、やっちゃってます」
「何してるの?」
「少々懲らしめるお薬を、皆様に風で吸って貰って居るんですよ。今、結構良い感じに風が吹いてますし、方向も吉と出るでしょう方向ですから。まぁそっちはどうでも宜しい。貴方にしてもらいたい事があるのですが、お聞き入れ願いますか?」

 鴉座の言葉に、蠍座の方から彼へと視線を戻し、黒雪は相変わらず穏やかに笑った。
 その笑みは何処か現実味のない笑みと、唐突に感じて、それが彼の在り方かと鴉座は何故だかすんなり納得できた。ただ納得できることと、それを理解して彼の心を推し量るのは別だから読めない人間というのは変わりないが。

「それは勿論、我が義弟、それに妖仔の願いならば聞き入れないわけにはいかないでしょ? オレに頼むって事は、妖術絡みなのだろうし。妖術師はもうこの街で――オレしか居ないしね?」
「どんなことをするのかは聞かないのですか?」

 ――それとも内容ですら予測が既に出来ているのですか、と付け足したいのを鴉座はぐっと堪えた。
 黒雪は、サングラスの奥で目をぱちくりとした様子で、その後にサングラスを掛け直して――それでも街の人に黒目は見えないように――、口元から笑みを消し去り、ただ威圧感だけを残す。
 
「聞いたって、もう変わらないでしょう、何をするかは」
 
 ――この言葉にはどんな意味が込められているのか。
 鴉座は、初めてこの、印象に残りそうで残らない占い師のような声が、恐ろしいと思い、嫌悪ではなく畏怖を感じた。
 
 
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