上 下
73 / 358
第二部――第二章 復活の黒き片翼

第十六話 回りくどいファンレター

しおりを挟む

 胡蝶が教祖に何かを囁いている。それから、少し驚いた眼をして自分を見やり、胡蝶にしょうがないという顔をして、陽炎へ向き直り、陽炎へ言葉を投げかけた。
 プラネタリウムを手にした優越感のある笑みは、とても醜く感じられて、陽炎は化粧と一緒に皮が剥がれ落ちてきてるよーとでも、柘榴のような口調で言ってみたかった。
 
「悪魔よ、同志が貴方は改心したら聖者になれると有難いことに申していらっしゃる。宜しかったら此方に遊びに来て良いし、胡蝶様も貴方を改心させに伺っても宜しいでしょうか?」

 陽炎は、心の奥底で渦巻く黒い物を感じ取りながらも、邪笑を浮かべて、皆が望む悪魔の姿としてやる。
 その姿とプラネタリウムを通して聞こえる声に、心から怒っているのだと、星座達は痛感し、誰かは悲しみ、誰かは憤り、誰かは耐え、誰かは――笑った。
 
(誰が、こいつらに柘榴と劉桜の居るこの地を、皆の家を踏み荒らさせるか。こっちから行ってやる――)
 
「俺からそのうち遊びに行く。茶菓子用意しとけ?」
「陽炎様、改心してくださる良心がまだあって、よかったです。やはり、例え悪魔だったとしても見捨てたりはしてはいけないと、今回の件で判りました。有難う御座います」

 胡蝶がまるで、教祖よりも教祖らしく聖なるオーラを身に纏い、優しげに笑って一礼をした。
 皆は知ってるのだろうか。さっきあの神の寵児のような子供の口から、性奴隷という単語が出たことを。
 
 それ以上此処に居る必要を陽炎は感じられず、さよならも言わず、己は屋敷の中へ戻った。

(――妖術、あの水晶はそんなものかけてなかったのに。誰だ? 柘榴の言っていた見守っているマフィアっぽい奴って人がこっそりあの中に居たのか?)

 それから先ほどまで大犬座がきゃんきゃんと自分に騒いでいた部屋へと戻り、幾つか配達物を確認する。
 
 部屋の中はシィンとしていて、やけに静かだ。
 普段が普段五月蠅かった住人の所為で、広い屋敷は余計に広く感じられて、寂しかった。

(――参ったな。これを乗り越えても、多分まだ捨てられない、プラネタリウムは)

 陽炎は、その中の一つに眼からこぼれ落ちた滴を染み込ませながら、顔を押さえて、苦笑を浮かべた。

(――こんなにも寂しい)

 涙を堪えているつもりなのに、それは一滴一滴と静かに流るる。
 その滴が落ちている配達物の一つに、大犬座が五月蠅いほどに警戒していた変なラブレターを見つけ、懐かしくなり目を通してみる。

(――大犬座、あの猥談がなかったら普通に可愛かったのになぁ、妹みたいで)

 思い出に少し浸りながら眼を通していると、その涙は徐々に止まる。
 それは過去に縋るのを止めたからではない。
 そのラブレターが、例え綴られている文章が選挙文句だろうと、低年齢向けクイズだとしても、何かの武器の説明書のようなもので回りくどくても、内容は訳すと同じ。
 
 “あの妖術は、そう簡単に見抜けることは出来ないから安心しなさい。君はまだ一人じゃない、まだ手元にプラネタリウムがあるのだから彼らが知らない新しい星座を作ればいい。痛み虫を誰かから貰いなさい。――君の涙は多くを弱らせる、これからが本当に辛いときだから、全てが終わった後、皆に泣きつきなさい――”
 
(――……み、かた? これが、柘榴の言ってた毎日届く物、だろうか?)
 
 陽炎は手紙を握りしめて、柘榴達の部屋へと駆ける。
 部屋には柘榴と劉桜が居て、丁度薬を飲もうと柘榴が起きていたところで、柘榴、と呼びかけると少し鈍い動作で此方を見やり、おいでおいでと手招かれる。
 手招かれるままにすぐに早歩きで近寄ると、柘榴は己を抱きしめた。
 柘榴? と混乱していると、柘榴は自分よりも呪いで疲労しているはずなのに、お疲れ様と労ってくれた。
 背中を優しく母のように撫でてくれて、その動作で手紙の言葉の重みを知る。

(――君の涙は多くを弱らせる)

 陽炎は強くあろう、と固い決心をした。そう、泣くなんてまだ早いんだ、と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

有能社長秘書のマンションでテレワークすることになった平社員の俺

高菜あやめ
BL
【マイペース美形社長秘書×平凡新人営業マン】会社の方針で社員全員リモートワークを義務付けられたが、中途入社二年目の営業・野宮は困っていた。なぜならアパートのインターネットは遅すぎて仕事にならないから。なんとか出社を許可して欲しいと上司に直談判したら、社長の呼び出しをくらってしまい、なりゆきで社長秘書・入江のマンションに居候することに。少し冷たそうでマイペースな入江と、ちょっとビビりな野宮はうまく同居できるだろうか? のんびりほのぼのテレワークしてるリーマンのラブコメディです

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺(紗子)
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

処理中です...