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第二部――第一章 屈辱の譲渡
第七話 解毒剤の可能性
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その後ろ姿を見て、ため息をついたのは、魚座。
「……――柘榴君、陽炎君」
「困ったね。陽炎どのの一番の頼りと、近頃甘えたな精神は柘榴があってこそなのに、柘榴が居なくなれば、足場は脆くなる。一度覚えた安堵は、すぐには消えない……」
「っていうか、明日、沢山人が押し寄せるんじゃないの? あの水で効力出ちゃったんだからさ、もうワクチン此処にあるって判っちゃったじゃん。インチキでも」
冠座がそう言うと、大犬座は劉桜と柘榴が元気だったときに話していたちょっとさっきまでの会話を思い出し、唇を噛みしめ、怒気で顔を真っ赤にする。
「だとしたら、誰が敵なのか、はっきりとしたわ。プラネタリウムの新興宗教よ。そいつら、あたしたちを陽炎ちゃんから奪って、金儲けの道具にするつもりなんだわ」
「――あんな不吉の玉を崇めるなんて、大した宗教だな」
蟹座はつまらなさそうに呟いた後、欠伸して、部屋へと帰る。帰りがけにがしゃんと大きな何かが割れる音がしたが、それは蟹座が苛ついて八つ当たりに飾っていた大壺を割った音だと、皆は確認せずとも理解している。
きっと彼はまた誰かに奪われまいとしている狂った愛属性と、心の内で戦っているのだろう。
もしも、また狂ってしまったらそれを宥めたり、救おうとする柘榴は今床に臥せっている。だからこそ、普段はそのままにするその属性を、今だけは、陽炎がああなっている今だけは押さえつけようと必死なのだろう。
獅子座と鷲座も堪える。水瓶座もどうなっているかは判らないが、きっとまた訪れた陽炎に戸惑うだろう、躊躇うだろう。
「……これ、あれじゃな。事件が終わったら、犯人に柘榴君が以前陽炎君を裏切ったという子供を再起不能にした台本を、夢に毎回出るように催眠がけようぞ」
「そんなのじゃ生ぬるいわ、魚ちゃん。――青い部屋に閉じこめるのよ、永遠に」
その言葉には皆が同意した。
青い部屋、それは三十分居るだけで、自殺したくなる部屋だと聞いたが、きっと彼らがそれを実行するときは、周りに死ねそうな道具など何一つ置かないのだろう。
先の見えるような見えないような不安に、誰かがため息を漏らした。
*
陽炎は止める水瓶座を押しのけて、柘榴に会いに行く。ちょっとだけだから、流行病じゃないんだろう、と理由を無理矢理につけて。
柘榴は最初はベッドの中で目を閉じて魘されてるような表情をしていたが、微かに震えながら誰かが来たのだと足音で気づくと、眼をゆっくりと薄く開き、いつもはまっすぐに強い彼の瞳が小さく弱々しい光を持っていた。
その眼だけで、陽炎は柘榴がかなり体力的に弱っているのだと知り、報告しようと思っていたことを口の中で押しとどめて帰ろうとするが、柘榴が「薄情だねぇ」と咽せながらも笑ったので、首を傾げて再び柘榴の頭近くに寄って小さな声を聞き取ろうとする陽炎。
「何が薄情なんだ?」
「その顔。何かあったって書いてあるのに、おいらには言わないンだ?」
緊急時には会って良い、って言ったのにと顔に少し不機嫌さが見える柘榴。
だがその顔も今はいつもより不敵さがなく、元気の良さも伺えないので、陽炎は負担をかけたくなくて、無理矢理に笑う。
「心配すんな」
だが、その行動の方が柘榴の怒りを買ってしまったようで、柘榴は残っている貴重な体力を使い、すぐ近くにいる陽炎の腹を殴ってやり、睨み付ける。
柘榴が陽炎に対してこうやって怒りにまかせた暴力をふるうのは初めてで、陽炎は痛みよりも――痛みは痛み虫が治すからというのもあるが――そのショックで大げさに痛がってしまった。
普段の柘榴の反応で予測するなら此処で謝って後に少し説教へと繋がるのだが、今の柘榴は謝る気が微塵もなさそうで、ただ己を睨み付ける、弱々しい色の眼なのに。
「何だよ、その顔。何なんだよ、変に気ィ使っちゃって。あんた、今までおいらに散々甘えてきたんだから、流行病だからって遠慮するなよ。それとも病人じゃ頼りに出来ないわけ?」
「違う……。だって、どうしていいか、わかんねぇんだよ。苦しんでるお前に、わざわざこんな話しようってしてた俺が間違ってたんだよ……。俺が乗り越えなきゃいけねぇんだ」
その言葉に柘榴は、独り立ちという単語を思い出した。
それは嬉しいことだろうし、彼にとっては成長した証だが、自分をもう要らないと言われているみたいで、柘榴は少し傷ついた。
病気は人の心も弱くする。それは、柘榴の病状を気遣ってのことだというのに。
――でも、柘榴は不思議な男に言われた言葉をよく思い出してから、冷静さを取り戻し、何かあったらすぐに自分が聞かないと、陽炎が危険だと思い出し、陽炎へ自分に話すように説得しようと、不機嫌そうな顔をそのままに試みる。
「バーカ。おいら達なんかより、もっと苦しくなるんだよ、あんた。あんたが狙われてる。だから何かあったら、すぐに教えてくれないと……」
「……――もし、プラネタリウムを誰かに渡すことで柘榴と劉桜が苦しまないなら、すぐに渡す。そうすりゃ、俺も苦しまない。星座達だって納得す……」
「もう一発殴られたい……? あんた、おいらから体力奪って殺したい?」
柘榴は、男の第一声と、忠告の大事な部分を思い出し、少し陽炎の発言に慌て、怒号を飛ばすよりも酷く威圧的な声が出た。
プラネタリウムをとられたら駄目、星座なんて幾らでも貸し出せばいい。そう言っていた。
プラネタリウムを取られれば陽炎は殺される、そうも言っていた。
――この言葉はきっと、偽物を作ってそれを相手に渡して、星座達にはその見えない誰か達が主になったと思わせておけばいい、ということなのだろう。
(――こうやってかげ君が考えることもお見通しだったわけだ。妖術使いってのは怖い。だから妖術は嫌い、なんだ。うん、嫌いってしっくりくる。憎い、っていうより、嫌い。肌に合わないんだ――)
星座達に出来る今回の庇護方法は、きっと演技力。そして、陽炎を裏切るような振る舞いをすることに耐えられるかどうかの忍耐力。
「……――柘榴君、陽炎君」
「困ったね。陽炎どのの一番の頼りと、近頃甘えたな精神は柘榴があってこそなのに、柘榴が居なくなれば、足場は脆くなる。一度覚えた安堵は、すぐには消えない……」
「っていうか、明日、沢山人が押し寄せるんじゃないの? あの水で効力出ちゃったんだからさ、もうワクチン此処にあるって判っちゃったじゃん。インチキでも」
冠座がそう言うと、大犬座は劉桜と柘榴が元気だったときに話していたちょっとさっきまでの会話を思い出し、唇を噛みしめ、怒気で顔を真っ赤にする。
「だとしたら、誰が敵なのか、はっきりとしたわ。プラネタリウムの新興宗教よ。そいつら、あたしたちを陽炎ちゃんから奪って、金儲けの道具にするつもりなんだわ」
「――あんな不吉の玉を崇めるなんて、大した宗教だな」
蟹座はつまらなさそうに呟いた後、欠伸して、部屋へと帰る。帰りがけにがしゃんと大きな何かが割れる音がしたが、それは蟹座が苛ついて八つ当たりに飾っていた大壺を割った音だと、皆は確認せずとも理解している。
きっと彼はまた誰かに奪われまいとしている狂った愛属性と、心の内で戦っているのだろう。
もしも、また狂ってしまったらそれを宥めたり、救おうとする柘榴は今床に臥せっている。だからこそ、普段はそのままにするその属性を、今だけは、陽炎がああなっている今だけは押さえつけようと必死なのだろう。
獅子座と鷲座も堪える。水瓶座もどうなっているかは判らないが、きっとまた訪れた陽炎に戸惑うだろう、躊躇うだろう。
「……これ、あれじゃな。事件が終わったら、犯人に柘榴君が以前陽炎君を裏切ったという子供を再起不能にした台本を、夢に毎回出るように催眠がけようぞ」
「そんなのじゃ生ぬるいわ、魚ちゃん。――青い部屋に閉じこめるのよ、永遠に」
その言葉には皆が同意した。
青い部屋、それは三十分居るだけで、自殺したくなる部屋だと聞いたが、きっと彼らがそれを実行するときは、周りに死ねそうな道具など何一つ置かないのだろう。
先の見えるような見えないような不安に、誰かがため息を漏らした。
*
陽炎は止める水瓶座を押しのけて、柘榴に会いに行く。ちょっとだけだから、流行病じゃないんだろう、と理由を無理矢理につけて。
柘榴は最初はベッドの中で目を閉じて魘されてるような表情をしていたが、微かに震えながら誰かが来たのだと足音で気づくと、眼をゆっくりと薄く開き、いつもはまっすぐに強い彼の瞳が小さく弱々しい光を持っていた。
その眼だけで、陽炎は柘榴がかなり体力的に弱っているのだと知り、報告しようと思っていたことを口の中で押しとどめて帰ろうとするが、柘榴が「薄情だねぇ」と咽せながらも笑ったので、首を傾げて再び柘榴の頭近くに寄って小さな声を聞き取ろうとする陽炎。
「何が薄情なんだ?」
「その顔。何かあったって書いてあるのに、おいらには言わないンだ?」
緊急時には会って良い、って言ったのにと顔に少し不機嫌さが見える柘榴。
だがその顔も今はいつもより不敵さがなく、元気の良さも伺えないので、陽炎は負担をかけたくなくて、無理矢理に笑う。
「心配すんな」
だが、その行動の方が柘榴の怒りを買ってしまったようで、柘榴は残っている貴重な体力を使い、すぐ近くにいる陽炎の腹を殴ってやり、睨み付ける。
柘榴が陽炎に対してこうやって怒りにまかせた暴力をふるうのは初めてで、陽炎は痛みよりも――痛みは痛み虫が治すからというのもあるが――そのショックで大げさに痛がってしまった。
普段の柘榴の反応で予測するなら此処で謝って後に少し説教へと繋がるのだが、今の柘榴は謝る気が微塵もなさそうで、ただ己を睨み付ける、弱々しい色の眼なのに。
「何だよ、その顔。何なんだよ、変に気ィ使っちゃって。あんた、今までおいらに散々甘えてきたんだから、流行病だからって遠慮するなよ。それとも病人じゃ頼りに出来ないわけ?」
「違う……。だって、どうしていいか、わかんねぇんだよ。苦しんでるお前に、わざわざこんな話しようってしてた俺が間違ってたんだよ……。俺が乗り越えなきゃいけねぇんだ」
その言葉に柘榴は、独り立ちという単語を思い出した。
それは嬉しいことだろうし、彼にとっては成長した証だが、自分をもう要らないと言われているみたいで、柘榴は少し傷ついた。
病気は人の心も弱くする。それは、柘榴の病状を気遣ってのことだというのに。
――でも、柘榴は不思議な男に言われた言葉をよく思い出してから、冷静さを取り戻し、何かあったらすぐに自分が聞かないと、陽炎が危険だと思い出し、陽炎へ自分に話すように説得しようと、不機嫌そうな顔をそのままに試みる。
「バーカ。おいら達なんかより、もっと苦しくなるんだよ、あんた。あんたが狙われてる。だから何かあったら、すぐに教えてくれないと……」
「……――もし、プラネタリウムを誰かに渡すことで柘榴と劉桜が苦しまないなら、すぐに渡す。そうすりゃ、俺も苦しまない。星座達だって納得す……」
「もう一発殴られたい……? あんた、おいらから体力奪って殺したい?」
柘榴は、男の第一声と、忠告の大事な部分を思い出し、少し陽炎の発言に慌て、怒号を飛ばすよりも酷く威圧的な声が出た。
プラネタリウムをとられたら駄目、星座なんて幾らでも貸し出せばいい。そう言っていた。
プラネタリウムを取られれば陽炎は殺される、そうも言っていた。
――この言葉はきっと、偽物を作ってそれを相手に渡して、星座達にはその見えない誰か達が主になったと思わせておけばいい、ということなのだろう。
(――こうやってかげ君が考えることもお見通しだったわけだ。妖術使いってのは怖い。だから妖術は嫌い、なんだ。うん、嫌いってしっくりくる。憎い、っていうより、嫌い。肌に合わないんだ――)
星座達に出来る今回の庇護方法は、きっと演技力。そして、陽炎を裏切るような振る舞いをすることに耐えられるかどうかの忍耐力。
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