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第一部――第八章 夜色――ただ、星空が見たかっただけなんだ――
第四十九話 貴方のための拒絶
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……――自分と同じ、暗闇だけを見てきた男。
暗闇の世界に行き、初めての光が柘榴だったように、自分は鴉座にとって光だったのだろうか、外の世界だったのだろうか。
外の世界の良い場面は、味わった。助けられてから、味わった。
あの時の世界は手放したくなかった。永遠に楽しいままでいられたらと思った。
――それを、鴉座は自分に感じているのだろうか、と陽炎はふと思うと、自分を映した鏡のように見えて、鴉座を見上げて笑った。
「お前は、ただの案内役じゃねぇよ。勘違いすんな、馬鹿」
「……――はい?」
「お前も、俺の夜空の一部じゃねぇか。俺の作る、俺の欲しがる夜空の一部じゃねぇか」
それは、端的に言うと、必要な存在だと言ってるようなことで。
自分の知る限りでは陽炎は寂しがり屋だが、そういう愛属性相手の星座には個人だけに必要だと口にしたことがなかった気がする。力とかそういうのではなく、存在を。
――何故、よりによって今言うのか鴉座には一瞬理解が出来なかったが、嗚呼気遣わせたのかと悟り、己の心に勇気と罪悪感を集中させて、手放すことを覚悟する。
鴉座はこんな酷い行為にまで発展したのに、まだ自分を気遣う陽炎に目を見開き、くすくすと笑ってから、貴方は馬鹿な人だ、と呟いた。
馬鹿だ馬鹿だと言わねば、何だか己が崩れそうで。ただでさえ惨めな気分なのに。それに何より、この人はそれを言わねば、きっと自分がどれほどお人好しな行為をしているのか気づくこともしないだろうから。無視される可能性も高いけれど、馬鹿だと口にしたかった。八つ当たりなのかも知れないが、それでも、どうか自覚して欲しかった。
(――貴方のそういう微妙な優しさを、あの黒玉の中からどんな主人も見てきたが触れたことも、感じたこともなかった。妖術は人をダメにさせる。その証拠が私たちなのだろう。ならばもうこれ以上妖術と関わらないで。貴方がシアワセになってくださるのならば、代表者として。貴方をダメにした最初の妖術として私は――)
鴉座は、困ったようにそれでもしょうがないなぁと言いたげに、軽く笑いかけた。
「……――同情ですか?」
その問いには陽炎は否定はできなかった。
鴉座は初めて陽炎相手に冷笑を浮かべて、彼の額に口づけてから、言葉を陽炎にだけささやきかける。
それは遠い昔からずっと優しく優しく自分を導いてくれた時のように、穏やかで落ち着いた声で。どんな声よりも安堵できる声。
瞳は狂おしい冷たさを感じるのに。
「貴方はね、学習しないと駄目ですよ。愛属性をつけあがらせると、どんどん調子に乗って独占したがるって。こんな場面で同情するなんて酷い方。いっそ何も言わず、手を振り払って私の手元から去ってくださったら。こんな醜い偽夜空、捨ててくださったら、貴方を一生憎んでいられたのに。どうして貴方へ負の気持ちを抱かせてはくれないのですか? 今のが残酷だし、この行為は八方美人だと自覚しなさい」
「……――鴉座」
「もうね、自由な貴方を捕らえるのは無理だって判りました。無理なことをして、貴方ではなく、また自分が傷つくのが怖い。臆病ですけれど。……貴方はもう星座は作る気はない。なら次に暴走したとき、誰が私を止められる? ……ねぇ私はもう外の世界には懲り懲りですよ。自分を見失うほどの感情なんていらなかった。こんな人間のような感情、欲しくなかった。貴方を、愛さなければよかった」
(――貴方がシアワセになるのなら、私は貴方との決別を選ぶ。皆への見せしめに。暴走するとこうなるのだと。……貴方に沢山の嘘を、最後までついてしまうのをお許しくださいな。だって、私は嘘つきですからね?)
「もう、お世話は致しませんよ。他の方がいますから」
鴉座が呟くが否や、陽炎を柘榴へ乱暴に投げて鴉座は一同に叫んだ。
「またその人が道具に頼りすぎたら、二度と帰ってこないと思え!」
その言葉を最後に、鴉座は宮の結界を解除され、別の力で封印された。陽炎が何か叫ぶ前に、鴉座はもう己を手放していた。
正確に言うと、鴉座の宮に封印されて、彼だけがもう表に出られなくなったのだ。その証拠を見せつけるように、鴉座が手を伸ばすと何か電流が彼の手で弾けて、陽炎に近づくのを許さない。宮から出ることも。
鳳凰座の力。鷲座がタイミングを見計らって、仕掛けさせたのだろう。そして鴉座はその行動に気づいていた。だからこそ抵抗もせず、諦めるための勇気を己から集めていた。
陽炎は柘榴に抱き留められながらも、何とも言えない気持ちで、鴉座の宮を見やるが、鴉座はもう己に笑みは浮かべず、無表情で此方を見つめていた。
だがすぐに背を向けて、闇に紛れた。宮の中を闇にした。まるで、外の世界なんて見たくないとでも言いたげに。拒絶の表れのように。
(――……また、ほら、俺が助けられた)
――だが、拒絶は少しだけ失敗してしまった。
遠い昔、奴隷生活から助けてくれたように、鴉座は結果論で言うと人間不信から助けてくれた。
柘榴の力もあったけど、鴉座が何かをしてくれなかったら、周りの環境は動かず、自分はずっと夜闇を眺めていただろう、そう陽炎は解釈してしまったのだ。
他の方がいる、というのもまるで、人間とだけ関われと言われてるようで。
それは彼の長年培ってきた信頼故に、だった。何処かで吐かれた言葉を疑ってしまったのだ、感覚的に。
(愛さなければ良かったと言うなら、何で道具に頼りすぎるなと忠告するんだ? 優しい声でお前は懲り懲りだと言う? 何かに今にも縋りたいような声で――)
(なぁ、鴉座、お前は――――もう、いい。俺がお前たちを苦しめるなら、もう言わない。だけどな、一個懺悔させてくれよ)
「……時折、夜空を見て、お前が何処の星か勉強するよ。俺、まだお前が何処の位置の星座か覚えてないんだ。酷い奴だろ?」
陽炎は笑おうとしたがそこで意識がとぎれた。水への依存性からの暴走が、また始まったのだ。
だがもう水は、壊れて無くなったのだが――狂わせた歯車の一つは。
また治療生活の始まりだ。
暗闇の世界に行き、初めての光が柘榴だったように、自分は鴉座にとって光だったのだろうか、外の世界だったのだろうか。
外の世界の良い場面は、味わった。助けられてから、味わった。
あの時の世界は手放したくなかった。永遠に楽しいままでいられたらと思った。
――それを、鴉座は自分に感じているのだろうか、と陽炎はふと思うと、自分を映した鏡のように見えて、鴉座を見上げて笑った。
「お前は、ただの案内役じゃねぇよ。勘違いすんな、馬鹿」
「……――はい?」
「お前も、俺の夜空の一部じゃねぇか。俺の作る、俺の欲しがる夜空の一部じゃねぇか」
それは、端的に言うと、必要な存在だと言ってるようなことで。
自分の知る限りでは陽炎は寂しがり屋だが、そういう愛属性相手の星座には個人だけに必要だと口にしたことがなかった気がする。力とかそういうのではなく、存在を。
――何故、よりによって今言うのか鴉座には一瞬理解が出来なかったが、嗚呼気遣わせたのかと悟り、己の心に勇気と罪悪感を集中させて、手放すことを覚悟する。
鴉座はこんな酷い行為にまで発展したのに、まだ自分を気遣う陽炎に目を見開き、くすくすと笑ってから、貴方は馬鹿な人だ、と呟いた。
馬鹿だ馬鹿だと言わねば、何だか己が崩れそうで。ただでさえ惨めな気分なのに。それに何より、この人はそれを言わねば、きっと自分がどれほどお人好しな行為をしているのか気づくこともしないだろうから。無視される可能性も高いけれど、馬鹿だと口にしたかった。八つ当たりなのかも知れないが、それでも、どうか自覚して欲しかった。
(――貴方のそういう微妙な優しさを、あの黒玉の中からどんな主人も見てきたが触れたことも、感じたこともなかった。妖術は人をダメにさせる。その証拠が私たちなのだろう。ならばもうこれ以上妖術と関わらないで。貴方がシアワセになってくださるのならば、代表者として。貴方をダメにした最初の妖術として私は――)
鴉座は、困ったようにそれでもしょうがないなぁと言いたげに、軽く笑いかけた。
「……――同情ですか?」
その問いには陽炎は否定はできなかった。
鴉座は初めて陽炎相手に冷笑を浮かべて、彼の額に口づけてから、言葉を陽炎にだけささやきかける。
それは遠い昔からずっと優しく優しく自分を導いてくれた時のように、穏やかで落ち着いた声で。どんな声よりも安堵できる声。
瞳は狂おしい冷たさを感じるのに。
「貴方はね、学習しないと駄目ですよ。愛属性をつけあがらせると、どんどん調子に乗って独占したがるって。こんな場面で同情するなんて酷い方。いっそ何も言わず、手を振り払って私の手元から去ってくださったら。こんな醜い偽夜空、捨ててくださったら、貴方を一生憎んでいられたのに。どうして貴方へ負の気持ちを抱かせてはくれないのですか? 今のが残酷だし、この行為は八方美人だと自覚しなさい」
「……――鴉座」
「もうね、自由な貴方を捕らえるのは無理だって判りました。無理なことをして、貴方ではなく、また自分が傷つくのが怖い。臆病ですけれど。……貴方はもう星座は作る気はない。なら次に暴走したとき、誰が私を止められる? ……ねぇ私はもう外の世界には懲り懲りですよ。自分を見失うほどの感情なんていらなかった。こんな人間のような感情、欲しくなかった。貴方を、愛さなければよかった」
(――貴方がシアワセになるのなら、私は貴方との決別を選ぶ。皆への見せしめに。暴走するとこうなるのだと。……貴方に沢山の嘘を、最後までついてしまうのをお許しくださいな。だって、私は嘘つきですからね?)
「もう、お世話は致しませんよ。他の方がいますから」
鴉座が呟くが否や、陽炎を柘榴へ乱暴に投げて鴉座は一同に叫んだ。
「またその人が道具に頼りすぎたら、二度と帰ってこないと思え!」
その言葉を最後に、鴉座は宮の結界を解除され、別の力で封印された。陽炎が何か叫ぶ前に、鴉座はもう己を手放していた。
正確に言うと、鴉座の宮に封印されて、彼だけがもう表に出られなくなったのだ。その証拠を見せつけるように、鴉座が手を伸ばすと何か電流が彼の手で弾けて、陽炎に近づくのを許さない。宮から出ることも。
鳳凰座の力。鷲座がタイミングを見計らって、仕掛けさせたのだろう。そして鴉座はその行動に気づいていた。だからこそ抵抗もせず、諦めるための勇気を己から集めていた。
陽炎は柘榴に抱き留められながらも、何とも言えない気持ちで、鴉座の宮を見やるが、鴉座はもう己に笑みは浮かべず、無表情で此方を見つめていた。
だがすぐに背を向けて、闇に紛れた。宮の中を闇にした。まるで、外の世界なんて見たくないとでも言いたげに。拒絶の表れのように。
(――……また、ほら、俺が助けられた)
――だが、拒絶は少しだけ失敗してしまった。
遠い昔、奴隷生活から助けてくれたように、鴉座は結果論で言うと人間不信から助けてくれた。
柘榴の力もあったけど、鴉座が何かをしてくれなかったら、周りの環境は動かず、自分はずっと夜闇を眺めていただろう、そう陽炎は解釈してしまったのだ。
他の方がいる、というのもまるで、人間とだけ関われと言われてるようで。
それは彼の長年培ってきた信頼故に、だった。何処かで吐かれた言葉を疑ってしまったのだ、感覚的に。
(愛さなければ良かったと言うなら、何で道具に頼りすぎるなと忠告するんだ? 優しい声でお前は懲り懲りだと言う? 何かに今にも縋りたいような声で――)
(なぁ、鴉座、お前は――――もう、いい。俺がお前たちを苦しめるなら、もう言わない。だけどな、一個懺悔させてくれよ)
「……時折、夜空を見て、お前が何処の星か勉強するよ。俺、まだお前が何処の位置の星座か覚えてないんだ。酷い奴だろ?」
陽炎は笑おうとしたがそこで意識がとぎれた。水への依存性からの暴走が、また始まったのだ。
だがもう水は、壊れて無くなったのだが――狂わせた歯車の一つは。
また治療生活の始まりだ。
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