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第二部――第五章 新星座
第三十八話 悪魔の怒り
しおりを挟む柘榴は自分の方に駆け寄ってきた陽炎を見るなり、顔を顰めて何か鴉座についての警告をしようと思ったが、諦めて、久しぶりに元気に接することが出来る喜びを行動に表す。
陽炎の頭をぐしゃぐしゃに撫でて、げらげらと笑ってやる。
「久しぶり、かげ君。何もされてない……みたいだな、この様子は。ちゃんと約束、守ってくれたみたいだぁね、鴉」
柘榴の言葉に鴉座は当然だと言いたげな瞳を向けるが、黙ったまま会話に耳を傾ける。
柘榴は陽炎のげらげらと笑い返してくれる笑みを見て、何処か心のざわめきが消えるのを感じて、早く他の星座達にもこういう安心をさせてやりたいと思った。
「柘榴、黒雪兄さんのこと、知っていたわけ?」
「――あの呪いにかかってかげ君を先に帰らせた日、現れたんだ。プラネタリウムを手放すなって――。なんというか、不思議な空気持った人だねぇ、かげ君の兄ちゃんたぁ思えない程大人びている。それにやけに今回、呪いに詳しかったね? それも、おいらだけ――ガンジラニーニ流の妖術でも解けるのが半日だけだなんていう呪いは、初めて見た」
その時、視線が鴉座に向けられ、意見を求められてる気がした鴉座。
鴉座は無言で頷き、「確かに異様な空気を持つ」ということを肯定した。不思議、という曖昧な言葉を発したのは、異母兄弟の陽炎を気遣って、だろう。
鴉座が頷くのを見て、柘榴は今までのことを思案し、ふと妙なざわつきを感じるが、思考が何かに辿り着く前に陽炎が、面白い顔をしていた。本人は、ただ不機嫌そうな顔をしていただけだが。
「あ、お前、俺が年相応じゃないって言いたいのか?! これでもお前より年上だ!」
「かげ君、おいら、あんたの年、正確には知らないんだけど……二十一?」
「いや、もうあと……嗚呼、今日で誕生日だ。今日で二十三才」
「見えねー。……って、今日? わぁ、おいら酷いことしちゃったかも……事の顛末終わった日って言っちゃったんだよね、約束の一晩……いやー誕生日がカニ男と……」
柘榴は少し罪悪感の見える表情で苦笑してみせたが、陽炎が今度は柘榴を撫でる番で。
陽炎は馬鹿、と柘榴を罵って、すっかり元気を取り戻した笑みを見せる。
「惨殺死体が山盛りよか、俺一人殴られるぐらいのがマシだよ。お前、死体処理って大変なんだからな? 多いと目立つし」
「知ってるよ、おいらが賞金首だって忘れてる? かげ君、忘れてるよなぁ、おいらがどうやって人殺しするかも、二つ名も」
そう言われればこの目の前の気の良い少年は――少年と言うにはあまりにしっかりとしすぎているが――、殺人鬼だった。それも、普通の殺し方をしない、人の皮を剥いて――。
陽炎は、視線をそのままに、柘榴へ問いかけた。それは己では意識していた訳ではない疑問で。脳に出た瞬間言葉にしていて。
「柘榴は何で、……人の皮を剥くんだ? 普通に殺したって……柘榴は何でハンターじゃなくて、賞金首の道を選んだわけ?」
その言葉に柘榴は目を一瞬見開いたが、虚空を見上げて、あーっと唸り頭を掻く。そして少し後ろめたい事があるような、上手く笑えない顔で陽炎に答える。
「……――変な殺し方をすれば、怖がって変わった二つ名をつけるだろ、皆。だから、……下手に怒らせないでって思って? ハンターじゃ来てくれる人も来ないしねぇ。おいらはね、かげ君。あんたに言えない……待ち人が居るんだ。そいつもハンターでね、いつかおいらを見つけてくれないか、と待っている。見つけられたら……決着をつけたい事もあるんだ」
前半の言葉は明らかに嘘くさくてそれを言ってる本人も分かってるだろう。だが、後半の言葉は前半とは打って変わって真剣さが含まれていて――……笑っているのに、何処かその待ち人が此処にいてそれを睨んでいるような、雰囲気を感じた。
柘榴は腕の知れた賞金首。その空気でそれを実感して、陽炎はそれならば今回の復讐に柘榴ならば耐えられそうだと確信し、口の端で笑った。
「そいつと決着つける前に、お前に呪いをし向けた奴と決着つけようぜ」
「それはね、勿論。わっしーの手紙、読んだよ」
その瞬間の柘榴の瞳も、陽炎の瞳も怒気を秘めていて、その怒気は女性陣を普段から可愛がっている自分たちにとっては、お互いの瞳に宿る物はそこにあって当然の物だった。
お互いに怒ってるのを確認すると、二人は邪悪に笑い合ってから、作戦の確認をする。
「かげ君、聞きたくないかも知れない話、後でしていいかな」
「いいよ、別に。おい、二人ともこっちの話聞け」
陽炎は、蠍座を鴉座込みで呼ぶ。それに面食らうのは鴉座で、こんな危ない奴に何をさせるの?! と目で訴える。
その訴える目を見てはおらず、陽炎はガスマスク姿の女を見ていた。そして蠍座、と声をかけると、蠍座はめそめそと泣いていた声を止めて、陽炎を見やる。
「かげちゃん……?」
「蠍座、作って欲しい毒があるんだ、作ってくれるかな?」
「……小妹とかげちゃんの心中専用毒?」
目をきらきらとガスマスクの中でさせているのが判るほど、彼女の周りの空気が一気に華やいだ。
毒を本当に好きなのだろう、と少し苦笑してしまいながら、陽炎は戦慄くことも否定も忘れない。
「こんな毒って作れるか? 子供と七十以上の人間には影響がない、皮膚を少し傷つける毒。出来れば切り傷のような感じの傷口を小さくても良いから作れそうな奴で、無味無臭粉末。他に体への影響がないが、水瓶座の水は絶対に効かない」
「かげちゃん、……それ作ったら、かげちゃん毒何個飲んでくれる?」
「俺毒飲まないけど、かわりに鴉座の羽二十枚」
「陽炎様ッ!! そ、それはちょっと……!」
「鴉座は俺に死んで欲しいか? それとも羽と引き替えに生きてて欲しいか?」
にやにやと笑みを浮かべる陽炎の顔は、とても楽しい企みを思いついた顔をしていて、嗚呼これはもう誰にも止められないなと鴉座はため息をついて、二十枚を了承した。
それを聞くと、蠍座はうふふふと笑って、自分専用の部屋、必要な器具、材料を頼む。
そしてその毒には鴉座の羽二十枚に含まれない、鴉座の羽二枚が含まれていて、聞いていた柘榴は痛そうだな鴉座、と少し同情した。
「量はどのくらい?」
「そうだね、この街の規模なら……七千人分くらいで、いいかな」
「かげ君、鬼ー。それって、この街のまっとーに働く大人達の人口半分じゃないの。んで? そんな毒作ってどうする気? そんな些細な毒作っても、痛み虫が治すんじゃないの?」
「痛み虫がまだ体に残ってる奴はな。でも奴はこの本当に短い期間で、街の人を虜にした。水で……あいつが、倒れるほど水を……使って、なぁ? 誰かを虜にするということは、どんなに厄介か教えてやるってのが……人情だろ?」
言葉とは裏腹に、表情には人情を臭わせるものが一切無い。寧ろ非情さを表情に表していて。
それに柘榴は無言で拍手をして、それで? と作戦の先を聞き、己がどうすればいいかと問うてみる。
陽炎はただ悪戯ッ気で笑っただけなのだろうが、その笑みは妖笑に見えて、柘榴は程ほどにね、と窘めるのを忘れない。
「程ほど? これでもな、結構抑えてるつもりなんだけど、そう見えなくてもいいさ。何せ俺は悪魔だっていわれてるんだからなぁー、お前が寝込んでる間にね?」
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