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第一部――第九章 星座とラストダンス
番外編――太陽が一人きりでいることを決めた時1
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月夜と戯れる妖精と謳われたなら、まだ幾らかマシだったのに。
現実とはどんなにロマンチストな人が生きていても、それに水を差す人が多いわけで。
夜にしか生きられぬ、生きた屍。死に神の囚われ仔。
聖者が昔、夜の屍に愛を刺繍した言葉を彼らに告げた。
死に神は聖者に、「あれは屍だから、お前の干渉していい者ではない」と毅然と振る舞い、聖者に忠告し病を施した。
青きは、窶れていく聖者を見て悲しみを彩った瞳。
生きた屍は、月のない夜に聖者へ会いに行く。聖者は喜ぶが、屍の後ろには死に神が居る。
「愛してくれて有難う。でも私たちは、死に神から逃れる術はないのです。死に神が許すのは星と月の会話だけ。彼らの睦言の証言者として存在する身なのです。だから、私達は愛などを語ってはいけないのです。私たちは、屍なのだから――」
生きた屍は、水晶を目から零し、聖者にさよならを告げて、月夜の世界へ戻る。
だがそれでも聖者は生きた屍を愛し追いかけた。
生きた屍もそれに惹かれ、応えるように微笑み愛を囁いた。
生涯一度だけ、ただその一度だけの愛の囁きが。
聖者の気持ちに応えたかったその、告白が――。
*
「――まぁ、殺しちゃったんだって。ガンジラニーニってば」
大犬座は絵本を陽炎に読んであげて、それから結末に大きな瞳を見開き、呟いた。
陽炎まで思わず、目を見開き、言葉を失う。それはただの絵本にしては、やけに残酷で。
そして何処か、薄暗いものを臭わせて。
陽炎はその絵本を何処で手に入れたか、大犬座に尋ねると鷲座が持っていたと告げた。
「鷲座っちってば、この絵本見て、ずーっと凝視していたのよ」
「……凝視? 読んでいたんじゃなくて?」
「そう、文章じゃなくて、この絵をじーっと見ていたの」
そう言って絵本を陽炎の方へ向けて、大犬座は小さな腕を開いた。絵本のページと一緒に。
絵は特別変わった絵――にも見えるし、平凡にも見える。
変わった絵に見えるのは子供向けというか全年齢対象の本としては、立派すぎるぐらいに画家が描いたような絵だったから。だが平凡に見えるのは、それは話の内容が何処か絵にそぐわないぐらいに幻想めいていて、妖術という不可思議なものがあるこの世界の話としても信じられないものだったからだ。
そう、これはノンフィクション、この世界に実際にあった伝説――、そう小さく後ろに明記されている。
実際に、そういう名の民族があるというのは聞いたことはある。青白い肌で人前に滅多に出ない。一見化け物と見間違いやすいために、恐怖で誤って殺したり、または迫害されたりで、天然記念物並の人数である民族。ガンジラニーニ、といったか。大犬座も先ほど呟いていたのだからそうだろう。
鷲座が見ていたと思われる絵は、聖者に愛されてるとすぐに判る絵。
聖者が屍を愛するが、遠くで死に神が見張っている。
「……――……ん?」
目をこらして、聖者に注目する。聖者は特別何も鷲座が注目するようなことは描かれてない。だが、聖者が想う屍の手には――……。
「……――鷲座は、これを見て何て言っていた?」
「何も。何も言わず、そうね、その時昼だったから、窓から見える景色を眺めてた」
ほら、あの糸目表情分かんないじゃないの、と大犬座は言葉をつけたしながらも、なるべくその日の光景を思い出すようにする。
どうしてそんなに鷲座が目にしていた本を大犬座が持っているのか聞くと、貰ったの、と大犬座は実に判りやすく答えてくれた。
これ以上は直接本人に聞くべきだろうと、陽炎は鷲座を探して屋敷の中を探し回る。
「あ、陽炎様」
「嗚呼、水瓶座。あれ、新しい水瓶? もう治るの?」
偶然通りかかった所には水瓶座がその手が持つには折れそうな程の大きな水瓶を持っていて、その中には水が入っている。
水をちゃぽんと鳴らして、水瓶座は振り向いて立ち止まる。その姿は、いつもながら目にする度に、この世の光景なのだろうかと疑ってしまう。
それぐらい浮世離れした美しさの彼は、普通の人で言うところのただはにかんでみせただけの笑顔で、陽炎を少し魅了して、それから陽炎が己の側に来るのを待った。どうやら、目指す場所は同じようだから。
陽炎は、ぼうっとしたあと、駆け寄り、水を疑わしげに眺める。
それに水瓶座は苦笑して、大丈夫、と告げた。
「他の人にも味見してもらって、ちゃんともう依存性のない水になるようにしてるんです。いつか捨てるとはいえ、陽炎様がプラネタリウムを持っている限り、危険なのは変わりないですから。必ず必要となるでしょう」
「おお、前向き! ん、前向き? まぁいいや、でもあんまり使わないようにするけどな」
「ええ、その方が懸命ですね。痛み虫が大変なことに……――例えば……」
「具体例はいらねぇ。お前は多分、葬儀の話にまでいくと思うから。んで、お前も……こっちの部屋へ向かってるってことは、柘榴に?」
「柘榴さんね、本当にプラネタリウムのことに詳しくて。だから妖術とかにも詳しいんじゃないかなって思って、色々聞いてみたんですけれど、偶に少し改良のヒントをくれるくらいで……――今日もダメもとで、聞きにきたんです。治療の素に必要なものを」
「……――そうか」
陽炎は、ふぅんと頷いて、そのまま水瓶座と話しながらも、心中は別のことを思い、歩いていた。
柘榴が妖術に? あれだけ毛嫌いしていた柘榴が?
それに若干違和感を覚えながらも部屋に着き、ドアノブに手をかけようとしたとき、中で何かが崩れて、誰かの怒鳴り声が微かに聞こえた。
陽炎と水瓶座は顔を見合わせて、そっと扉を開いて、中の様子をそっと伺う。
中には獅子座と鷲座、それから柘榴が居た。
柘榴は獅子座と鷲座に何かを怒っているようで、普段へらへらしている彼にしては珍しく、それも星座の中で一番話の合う鷲座にも一緒に怒ってるのが意外で、陽炎は息をのんだ。
現実とはどんなにロマンチストな人が生きていても、それに水を差す人が多いわけで。
夜にしか生きられぬ、生きた屍。死に神の囚われ仔。
聖者が昔、夜の屍に愛を刺繍した言葉を彼らに告げた。
死に神は聖者に、「あれは屍だから、お前の干渉していい者ではない」と毅然と振る舞い、聖者に忠告し病を施した。
青きは、窶れていく聖者を見て悲しみを彩った瞳。
生きた屍は、月のない夜に聖者へ会いに行く。聖者は喜ぶが、屍の後ろには死に神が居る。
「愛してくれて有難う。でも私たちは、死に神から逃れる術はないのです。死に神が許すのは星と月の会話だけ。彼らの睦言の証言者として存在する身なのです。だから、私達は愛などを語ってはいけないのです。私たちは、屍なのだから――」
生きた屍は、水晶を目から零し、聖者にさよならを告げて、月夜の世界へ戻る。
だがそれでも聖者は生きた屍を愛し追いかけた。
生きた屍もそれに惹かれ、応えるように微笑み愛を囁いた。
生涯一度だけ、ただその一度だけの愛の囁きが。
聖者の気持ちに応えたかったその、告白が――。
*
「――まぁ、殺しちゃったんだって。ガンジラニーニってば」
大犬座は絵本を陽炎に読んであげて、それから結末に大きな瞳を見開き、呟いた。
陽炎まで思わず、目を見開き、言葉を失う。それはただの絵本にしては、やけに残酷で。
そして何処か、薄暗いものを臭わせて。
陽炎はその絵本を何処で手に入れたか、大犬座に尋ねると鷲座が持っていたと告げた。
「鷲座っちってば、この絵本見て、ずーっと凝視していたのよ」
「……凝視? 読んでいたんじゃなくて?」
「そう、文章じゃなくて、この絵をじーっと見ていたの」
そう言って絵本を陽炎の方へ向けて、大犬座は小さな腕を開いた。絵本のページと一緒に。
絵は特別変わった絵――にも見えるし、平凡にも見える。
変わった絵に見えるのは子供向けというか全年齢対象の本としては、立派すぎるぐらいに画家が描いたような絵だったから。だが平凡に見えるのは、それは話の内容が何処か絵にそぐわないぐらいに幻想めいていて、妖術という不可思議なものがあるこの世界の話としても信じられないものだったからだ。
そう、これはノンフィクション、この世界に実際にあった伝説――、そう小さく後ろに明記されている。
実際に、そういう名の民族があるというのは聞いたことはある。青白い肌で人前に滅多に出ない。一見化け物と見間違いやすいために、恐怖で誤って殺したり、または迫害されたりで、天然記念物並の人数である民族。ガンジラニーニ、といったか。大犬座も先ほど呟いていたのだからそうだろう。
鷲座が見ていたと思われる絵は、聖者に愛されてるとすぐに判る絵。
聖者が屍を愛するが、遠くで死に神が見張っている。
「……――……ん?」
目をこらして、聖者に注目する。聖者は特別何も鷲座が注目するようなことは描かれてない。だが、聖者が想う屍の手には――……。
「……――鷲座は、これを見て何て言っていた?」
「何も。何も言わず、そうね、その時昼だったから、窓から見える景色を眺めてた」
ほら、あの糸目表情分かんないじゃないの、と大犬座は言葉をつけたしながらも、なるべくその日の光景を思い出すようにする。
どうしてそんなに鷲座が目にしていた本を大犬座が持っているのか聞くと、貰ったの、と大犬座は実に判りやすく答えてくれた。
これ以上は直接本人に聞くべきだろうと、陽炎は鷲座を探して屋敷の中を探し回る。
「あ、陽炎様」
「嗚呼、水瓶座。あれ、新しい水瓶? もう治るの?」
偶然通りかかった所には水瓶座がその手が持つには折れそうな程の大きな水瓶を持っていて、その中には水が入っている。
水をちゃぽんと鳴らして、水瓶座は振り向いて立ち止まる。その姿は、いつもながら目にする度に、この世の光景なのだろうかと疑ってしまう。
それぐらい浮世離れした美しさの彼は、普通の人で言うところのただはにかんでみせただけの笑顔で、陽炎を少し魅了して、それから陽炎が己の側に来るのを待った。どうやら、目指す場所は同じようだから。
陽炎は、ぼうっとしたあと、駆け寄り、水を疑わしげに眺める。
それに水瓶座は苦笑して、大丈夫、と告げた。
「他の人にも味見してもらって、ちゃんともう依存性のない水になるようにしてるんです。いつか捨てるとはいえ、陽炎様がプラネタリウムを持っている限り、危険なのは変わりないですから。必ず必要となるでしょう」
「おお、前向き! ん、前向き? まぁいいや、でもあんまり使わないようにするけどな」
「ええ、その方が懸命ですね。痛み虫が大変なことに……――例えば……」
「具体例はいらねぇ。お前は多分、葬儀の話にまでいくと思うから。んで、お前も……こっちの部屋へ向かってるってことは、柘榴に?」
「柘榴さんね、本当にプラネタリウムのことに詳しくて。だから妖術とかにも詳しいんじゃないかなって思って、色々聞いてみたんですけれど、偶に少し改良のヒントをくれるくらいで……――今日もダメもとで、聞きにきたんです。治療の素に必要なものを」
「……――そうか」
陽炎は、ふぅんと頷いて、そのまま水瓶座と話しながらも、心中は別のことを思い、歩いていた。
柘榴が妖術に? あれだけ毛嫌いしていた柘榴が?
それに若干違和感を覚えながらも部屋に着き、ドアノブに手をかけようとしたとき、中で何かが崩れて、誰かの怒鳴り声が微かに聞こえた。
陽炎と水瓶座は顔を見合わせて、そっと扉を開いて、中の様子をそっと伺う。
中には獅子座と鷲座、それから柘榴が居た。
柘榴は獅子座と鷲座に何かを怒っているようで、普段へらへらしている彼にしては珍しく、それも星座の中で一番話の合う鷲座にも一緒に怒ってるのが意外で、陽炎は息をのんだ。
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