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第二部――第五章 新星座
第三十七話 もう逃げないよ
しおりを挟む陽炎は、目の前で元気な姿で、強い太陽のような光を宿す目を見るなり、心から安堵すると同時に己も元気になるのを感じる。自然と顔が綻ぶ。
柘榴の存在は栄養剤でもあるのだと感じつつ、思わずベッドを抜け出して柘榴に抱きつこうとしたのだが、鴉座がその前に陽炎に抱きついて、柘榴に向かわせない。
「ちょ、ちょっと鴉座?!」
「我が愛しの君、貴方は嫉妬深い私の前で果物に抱きつくんですか?」
「元気な姿に感動しただけだ! 柘榴は悪友だから! 何が悪いッ!」
「じゃあ、あの時、口説かれかけたとき、何故率直にお断りにならなかったのでしょうね?」
「口説……ッ」
陽炎は鴉座の言葉で一気にあの日のことを思い出し、どの言葉を口にして良いか戸惑い、もがいていた行動も止まってしまう。
本格的に困ってる陽炎に苛立ちを鴉座は感じるが、尤も苛立つのは――。
「口説く? 何が?」
熱で、己の言葉を忘れていた柘榴――。
柘榴が心底忘れていることに陽炎は、ほっとして、鴉座に何か言いたげに見上げるが、鴉座は陽炎を細い目で睨み、少し震えた声を発する。
「貴方は私が嫌いですか――? 私はもう必要ありませんか――?」
「……なんで、そうなるんだ?」
「鴉、かげ君を困らせるなよ。何を急にそんな……」
「お前は黙っていろ、果物。最初、封印を解かれたときに言ったはずだ。本当に私が必要とされない限り、私は――」
鴉座は己の表情を見せないように陽炎を肩口に埋める。陽炎はいよいよ本格的に困ったのだが、何とか精一杯今の自分の気持ちを鴉座に伝える。
「そりゃ最初見たときは過呼吸とかになった。だけど俺は別にお前が嫌いじゃないよ。お前が昔ああなったのは俺が悪いんだし。……でもお前が求める「必要」っていう言葉は信頼としての、じゃないんだろ? そこなら……――俺は、判らない」
その言葉を聞いたとき、柘榴の顔が一瞬強張ったのを鴉座は視界に捕らえたが、彼には集中していないので、気づいては居ない。
ただ、主の言葉にだけ耳を傾け意識を集中させる。
「判らないと申しますと――?」
「だって俺はさ、そこまで深い恋愛とか、――あんまり、判らない。……人嫌いだったし、お前にも裏切られたし――。それにプラネタリウムだから、それで愛属性だからって思ってた。でも、お前忠実属性なんだろ、今? それなのに、そうなるってことは、……属性とかプラネタリウムとか関係なく、その、あの……ええと、自惚れみたいで嫌なんだけど……」
陽炎が躊躇いがちにその単語を発する前に鴉座は強く言葉に気持ちを表し、口にする。
「愛してます。お慕い申し上げております。貴方を思う他の誰よりも、貴方を思ってます」
「……そ、それなんだろ? 属性とか関係なく、そういう対象なん、だろ? だけど俺は判らない。ただそれでも、お前が居ると――落ち着いた。もう否定しないけど、判らない。だから考える時間は、くれないのか――?」
「かげ君ッ……?! 正気?!!」
柘榴が呆れたような声を出すと陽炎は、くすくすと笑って、柘榴に言葉を投げかける。
「もう逃げるのはやめた」と。
柘榴はその言葉に何処か苛立つものと同時に他の感情が育つのを感じたが、他の感情が何かは判らない。
ただ何故陽炎が決めたことに己が苛立つのかが判らない。陽炎が決めたのならばいいことだろう。
(嗚呼、そうか。――おいら、愛属性のプラネタリウム、あんまり好きじゃないからだ)
柘榴はそれを思い出すと安心し、仲が進展して喜びを無言で噛みしめている鴉座に早く陽炎へ返事をしてやるよう催促する。
鴉座は、柘榴に催促されると、陽炎が不安げにしていることに気づき、慌てて返事を返す。
「勿論、勿論お待ちします。どんな返事でもお待ちします。その間も口説き続けますッ」
「いや、それはどうかと――」
「貴方が例え死ぬ間際でも、お答えを貰えるのならお待ちしております……ッ!」
鴉座は陽炎を漸く離して、顔を無邪気に綻ばせて、陽炎はその顔を見て、嗚呼何だかその顔は初めて見るな、と苦笑する。それから、柘榴の方へ駆けていき、柘榴の容態をしつこく聞き、心配する。
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