【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第二部――第四章 兄の賢さ、弟の弱さ

第三十三話 大人と子供

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「純粋? 幼女にも身売りさせかけようとすることをおかしいって思うことが?」
「――本人が望むのならば、それも仕方ないし、それによって生活が潤う人もいる」
「本人が望んでいようといまいと、そんな子供も産めない体に変なことをしようとする奴が大人だ。その大人を止めるのが、「大人」じゃなきゃいけないんじゃないか?」


 陽炎がそう言い放ったときには体力吸収から生まれる痛み虫は得ていて、星を確認する暇もなく、次の黒仔を放たれる。
 少し反応が遅れた声で、黒雪は次は右足だと指示する。


「――大人はね、狡いんだよ、陽炎君。だから、狡さに対応して生きていかなきゃいけないの」
「それは大人じゃない。子供だって狡い。あれ欲しい、これ欲しい、あれやだ、これやだって五月蠅いし、気を引きたがる。それなりに考えて生きている。だから、俺もあのやばい奴も子供だ。でも、星座は人間じゃなくて、妖術で出来た奴らだ! 人間の事情に合わせて生きていく必要なんてない! 現実なんて見させなくて良い!」

 黒仔は陽炎へ、己の体の一部で出来た鉛玉のようなものを浴びせる。
 陽炎は瞬時に標準を見定めて、右足で一番今までで痛み虫を受けたことのない場所へ誘う。
 鉛玉は深く肉の中に抉りこんだと思うと、貫通していて、陽炎はその場で痛みを叫びながらも、決して膝を折らなかった。
 まるで、自分の意志は膝をつけば、曲げてしまうと思っているように。


(だって、俺は狡い子供――奴隷の中で生きてきた。狡い奴を見てないんじゃない。キレイゴトだって判ってる。でも、キレイゴトで生きていられるなら生きていたい)

 強い、強い眼差しで黒雪を睨んでから、鴉座へ視線を移した。
 小声で、水、と呟いている、虫を得たと言うことだろう。それか、痛みに耐えられなかったかは判らなかった。
 だが鴉座は、即座に動くことが出来なかった。
 ――鴉座は、陽炎が道具を道具としてまた見てないことに気づき、だがそれが泣きたくなるほど嬉しくもあって、言葉を心の中で反芻していた。


(――陽炎様、私達はプラネタリウムです。一時間以上持ち主が変わると、情などすぐに変わるんですよ? ……それなのに、貴方はそれでもそれを主張するのですか? 貴方が死んで主人が変わっても、現実を私たちには見させたくないですか?)
 
 陽炎は鴉座が寄ってきて水の滴を自分の足に塗るのを見ると、酷く痛がったが怪我は後は痛み虫が治してくれた。
 しゃがみこんでいた姿勢だったので、立ち上がろうと顔をあげたら、陽炎と目があって。
 陽炎は、己を見て、少し疲れた顔で、へらと笑い……言葉をかける。
 
「お前達は夜空だ。偽物だろうと、夜空だ。地上のことに関わらなくて、いい存在なんだ。地上には、地上に住んでる奴だけが関わればいい」
「……陽炎様……――ッ」
 
 抱きしめたい、今すぐに抱きしめて――。この脆そうなのに強い心を持ち出した陽炎へ、鴉座は急速に胸の鼓動が高まるのを感じた。それでもそれは耐えて、自分は何も言わず、その場からすぐに退く。
 次の黒仔が来たからだ。
 
「そうやって言うけども、プラネタリウムの妖仔である限り地上に関わらないと。だからね、プラネタリウムの主人が君である限り、星座の妖仔はまた苦しむだろうよ。星座は今までに扱われたことのない待遇を受けて、戸惑って居るんじゃないかな、ねぇ、鴉の妖仔」
「――確かに戸惑いました、彼の在り方に。自分が危ないとき以外は、普通に接するか利用するだけですからね。それも利用というのも、今までのに比べては随分と可愛らしい利用の仕方。確かに現実を見てない子供でしょうね。そして世間を知ってる皆は大人――」
「ほら、陽炎君、妖仔達は――」
「それでも、人間である地位のお前には、それがどんなに喜びでありどんなことがあっても常に心の中にこの思い出があって欲しいと願う、人間以下の妖仔の気持ちを語る資格はない。この方を、無理に――無理矢理にお前の言う大人にさせようとしないでくれ! この方を悪魔と罵った奴らと、同類にしたくない! 星座の妖仔という在り方はお前は知っているかもしれないが、それでもお前には永久に私たちがどんなに嬉しいかは判らない、お前が人間である限り! どんな状況かは想像出来ても、思考も受け止め方も、全く違うのを、覚えておいてください。それは、妖仔だけとは限りませんけれど」


 義弟である陽炎の言葉よりも、人間の言葉よりも、妖仔の言葉の方が耳に痛いのか、黒雪は笑みを消し去って、穏やかな口調のまま今度は黒仔二人を差し向けて、背中で、と指示する。

「――じゃあ君が大好きな陽炎君が、苦しんでも良いのか? このままの生き方は非常に不器用だ。全てを諦めなさい。全てに期待しない。そうしないと、生きていけない世の中だよ――」
 
「……諦めて、期待しない。それでどんな楽しみがある?」
 
 陽炎は、黒仔二人から来る高熱の赤と青の炎を背中で受け止めて、皮膚が悲惨なことになっても、痛みで意識を遠ざけることも、言葉をやめることもしない。
 勿論、多少は屈んでも、倒れない。
 
「俺が生きるのは一日で一回は楽しいことを見つけたいから。楽しいから生きている。そんなもんだよ、継ぐ家もなくて、独り身のつもりで目的もなく生きてきた奴の見方なんて」

 陽炎は、瞳を強くぎらつかせる。獣のように。彼は、儚い生き物ではない、人間であることを、百の痛み虫というハンターであることを思い出させる瞳だ。
 
 
「兄さんは国王になる人だから、国での陰謀や暗殺や取引を見てきたかもしれない。先の先まで考えなきゃいけない。だけど、俺は平民の世界を生きている。普通の奴はさ、ただ明日あいつと遊ぶから、とか、明日金が貰えるから、とか、明日肉のセールだからとかだけ考えて生きて居るんだよ、明日以上のことは知らない。明日にならないと判ンないさ」

 鴉座は陽炎の言葉を暫く待ってから漸く声がかけられて、水を残り一滴くらい残して、それを塗りつける。出来るだけ広く薄く彼の体に染み渡るように伸ばして。
 痛み虫は背中の方は治す期間がかかりそうだ、そこで初めて陽炎の体が倒れかける。
 なので、鴉座が支える。慌てて彼の腕を掴み、己の肩を貸してやる。
 それから大丈夫ですか、と聞いてもそれには答えず、陽炎は黒雪を見つめる。
 
「明日のことを見ている。現実は見ている、明日の現実を。今日の現実を――今日の現実は、皆が苦しんでいたこと。それにむかついて何が、悪い? 異常だと思って何が悪い?」
「――世の中には、君の感覚で捉えるともっともっと異常な人がいるよ」
「それでも、明日しか見ない。明日だけしっかりとあったら、それでいい。あれこれ先のこととか、これからどうなるかとかばかり考えたって、なるときはなるし会うときは会う」
「それは世間じゃ考え無しっていう行動だ――陽炎君、君は大人になりなさい」


 黒仔をまた二人、陽炎へ向ける。今度は、頭痛と心臓への痛み。
 受ける場所は、そのままで。頭と心臓へ圧迫をかけたのだ。黒仔は一人ずつそれぞれの箇所に張り付くように、べったりと陽炎へ。
 陽炎は、鴉座に支えられながら、叫ぶ声を失いながらも痛みにもがき苦しむ。
 今までで毒を抜かせば一番長い時間苦しんでいて、鴉座はそれを間近に感じられて酷く心を痛めた。
 黒雪へ、陽炎を見守りながらも、言葉を投げかける。
 
「必ずしも人間は大人にならなければならないのですか?」
「うん、そうしないと子供を育てられない。子孫を繁栄出来ない。きちんとした子育てが出来なくなる」
「じゃあ大人の基準は、そういう狡い大人を理解して許してやること、ですか――?」
「……――許してやれ、とまでは言わない。だけど、これは普通にあり得ることで異常な事じゃないんだ。誰もが思うことで誰もが願うこと。それを少し考えてくれ、って言ってるの、オレは。好き嫌い、楽しい楽しくないだけじゃ生きていけないよ」


 黒雪は「大人」の顔をしていて、鴉座は黒雪は世の中の仕組みを必死に伝えようとしていることが判る。理解できなくても何度も何度も諭そうと。
 鴉座は言葉を少し選んで躊躇いがちに返す。

「……貴方の言いたいことは判ります。それでも、……――それを理解してしまった方が私は怖い。この方が変わりそうで」

 鴉座は真面目な顔で、黒雪へ呟く。黒雪はサングラスの奥の瞳を細めて、再び微笑む。

「陽炎君が変わったら嫌いになるかい? それが心への痛み虫を回避するためのアドバイスだとしても」
「嫌いにも、苦手にもなりません。私はいつまでもこの方を愛します。ですが――今回のような事ばかりが、人間の常だと言うのならば、私は……」
 
 鴉座はその瞬間だけ、瞳の宵闇を更に濃く、そして人外の危うさを口元に揺らめかせて、警戒心を露わにした笑みを、黒雪へ向けた。
 
「この方をまたプラネタリウムの中に永遠に留めさせておきたい。それも痛み虫を回避する方法でしょう? 私はね、黒雪、……今までこの方以外に作られたことがなかった星座です」
 
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