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第二部――第二章 復活の黒き片翼
第十六話 回りくどいファンレター
しおりを挟む胡蝶が教祖に何かを囁いている。それから、少し驚いた眼をして自分を見やり、胡蝶にしょうがないという顔をして、陽炎へ向き直り、陽炎へ言葉を投げかけた。
プラネタリウムを手にした優越感のある笑みは、とても醜く感じられて、陽炎は化粧と一緒に皮が剥がれ落ちてきてるよーとでも、柘榴のような口調で言ってみたかった。
「悪魔よ、同志が貴方は改心したら聖者になれると有難いことに申していらっしゃる。宜しかったら此方に遊びに来て良いし、胡蝶様も貴方を改心させに伺っても宜しいでしょうか?」
陽炎は、心の奥底で渦巻く黒い物を感じ取りながらも、邪笑を浮かべて、皆が望む悪魔の姿としてやる。
その姿とプラネタリウムを通して聞こえる声に、心から怒っているのだと、星座達は痛感し、誰かは悲しみ、誰かは憤り、誰かは耐え、誰かは――笑った。
(誰が、こいつらに柘榴と劉桜の居るこの地を、皆の家を踏み荒らさせるか。こっちから行ってやる――)
「俺からそのうち遊びに行く。茶菓子用意しとけ?」
「陽炎様、改心してくださる良心がまだあって、よかったです。やはり、例え悪魔だったとしても見捨てたりはしてはいけないと、今回の件で判りました。有難う御座います」
胡蝶がまるで、教祖よりも教祖らしく聖なるオーラを身に纏い、優しげに笑って一礼をした。
皆は知ってるのだろうか。さっきあの神の寵児のような子供の口から、性奴隷という単語が出たことを。
それ以上此処に居る必要を陽炎は感じられず、さよならも言わず、己は屋敷の中へ戻った。
(――妖術、あの水晶はそんなものかけてなかったのに。誰だ? 柘榴の言っていた見守っているマフィアっぽい奴って人がこっそりあの中に居たのか?)
それから先ほどまで大犬座がきゃんきゃんと自分に騒いでいた部屋へと戻り、幾つか配達物を確認する。
部屋の中はシィンとしていて、やけに静かだ。
普段が普段五月蠅かった住人の所為で、広い屋敷は余計に広く感じられて、寂しかった。
(――参ったな。これを乗り越えても、多分まだ捨てられない、プラネタリウムは)
陽炎は、その中の一つに眼からこぼれ落ちた滴を染み込ませながら、顔を押さえて、苦笑を浮かべた。
(――こんなにも寂しい)
涙を堪えているつもりなのに、それは一滴一滴と静かに流るる。
その滴が落ちている配達物の一つに、大犬座が五月蠅いほどに警戒していた変なラブレターを見つけ、懐かしくなり目を通してみる。
(――大犬座、あの猥談がなかったら普通に可愛かったのになぁ、妹みたいで)
思い出に少し浸りながら眼を通していると、その涙は徐々に止まる。
それは過去に縋るのを止めたからではない。
そのラブレターが、例え綴られている文章が選挙文句だろうと、低年齢向けクイズだとしても、何かの武器の説明書のようなもので回りくどくても、内容は訳すと同じ。
“あの妖術は、そう簡単に見抜けることは出来ないから安心しなさい。君はまだ一人じゃない、まだ手元にプラネタリウムがあるのだから彼らが知らない新しい星座を作ればいい。痛み虫を誰かから貰いなさい。――君の涙は多くを弱らせる、これからが本当に辛いときだから、全てが終わった後、皆に泣きつきなさい――”
(――……み、かた? これが、柘榴の言ってた毎日届く物、だろうか?)
陽炎は手紙を握りしめて、柘榴達の部屋へと駆ける。
部屋には柘榴と劉桜が居て、丁度薬を飲もうと柘榴が起きていたところで、柘榴、と呼びかけると少し鈍い動作で此方を見やり、おいでおいでと手招かれる。
手招かれるままにすぐに早歩きで近寄ると、柘榴は己を抱きしめた。
柘榴? と混乱していると、柘榴は自分よりも呪いで疲労しているはずなのに、お疲れ様と労ってくれた。
背中を優しく母のように撫でてくれて、その動作で手紙の言葉の重みを知る。
(――君の涙は多くを弱らせる)
陽炎は強くあろう、と固い決心をした。そう、泣くなんてまだ早いんだ、と。
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