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第二部――第五章 新星座
第三十五話 蠍座の魔女
しおりを挟む暗い天井に、蠍座を示す星だけが天井に照らし出される。綺麗に星を繋ぐ線も描かれて、確かに力強く光る星だった。
示された星のラインをなぞるように、徐々にその部分から体が現れて、床へと降りる。
「……かーげちゃん、お疲れ様ぁ……ひひひひっ」
女性の声がした。しかも不気味な笑い声付き。若い声だけど、年寄りの妖術使いの笑い方のような。
この場には女性は居ない、ということは星座は女なのだろう。
「っは! 蠍座?!」
「そう、君が生み出した」
黒雪は穏やかな声で陽炎に笑いかけて、それから彼女へ何か唱えて――鴉座のプラネタリウムの気配を隠す時に己も唱えた呪文だ――、それから、後は何も喋らず、ただ目の前で星座が生まれた妖術の神秘を味わうだけだった。
蠍座はガスマスクを被っていて、顔が見えない。だがそれを外すつもりもないのか、そのままで瞳の色と髪の色、それから服装と彼女の手の怪しい物体しか見えなかった。
瞳は一重と思われる、毒々しい紫の目。髪の毛は少しパーマのかかった髪を一束に纏めて肩に下ろしている。色は、これまた毒々しい赤紫。
もしかしたら太陽の下に出たら印象は違うかもしれない! という期待は、手にある不吉なフラスコとガスマスクと白衣で台無しだ。
妖しさ限りなく、嗚呼なんか大量殺人ウィルスとか生み出していそうな部類だと強い印象を与えた。
陽炎は、女性の星座だというのに珍しく、愛じゃありませんように、愛じゃありませんように、と強く願った。
怪しい者はひたすら遠慮したいのだろうか。
「かげちゃん、回復の毒液作ってあげる~? ふふっ、毒って体にとーっても効くのよ~? かげちゃんが元気にならないと、実験体にできないしぃー」
「……鴉座、頼む、属性をあの子忠実に……」
経験上、自我が強い者は愛だったりする。だから考え込みながらも、鴉座に頼んでみるが、鴉座はにやにやと陽炎へ笑いかけるだけ。
「そうなると私の今の属性が忠実から愛に変わるのですが、宜しいですか? 歯止めが効きませんよ」
「お前、今までその態度で忠実だったのかよ?!」
どうするべきか、と狼狽えていると蠍座は己ににじり寄ってきて、フラスコの毒を己に頭からぶっかけた。
何かが蒸発するような、溶けるような、ブショアアアという音を聞きながらも、陽炎はそこで意識を失った。
*
眠りの中、陽炎は宇宙にいるような無重力を感じた。
青いカードで出来た絨毯の上に己は立っていて、カードが破れると同時に宇宙に漂う。
あり得ない光景。だからそれは夢であり、体に衝撃が走ると同時に目は覚め、体には引力や重力がかかる。
何の衝撃か最初は判らなかったが目が覚めるなり、その衝撃はガスマスクの女が己に馬乗りして何かフラスコの液体を飲ませようとにじり寄ってる、重さの衝撃だと気づいた。
陽炎は、とりあえず目の前の危機を回避するためにガスマスク女を殴って退かせた。
女の子を殴るのは嫌いだが、今回はしょうがない。フラスコから漂ってきた香りは、生ものが腐った匂いを連想させ即座に命の危険性を考えたのだから。
ガスマスクの女の子は殴られた痛みよりも、フラスコの液体が転がって床に流れて床のカーペットが溶けていく様に泣いていた。
「折角かげちゃんの為に作った毒で、鴉クンを追い払うのに成功したのにぃ~」
「……蠍座、だよな? お前、愛? 忠実? どっち? どっちにしろ、俺を殺すつもりなわけ?」
「ひひひっ……究極の愛は~、心中だと思うの。だから、かげちゃんが小妹の手によって生み出された最高の毒によって死んで、その後で同じ毒を小妹が飲むのよぅ」
……変態が増えた。
陽炎は命の危機を感じる新たな変態に戦慄きつつ、大あわてで鴉座の名を呼ぶ。
赤蜘蛛は多分、黒雪と話してるだろうから、邪魔は出来ないと思って。
するとダダダと物凄い足音で駆けてくる足音が聞こえて、音の後には弾くように扉が開き、鬼のような形相の鴉座が居て、蠍座を見るなり、蠍座の首根っこを捕らえて、引きずりながら、顔をきちんと陽炎仕様の笑みに整えてベッドに近寄る。
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