【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

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第一部――第九章 星座とラストダンス

番外編――獅子座と蟹座

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 時は戦乱。そんな時代でこそ、彼らは活躍する。これは大昔のこと。


 それを持てば破壊兵器の人間になれるからこそ人々はそれを奪い合い、故に殺し合う。
 そしてその記憶を持たずに、破壊兵器の中の住人はただ次々と変わる主人に従い、ただいつもと同じ、敵地が昔の本拠地か、今の本拠地がまた別の戦地になるかだけの違う戦いを繰り返すだけ。
 戦は言うまでもなく血に飢えていて、その場にいる誰一人正常とは思えない。
 怯える者、戦いに飢える者、精神に狂いを来す者、様々だった。

 蟹座と獅子座はその中でよく一緒に組まされて戦った。
 お互い主人に忠実属性だったが、獅子座はいつも主君に己が喜ばれる功績を求め、蟹座は主人の利益となるだけの功績を求める故に、戦場での標的へは食い違った意見が多かった。
 ただ共に倒す敵が同じとなったときは、互いに背中を安心して預けられる存在だった。

 ――味方であってこれほど心強い者は居ない。

 認めたくはないが、戦うとお互い戦いに使う腕前だけは認めていた。


「二人はぁ、仲が良いのねぇ?」

 蠍座はガスマスクをしたまま不気味に笑い声を漏らしながら、鳳凰座に戦場の様子を教える。
 主人に状況伝えに来たついでに、蟹座へ焦がれる彼女へ教えてあげる。
 蟹座は気づいてても、ただ彼女から逃げるだけ。
 何せ蟹座としては鳳凰座は赤子で誰も彼女に何も教えないから、色々怒鳴りつけたり叱ったりしていたら好かれてしまったので、辟易としているのだ。
 それでも今でも時折怒鳴るのは彼女があまりにも無知すぎる為だ。

「蟹座様と獅子ちゃんは、強いから……」
「一番強いと思うのは、……射手クンだと思うけれどねぇ~。それか、羅針盤クンか」
「弓ちゃんは……心臓を確実に射抜くって言われてるから……。私は、あの人が怖い……」

 鳳凰座が少し震えながらも気丈に微笑むと、蠍座はふふふふとまた一層不気味な笑い声を漏らす。

「小妹は一番怖いのは柚クン。射手クンはただ主人が心から殺したいと願った人間にしか弓矢を使わない。それなのに……あんなにおおぜぇいの人が死んでいる。それだけ、この世から消え去れと願う人物が多いってことぉ。……本気で殺したい人がいっぱいだなんて、キリングマシーン」
「キリン……?」

 脳内にほわほわと可愛らしい幼児が書いたようなキリンという動物を脳内に思い浮かぶ鳳凰座に蠍座は、肩を竦めて、それからガスマスクのレンズ越しの瞳を光らせる。

「小妹より殺人鬼ってことぉ。あれは戦じゃなく、人殺しを楽しんでるわぁ。射手クンがどう動くか判った上でやってるんだから……」
「……あの方はそんな、悪い方じゃ……」
「鳳凰クン、良い機会だから言っておくけれどねぇ? いい人、なんて世の中には絶対に存在しないのよぅ~? 今だって人を操る薬を頼まれたからあげちゃったしぃ」

 蠍座はくすくすと笑った後、じゃあねとプラネタリウムへ毒と薬を取りに行く。
 状況を伝えた後は、多分また新しい毒作りでもするのだろう。それか、戦場の味方の人間に使う薬草か、敵に使う拷問専用の薬か。


「嗚呼、鳳凰座」

 主人が自分に気づき、遠くの通路、蠍座が居た方向とは逆の通路から歩み寄ってきた。
 新しい主人は、何も能力がない自分にいつも優しくしてくれて、鳳凰座は大好きだった。
 今までの主人はどう接してくれていたか覚えていない、いつも優しくしてくれたか、それとも邪魔だと役立たずだとされていたかは覚えては居ない。
 それでも大好きでも少し気がかりなところがある。
 ――蟹座がこの主人に絶対忠誠であるにも関わらず、自分と接している己を見るときは何処か咎めるような視線を向けるからだ、己に。
 それは主人への嫉妬ではなく、星座へ必要以上のスキンシップを己にだけにしている嫉妬ではなく。
 ――気をつけろ、と視線が言っている、いつも。

 だから、鳳凰座はこの大好きな主人にはいつも一線を引いて、接していた。

「どうされました?」
「否、鳳凰の顔が見たかったのだ! 嗚呼、会えて嬉しいぞ!」
「そうですか」

 鳳凰座は野蛮な盗賊でさえもうっとりとさせるような笑みを浮かべ、光栄です、と一言だけ呟いた。
 会いたかったと言われれば、ではさようならと去ることが出来ない鳳凰座は躊躇って視線を彷徨わせる。

(――蟹座様、蠍ちゃん、わんちゃん、どうすればいいのかしら)

「鳳凰座、お前に聞いて欲しいことがある」
「何……ですか? あの、私一人じゃないと……?」
「柚城(ゆずしろ)、参謀の首を取ってきたぞ。獅子もオレも大将の首はお前が斬るべきだと思ったから、此処へ生け捕りにしてきた。獅子はプラネタリウムの中に……げ、鳳凰」


 思い人の声がした。戦場から帰ってきたのだろう!
 自分を見るなり、己の手にある生首より青ざめる蟹座。
 そんな蟹座の姿を見て、鳳凰座は安心して蟹座の元へ駆け寄り、蟹座の後ろへ隠れる。
 それに蟹座は少しため息をついた後、主人の顔が強張っていることに気づき、状況を察する。

(――嗚呼、鳳凰をまた口説こうとしていたのか。赤子同然のこいつに手を出して何が楽しいんだか)

 蟹座は他の星座からも鳳凰座の保護者を押しつけられているし、この場には己しか居ないので仕方なく鳳凰座にどうした、と顔を見ることなく問うてみた。

「あの、私に聞いて欲しいことがあるそうです……」
「それで、何故お前は拒もうとする?」
「……それは、戦場でのお話ならば私では参考にならないからです」
「ただの世間話かもしれんぞ。なぁ、柚城?」

 瞳を少し細めて、蟹座は主人へ問うと、主人は自分へ嫉妬の塊とも言える視線を向ける。
 それを見ると、蟹座はよりため息をつく。

(お前なら、もっと良い人間の女を捕まえられるだろう。何故、道具の女に走るのだ――。いかんな、ここは一つ……はっきりさせないと、この先彼は子孫を作れなくなる)

「鳳凰座、柚城の部下へ少し遅くなると伝えてきてくれ。柚城、話し相手はオレでも構わないだろう? 世間話も多少は出来る」
「――私はッ鳳凰座に……」
「どうしても、と言うならまずは大将の首を切り落としてから。皆が待っている。お前の輝かしい栄光を。鳳凰はお前の手元に或る限り逃げないのだから、焦らずともよかろう」
「……判った」

 蟹座はいつも主人である己の利益しか考えないので、それが今何よりも最優先すべき事柄なのだろうと柚城と言う男は頷き、蟹座へ続き歩いた。
 鳳凰座に己の部屋で、待つように言いつけて。

 蟹座と主人が並んで去っていく姿を見て、鳳凰座は少し微笑ましい気持ちになった。
 大好きな人が大好きな人と並んで歩くのは大好きだ。

 心が少し温かくなるのを感じてから、主人の部屋で待つために入る。

 主人の部屋にあったのは。

 幾つもの、骸骨。否、しゃれこうべ。鳳凰座は、それを見て、毎晩主人がしゃれこうべに見守られながら寝ている姿を想像すると、血の気が引く感じがした。
 でも、今の時代ではこれが普通なのかも知れない。
 今までの主人もこういう主人だったかもしれない。
 鳳凰座は少しづつ己を落ち着けようとしたが、部屋の隅にある拷問具を見て、ひっと小さな悲鳴をあげた。

(柚城様……何故、此処へ拷問具を? 世間話には、必要ないでしょう?)

 まさか、己に何かするのだろうか。
 そんなことはない、そんなことはない、そう言い聞かせているうちに何時間が経っただろうか、気づけばドアが開いていて、そこには朗らかな顔をした主人が現れた。

「鳳凰座、ちゃんと待っていてくれていたんだな、偉いぞ」

 普段ならば嬉しいこの言葉も、今このしゃれこうべに囲まれた瞬間では何処かぞっとしてしまう。

(蟹座様、蟹座様、蟹座様……――)

「鳳凰座、お前にとても良いお香を買ってきたんだよ」
「……お香、ですか?」
「嗚呼、きっと似合う。ほら、嗅いでご覧」

 そう言われ、彼が手にしているお香入れに近づき、香りを手で寄せて嗅いでみると……意識がぼんやりとしてくる。

(そういえば――蠍ちゃんが、人を操る薬をあげたって……)

 ぼんやりと意識が遠ざかりそうになる中、頬を叩かれて意識を鳳凰座は取り戻した。
 鳳凰座は取り戻した意識で、辺りの様子を伺うと、主人に殺さない程度に怪我させている蟹座が見えた。

「蟹座、さ……」
「この馬鹿が」

 蟹座は鳳凰の体にシーツを羽織らせて、体を包むよう命令する。
 それから、己へ怒号を飛ばすかと思えば、もう何もかも期待してない瞳をされて、鳳凰座は目に涙が溢れた。

「かにざさまぁああ!!」

 うわぁああん、と子供のように声をあげて泣くと、蟹座は顔を引きつらせてため息をつき、もう一度頬を引っぱたかれる。
 無言だったが、その痛みには怒りが、己が悪いことをしたということを教えてくれるような気がして。
 主人が自分に何をしようとしていたか、己がシーツを羽織ってから漸く気づき、がちがちと震え、蟹座に縋り付く。

「どうしてお前はそう毎度学習しないんだ。お前をそういう目で見る男は柚城が初めてじゃないだろう。お前は覚えていないのか?」
「いつも、なんですか? 私、プラネタリウムの記憶、主人が替わるとその主人しか覚えて無くて……ッ」
「だからお前はガキなんだ! ……お前は、警戒心というものを持て! いいか、お前の外見は、娼婦だ。男を男として目覚めさせる姿をしている。それを自覚しろ。オレの言った単語全て覚えろ、それが出来ないんだったらオレに思念を送るような真似はするな!」
「……しょうふ、って何ですか?」

 蟹座は、その言葉に一気に力が抜けてため息をつく。丁度その時、主人が己を守るために獅子座を召喚した。都合が悪いので鳳凰座はプラネタリウムへと戻して。

「どうしただ? あれま、相方ってば血塗れ……陛下?」

 後ろにいる血にまみれた主人を見るなり、獅子座は事態を察した。但し、己なりの解釈方法で。
 獅子座は蟹座を酷く睨み付けて、怒号を飛ばす。荒ぶる彼の魂をそのままにぶつけるように。

「陛下を殺すつもりだったか!? テメェ、陛下の部下じゃなかっただか?!」
「……――人は人相手に恋をするべきだ。何より、行為の意味も知らない相手に何かをすべきではない。オレは人道から踏みはずれそうになった柚城を助けようとしただけだ」
「……? 陛下が人道から踏み外しかけた!? そんなことありえねぇべ!!」
「獅子……お前は、主に従うだけが忠誠の証だと思うか? そんな忠誠だったら、オレは……要らぬわ。殺してくれよう、そんな我が主に、プラネタリウムに相応しくない主は……」
「ひぃぃっ!! しし、獅子座!! 私をこいつから守ってくれ!! 命令だ、これは!! 蟹座、お前は消えろ!」

 ――主人はがくがくと震えて、獅子座の後ろに隠れようとするが、蟹座は真顔で歩み寄り、獅子座が本気なのかどうか疑わしく戸惑っている隙間に主人を殺す。

 鮮血が、蟹座の手の刃を更に塗らして、彼の鋏は緋色となる。

(――こうにも人の存在感を、命が消えても主張する……綺麗な色で)

「人の血は美徳だ」
「この野郎!!! テメェッ、一生このことは許さねぇ!! 例えプラネタリウムの仕組みで、このことを忘れても、おらはテメェを、この瞬間憎んだことだけは覚えてやる!!」
「――上等だ。いずれ、決着をつけよう。お前は、前々からな――……」

 (心強い味方だった。だが――……)

「目障りだったからな」

 プラネタリウムが主人を亡くしたからか、姿が徐々に消えていき、声だけがその場に木霊する。
 そこへやってきた人間の柚城の部下は、誰かに柚城が暗殺されたと大騒ぎをするが、彼の弟が再びプラネタリウムを手にするのは、そう遠くない話。
 その日以来、獅子座と蟹座の仲が悪いことも。
 その日以来、鳳凰座は蟹座にまた頼り切ってしまうことも。

 ただ時代が流れて、また星座が作られたとき、そこに居た主人が己を人並みに友人として平等に扱う姿を見て、各自は過去を忘れかける。
 蟹座に至っては、主人のために尽くすという形は……失いつつあり、かつての主人のように手段を選ばなくなってはいる。
 その光景を見ていると、鳳凰座はプラネタリウムの仕組みで忘れた過去を、デジャビュとして受け止めてしまうのだった。

 獅子座が、意識のない陽炎を見て胸が痛み、蟹座へ苛立つ理由は、きっと遠い過去の確執。
 愛よりも、憎悪が目立つことも、ある――。


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