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第二部――第一章 屈辱の譲渡
第二話 突然の不吉な症状
しおりを挟む陽炎は街で冠座と買い物をして、獅子座に買い物した物全部家に置いてくるように頼み、その後で柘榴と劉桜に賞金首の交流をさせてもらい、人との外リハビリをしていた。
あれから数ヶ月が経ち、極度の水依存もなくなった。蟹座のDVもなくなりつつ……ある。
時折、痛いほど抓られたり、手を握られるが以前に比べて、彼も我慢しているのだろう。
その反動か、別の誰かとの喧嘩や、戦いになると相手が血を見せてもやめないで、笑い続けるという或る意味狂いつつあるが、まぁ表だって正常なので良しとしよう。
少なくとも自分に害はない、と陽炎は、少し満足している環境だった。
劉桜は魚を釣ったりして自分に時折料理してみせて、柘榴は自分の貞操危機でも他の星座の相談を受け付けている癖にきちんと狙ってる奴対策をしてあったりと、まぁ以前と比べると楽しく平和な日々であった。
平和が一番という言葉に、古人は偉大だと陽炎は思い知る。
突然吹いた少し鼻につく匂いの強風に、陽炎と劉桜は身を竦めて寒い寒いと呟き、柘榴だけは嫌な風だ、と呟く。
「ちょっと最近は、ハンターへの警戒が強いみたいで、中々交流が深められないねぇ」
柘榴は己の賞金首の知り合いと、劉桜の賞金首の知り合いの連絡場所と、よく居る場所を書き留めた丸秘ノートを手に、歩きながらため息をついた。
今日は、数回会った人にだけにしか会えていないが、警戒態勢以外の日ならばいきなり会ったことのない奴ともすぐに気前よく会ってくれるのが、柘榴と劉桜の知り合いと友人だった。
気心良い奴の周りには、気心が良い奴が集まるというか何というか、二人の顔の広さには陽炎は、感心するような呆れるような心持ちだった。
「自警団が近頃騒ぎ出しちょるからのう、何か怪しい奴らが街に来たとかで」
その会話も自分には無関係になる筈だった。だから、陽炎はへぇと聞き流そうとした。
だが、それは一気に自分へと関係する会話になる。
「あれだね、多分。プラネタリウムを崇める宗教が最近出来たって聞いたよー。聞く限りすんげー怪しいの、金ぼったくりばっかしてる」
「は、あんなのを?」
陽炎は思わず間抜けな顔をしてしまい、プラネタリウムという単語を出した柘榴を見やる。
柘榴は少し欠伸をかみ殺しながら丸秘ノートをしまって、こくりと頷く。
それから、指で円――プラネタリウムを描いているのだろう――を作り、「取られないように」と眼で訴える、陽炎へと。
柘榴は陽炎が今は捨てたがってないのを知っているから、敢えて無理矢理捨てさせようとは思わないが、いつか捨てさせたいとは思っている。
今は穏やかだが、いつ星座達が牙を剥くか、判らないから。
――それに、自分にとって後ろ暗い物を見るようで、過去を思い出させる物なので、自分自身にとってよくないものだからだ。
柘榴はそれを以前は少し事件が解決してから隠す節を見せていたが、ある星座とのやりとりを切っ掛けに、隠すのを止めたらしくおおっぴらにそのままの姿勢でいることにしたようだ。
陽炎は驚きもせず、そうか、と受け入れてくれたのが、柘榴には大変有難かった。
「それと、何か怪しい手紙が来ていたって幼子がいっておったのう」
「あやしー手紙ぃ? 何、その宗教から、お誘い? 断らなきゃダメだよ、かげ君ー」
「いや、何か寧ろラブレターというか、選挙宣伝というか、高年齢向け哲学小説というか……」
どんな手紙だ。
柘榴と陽炎は同時に声に出してつっこんでいた。
内容が全く持って想像出来ない手紙だ。世の中には不思議な文章を書く人がいるようだ。
それが狙ってやってるのならともかく、素でそんな手紙だとしたら戦慄く。
「まぁそれで大犬座、朝から不審者が居たら、すぐに自分を呼び出すように言ってたわけか」
陽炎は朝の剣幕を思い出して、自分をいきなり起こすなり、ストーカー撃退法を伝授する彼女を思い出して、眠気を思い出す。
熱血自警団のように彼女は熱く語り、熱く「セクハラする奴はイケメンだろうが、禿だろうが死すべきである」と二時間かけて語り、満足げだったので、陽炎は思わず「普段のお前の俺への言葉はセクハラじゃないのか」と聞いたら、微笑んで誤魔化された。
あれはやっぱりセクハラなのか、と遠い目で空を仰ぐ。
太陽の光がまぶしい。今日も太陽は強すぎて怯えてしまいたくなる日をくれる。
……何故だか一瞬だけ強い光に見えたのは、己がふと太陽を見上げたからだろうか?
白い光が目を覆い焼き、残像で少し視界に違和感を感じる。その残像がやけに目に残る。強く強く、捉えきれぬ黒い影で。残像は、捕らえられない蝶のようで、ゆらゆらと。
突如、陽炎はその眩しさで自分が揺れたのかと思った。少し衝撃が来たから。
だけど、揺れたのは自分ではなく、隣にいた柘榴であり。立ち眩みでもしたのか、ふらついて、陽炎に少し倒れ込んでしまった。
その立ち眩みがした柘榴は、目を見開いたまま、己の額を抑えて、あれ? と呟いてから、陽炎に少し寄りかかってしまったことを謝罪してから、姿勢を正し、また額を押さえ込む。
倒れかけた自覚がないようで、手に取れぬ感覚を確かめようとしている。
それから、己の手を見やり、その手にはぶつぶつとアトピーのようなものが現れていて、掻きむしったわけでもないのにそんな痕があるのに不審さを感じた柘榴は首を傾げる。
劉桜と陽炎にそれを言おうとしたのだが、陽炎はばたんと倒れた劉桜に驚き、劉桜に駆け寄っていた。それに己も慌てて駆け寄ろうとしたのだが、口の中が何処か鉄臭いので、唾を地べたに吐いてみたら、それは少し赤みが混じっていて。
……何かの病がうつったのだろうか。
劉桜の方を見てみると、劉桜は吐血している。
突如の吐血、それから全身にアトピーのようなものと、ヒョウ柄のような模様が彼の体を覆っていて、体の肌が赤鬼らしくなく、青ざめていた。
……もしかして、同じ病で、あれが少し先の自分の姿……と、なると、流行病かもしれない。
このまま自分が屋敷に届けるのは構わないけれど、そうすると街にこの情報は誰も届けられない。
劉桜と自分だけ隔離されて、治療すべきなのだろうけれど……とりあえず、水瓶座の最近復活した癒しの水――依存成分無しだ――を、浴びてみようか。
突飛的な考えかも知れないし、考えすぎかもしれないが、流行病は考えすぎて越したことはない。特別今は、財に困っているわけではないし、陽炎に何かあったときのほうが打ち首とか考えられそうで。やはり、考えすぎに越したことはない。
そこまで考えてから、なるべく菌が陽炎の方へ移らないようにと思ったのか、柘榴は自分の口元を押さえて、陽炎に声をかける。
「かげ君、最近あいつらが顔出さないのは流行病恐れてかも知れない。るおーとおいら、多分今流行病にかかったよ。否、かかっていたのが今現れたのかも」
「は?!」
陽炎は振り返り、柘榴にしかめたままの顔を勢いよく向ける。劉桜をどうしようか躊躇っている手元が、うろうろと、劉桜に触れまいか触れようかと動いていた。なので、柘榴は触れてはダメだ、と静かに告げる。
「いいかい、かげ君、おいらとるおーは水瓶座に頼んで治療の水をかけてもらうから、絶対にその部屋に入っちゃいけないし、今もわんこ呼んで先に帰って皆に言っておいて。それでさ、わっしーに赤蜘蛛さんと連絡とってもらって、この街付近の流行病でも調べておいて貰って」
陽炎は前触れのない流行病に面食らいながらも、冷静な対処の柘榴に頷く。
それでも柘榴が己を屋敷から追い出せと言い出したら、閉じこめてでも屋敷に居させて治療を行うつもりなのだが。
陽炎は出来るだけ息を強く口で吸わないよう大犬座を呼び出す。
「大犬座、今の話、聞いてただろ? 今すぐ帰ろう、出来れば今吹いてる風を直に浴びない方向の帰り道で、人が少ない道」
「判った! 柘榴ちゃん、劉桜ちゃんをよろしくねッ。迎えには行かないわ、あたしまで感染しちゃったら、誰も陽炎ちゃんを守れないからッ」
大犬座は現れるなり相変わらず容赦ない物言いだけど、陽炎を一番に考えてくれているので安心して親友を任せられる。
柘榴はにぃと笑ってから、またね、と手をひらひらと振って大きな犬……というか虎のような生き物に乗った陽炎を見送った。
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