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第二部――第二章 復活の黒き片翼
第二十話 軽傷治癒の危険性
しおりを挟む朝、目が覚めると、今日は確かあれから一週間後だから、赤蜘蛛が此方へつく日だっただろうか、と思い出し、とりあえず顔を洗いに、とシーツの海から抜け出てみる。
屋敷に来ても自分のことは今まで通りしていたので、別に皆が居なくても生活リズムは変わらない。
ただ騒がしいのがなくなっただけで。
自分から配達物を取りに行こうと外に出てみると、そこには最初に水を与えられて世間では病を治したと言われている女性が居た。つまり、陽炎の「悪事」発覚の原因。
陽炎は、どうかしました、と声をかけてみた。すると女性は陽炎を気まずそうに見た後、遠慮がちに返事をしてくれた。
「貴方が……」
「……え」
「貴方が、プラネタリウムなんて持っていたりするから」
それは自分が呪いにかかった理由に、陽炎を持ち出そうとしている言葉だった。
お人好し、っていう言葉はいまいち陽炎は実感できなかったが、こうして自分のリスクも抱えて治した相手の言葉が自分を責める言葉だと、嗚呼お人好しだったんだなぁと実感する。
陽炎は、苦笑を浮かべて、言葉に返事をせず、配達物を数えて、手に取る。
女性は、最初は遠慮がちに言葉を発していたがどんどん陽炎が何も言わないことをよしとしたのか、それとも逆に怒ったのか判らないが、強気の口調になっていく。
「貴方さえ居なければ、流行病なんてなかったのよ!」
「――……そう」
そこは言われて痛い部分でもあるかもしれない。陽炎は、苦さを少しだけ心の奥底で感じて、配達物を少し強く掴んだ。
「貴方がプラネタリウムを皆のために最初から使っていたら、こんなことにはならなかったし、皆だって貴方を頼っていた! 貴方はヒーローにもなれていた!」
「プラネタリウムを捨てるって宣言したときはどうする?」
「え?」
「もし、皆が頼っているときに、プラネタリウムを捨てるって言ったら、皆が争って取り合うだろ? ――プラネタリウムの星座達の見たくない醜い争い方で。闇討ち、だまし討ち、裏切り、罵倒。星座は皆心痛める」
女性はその言葉に絶句した。
と、いっても、陽炎の言ってる意味を半分理解して半分分かっていない。
陽炎には最初からプラネタリウムを、聖具を捨てる意志があったということに驚いたから、絶句したのだ。
陽炎はいつしかプラネタリウムを捨てる意志はあった。
ただ、それは老後か、それとも中年になってからか、と遠い先のこととしていたが。
「何で!? 何であんな素敵な物を……!」
「……素敵な物は、素敵な物である内に手放した方が美化される思い出になるから」
――道具に頼りすぎてはいけない。
鷲座と柘榴が言っていた言葉を思い出して、苦笑する。
道具は道具だ、利用するために道具は存在している。それをプラネタリウムたちも判っているし、それ以上として扱われたくないはずだ。
それ以上として扱った結果が、前回の騒動なのだから。
――それでも、心の何処かであれは道具じゃない、友達だと騒ぐ己が居るが、陽炎は無視することは得意なので、新聞にその場で目を通して、文句を言い続ける女性をそのままにしておいた。
文句というのは反論されれば尽きないのだが、反論がなければ尽きる物なので、やがて何も口にしなくなった女性に気づき、陽炎は、視線で、続きを促した。
その言動に女性はかっとして、自分で思っているよりも大きな声で怒鳴った。
「この化け物が! 百も痛み虫があるから化け物! 最初から貴方は、化け物だった! だからプラネタリウムを正しく使えなかったのよ!」
「正しく使う? じゃあ正しい使い方って?」
「それは皆に教祖様のように皆に水を与えて治療してくださったり……あの方は素晴らしい! どんな病も、些細な怪我も、擦り傷だって慈悲深く平等にいやしてくださるわ!」
「擦り傷に!? ――それってさ、怖い事じゃないの?」
陽炎の真摯な瞳に女性は、きょとんとして思わず言葉を止めた。
だが今度は陽炎は女性の目に答えて、真剣な言葉を紡ぎ出す。
「痛み虫があるから怪我は治る。いわば、人間の免疫だ。免疫がなくなったら、どうする? たかが擦り傷でも、水によって痛み虫が消えたら? 免疫がなくなってしまったら、たかが擦り傷も出血多量の死に繋がるじゃんか」
「い、痛み虫が消えるなんてッ」
「……大きな怪我じゃない痛み虫は、すぐに死にやすいぞ。虫、生き物なんだから。教祖が居なくちゃ生きていけなくなるぞ」
百の痛み虫の名は伊達じゃない。
痛み虫に関しての知識ならば山ほどある。
ただ、星座を作るときには宛にならない知識だが、人に対しての痛み虫ならば知識はそれなりにある。
小さな痛み虫も、大きな痛み虫もこの身に宿っているのだから。
女性は陽炎をただ教祖を逆恨みするからそんな言葉を吐くのだと勘違いすると同時に、陽炎の真摯な瞳に畏怖し、思わずその場から逃げるように去ってしまった。
その背を見やって、陽炎は眼を細める。
「別に――街の人全員助けたいってわけじゃねーけど、……そんな話聞かされたら、なぁ」
陽炎は苦い顔をして、何とも言えない複雑な感情で頭をかき、その時眼鏡が落ちる。
嗚呼、落としてしまった割れては居ないだろうか、と手を伸ばし、しゃがみこんだところでふと気づく。
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