【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第二部――第一章 屈辱の譲渡

第一話 妖術狂いの皇子

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 闇の中。
 退屈そうに城から、星を眺める男が一人。
 男は闇空を眺めて、顔も見たこともない、血も繋がっていない、だけど幾人の異母兄弟の中では唯一と言っていいほど、同じ性別の王族の身内を思い浮かべる。

「……――折角会えると楽しみにしていたのによォ」

 赤蜘蛛の報告書を握りつぶし、ゴミ箱へ捨てようとしたが、それはつい先ほど街で引っかけた女に当てられるようにぶつかった。
 女はベッドの中裸で寝返りを打ち、赤い痕だらけのその体をそのままに眠りに再び陥る。
 男は女のううん、という寝返りを打つときの声で、女に気づき――同室にいて、先ほどまで愛し合ったというのに酷い仕打ちだ――、ふと苦笑をして、夜闇に浮かぶ月光のような光を指先に集める。
 そしてその光をふらふらと女へ向かせて、その光は一瞬で女を包み込んだ。
 光は女の一夜の記憶と、体の痕を奪い、それからついでに街へと送り届けた。
 
 ――これは城の妖術師でも使えないほど、高レベルな妖術だ。
 だからこそ、彼は興味を抱く。
 妖術使いの中で夢の存在とされているプラネタリウムに愛された我が弟。
 
 別にプラネタリウムを奪うつもりはない。それを解き明かす鍵となる「教科書」はとてもとても欲しいが。
 プラネタリウムは不幸を呼ぶ物で、魅入られると大変だということは赤蜘蛛の報告書から知り、見知らぬ弟が人知れず大変な目に遭い、危うくこの外界に出られなくかけたというのを聞くと、妖術というものに携わっている自分でもぞわりとするものがある。
 だがその妖術というものは自分にとっては、酷く観察していたい対象であり――。
 手に入れる度胸はないのだが、観察する方法を一つ思いついて実行している現在。
 それは順調に進んでは――いると思う。
 
 妖術を誰よりも愛している己でも中々に恐ろしいのに、その恐ろしい物を捨てない、我が弟。
 写真で見てみると――。

「中々男前じゃん、オレに似て――」

 それは母親宛に送られた手紙と赤蜘蛛が撮った写真なのだが、異母からそれを今夜だけ預かり、見させて貰った。
 男は写真を見やり、月光に透かすと、にやりと笑った。
 ――昔、奴隷市場で見た顔だな。
 その情報は多分合っている。赤蜘蛛から彼が元奴隷だというのは聞いている。
 ――奴隷から皇子とは、とんだ格上げだ。
 別にそれを邪魔するつもりはない。自分はどうせ自然と王様になるわけなのだから。
 ただ男のモットーは、人生人の任せるまま流れるままに歩いていきましょう、なのだ。
 だから、ある日突然、第二王妃に隠し子が居ると言われても、第一王妃の長男である自分にとってはただ、ふぅんで終わるはずだった。
 
 だが、プラネタリウムの話を聞き、鴉座とのことを聞き――。
 
「……――かぁいい弟だこと」
 
 ブラコンになってしまった。
 鴉座との別れのやりとりを聞く度に、我が弟はなんとまぁ優しい子なんでしょ! と他人に自慢したくなるほど。
 妖術師じゃないのに、そこまで妖術で出来た者――妖仔(ようこ)――に入れ込むというのは、とてもとても嬉しいことで。その血が少しでも己と同じ物が流れてるのは非常に嬉しいことで。
 妖術を己は使えなくても愛せたであろう証拠のような気がして。
 
 しょっちゅう弟の話を聞きに異母の所へ通ったり、帰ってきては王妃に報告する赤蜘蛛から直接聞いたりして、最近の様子を聞くのだが、いてもたってもいられない衝動を周りは判ってはくれない。
 周りは自分が彼を殺すつもりだと思いこんでいる。
 多分、理由は自分が第一皇子とはいえ、今王が最愛なのは第二王妃だから、それで王の座が危ういので亡き者としようとしているのだろう、と。
 最初赤蜘蛛と第二王妃はその話を聞いたとき、人の噂ほど宛にならないと知った。
 彼の溺愛っぷりは噂の星座達と何ら変わりなく、男から言わせれば「やだなぁ、オレはそこまで人情派じゃないよ」だとか。
 
 殺すつもりはないのだ。殺すつもりは。思うことは色々あるのだが。考えてることも、やましいことも――。
 
 そんな弟馬鹿・妖術馬鹿だからこそ、三つ気がかりがある。
 一つ、あの街にプラネタリウムを崇める高額のお布施をとる、そのくせ妖術の利点しか見えていない宗教が辿り着いたと言うこと。
 二つ、あの国に妖術使いの間では注意せよ、と言われる新しい呪いが生まれて、あの街には誰一人妖術使いは居ないのに、皇子という身分の弟は事もあろうか、ガンジラニーニという恐ろしい生き物と無防備に暮らしていること。
 三つ、自分を恨んでる奴があの街を目指していること。否、目指させていると言うべきか。
 
 二番目が一番厄介だ。
 ガンジラニーニは「生きた屍」と言われる、青白い人間で夜にしか活動しないと言われている。
 だが、ある妖術師が彼らに昼間に、肌色も誰が見ても人間になれる術を与えたのだ――と、遠い昔誰かから聞いた。
 ガンジラニーニは、世界から裏切られた歴史を持つ。勿論、この国だってその民族を裏切ったうちの一つの国だ。
 彼らにあることをさせて、それをする代わりに迫害しない条件を飲み、作業が完了するなり、迫害しないと記した誓約書を破る――という、非道な歴史を、あちこちの国は皆、共用している。
 ガンジラニーニがどんな恨みを世界中に抱えているか、弟はきっと知らないであろう。そして死に神という言葉が洒落にならない人物が、ガンジラニーニとプラネタリウムに関わっていることも――。肌色を与えた妖術師が、誰なのかも――。
 
「……――やっぱり、会いたいし、行こうかな。ほら、注意しに、という建前が出来る。うんうん、妖術のあの呪いの話なんて、誰も信じないだろうし、ただの流行病に見られるだろうし、それに全て順調にいってるかどうかも気になる。時期がちゃんと重なるかも――友人君がどう動くのかも」
 うん、そうだよね、と男は静かに一人納得して、今宵旅立つことを決意した。
 
「土産はやっぱり、城い恋人かなぁ……――?」
 
 そんな呟きは、闇の中に大きく現れた月光と共にかき消え、代わりに書き置きという置きみやげが。
 『ちょっと旅立ってきます』
 
 世にも恐ろしき妖術師の次期国王は、三つの気がかりに胸をふくらませて、旅立つ。
 
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