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第二部――第一章 屈辱の譲渡
第六話 不穏な夫婦
しおりを挟む陽炎ははっとして扉に駆け寄り、開けて出てみるとそこには流行病にかかったという者が居て、どうにかして助けてくれないかと訴えている。
何故此処を訪ねたかと率直に聞いてみた。知った顔ではないからだ。
流行病を抱えてる妻を抱えた相手は、ある人間に此処にはどんな病も、一滴の水で治してしまう神が居ると聞いたからだとせっぱ詰まった様子で口走った。
陽炎は相手の勢いに、己も同じ心境なのに何も出来てないことを告げようとする。
「……水っていうと、あいつだけど、でも今、同じような病にかかってる奴に水を使ったんだけど、治らなかったよ」
「それでもいい、お願いだ、どうか妻に水を!!」
せめてもの気休めになってくれればと陽炎は悩みこんだ結果そう結論を出して、水瓶座を呼び出そうとしたが、その前に背中から星座達が現れ、止められる。
蟹座がやけに殺気立たせて流行病の夫を睨んで、それから己を楽しげに見やった。
「――陽炎、お前は妖術師がどんなのか知っているのか?」
「――あっと、妖術は人を駄目にするっていう格言を柘榴が生み出すほど、酷いことをした奴になる」
「お前は、これからその妖術使いになるんだぞ。此処で治ったら、お前は流行病のワクチンを持っているのに隠し持っている悪人となる――まぁこいつらからも悪人の匂いはするが」
陽炎はその言葉にどういう意味だと問う前に、蟹座は流行病の夫に詰め寄り、耳元で何事か呟く。するとその夫は青ざめて、蟹座を恐ろしがりながらも睨み付けて、陽炎を縋るような眼で見やる。
鷲座も何だか、糸目を益々細眼にして、旦那を見やって、自分を止めようとしているような眼差しを送る。
だが、此処で見捨てればそれはそれできっと、今度は団体でおしかけてくるのだろうと陽炎は思ったので、水瓶座を呼び出すことにした。
水瓶座はいきなり呼ばれて驚いたが、事情を説明されると嗚呼、と頷き、小皿に三滴の水を乗せて、また柘榴達の治療に戻る。
その小皿を夫に渡して、夫は妻に飲ませると夫人は今までのヒョウ柄の病状が消えて、頬は紅顔に戻り、血色が良くなった。
夫は目を見開くと、有難う御座いますと言いながらも何故か何処か申し訳なさそうな眼で陽炎を見やってから、帰って行った。
陽炎はそれを見やって何も言わず手をひらひらとふって背を見送っていたが、蟹座がため息をつきながら、揶揄を続けてくる。
その言葉は己の脳にはすんなりと入らない。いつもなら、するすると嫌になるほど入るのに。少しは今の状況に、動揺しているということだろうか。
「お前のお人好しの主人姿が、今回ので終わるな。――奪われても、知らんぞ」
「蟹座っち、何て言ったの、さっき?」
「嗚呼、――幾らでその仕事を引き受けた? と聞いたんだ」
その言葉に反応したのは獅子座で首を傾げてどういうことだ、と今にも喧嘩を売りそうな睨み方で蟹座に問いかける。
蟹座は遠い昔のDVをしているときのような怪しくて恍惚とした邪笑を浮かべながら、獅子座に答えてやる。
「普通は医者だ、だが医者ではなく、それとももう行っても駄目だったのかは知らないが、いきなり関わったことのないこの家を訪れて、しかも癒しの水のことを知っていた。それもタイミング良く、癒しの水が復活して半月、の今だ。当然、妻が治ったら、水の確かな力をあいつは報告するだろう、謝礼代わりと、向こうからの謝礼もかねて」
「――だけど、何で今あの水で治っただ? 柘榴陛下は治ってはおらんだ。だのに、あの農民は何故か治っただ」
「それは、当然先ほどの男に此処を教えた者が、タイミングを見計らって、――この呪いを解いたからだろう。自然と誰が狙ってるか、もうすぐ判ろう。お前は耐えきれるかな、陽炎。ただ一人で、悪人とされ、柘榴達という味方も死にそうな恐怖に――」
蟹座は愉快そうに笑った後にすぐ真顔に戻り、半目で陽炎を見やる。
その眼差しには幾らかの心配というのが雑ざっていることに漸く気づいた陽炎は、苦笑して大丈夫だ、と皆へ笑って見せて、とりあえず今日は寝よう、と解散を命じた。
陽炎はその足で柘榴の元へ向かう、面会謝絶だと言うことを忘れて。
足が早歩きになっていることに気づかないぐらいに、陽炎はまた焦っていた。
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