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第一部――第七章 人間なんて信じたいのに
第四十一話 裏切りの湯船
しおりを挟む「綺麗な別れ方をしようとするんですね、二人とも。お互い感情をさらけ出してもいいと思うんだけど」
鷲座は本を読んではいて文字を目では追ってはいるが、脳にはいるのは二人の会話だったようだ。
鷲座の言葉に二人は一瞬きょとんとしてから、少し苦笑を交わす。
「……わっしーってば、何言ってるの。おいらたちゃいい大人なの。感情をさらけ出すだけむなしいって判ってるんだよ」
「じゃあせめて、友情の握手とかそういう臭いのぐらいしてみては? 今読んでる本に丁度、綺麗な別れ方をしようとして堅い握手をしてるシーンがあります」
それを鷲座が教えると、陽炎と柘榴は視線を真正面からかちあわせて爆笑した。
それから互いを見やって、お互い柔らかな視線を向け合う。
「だって、なぁー? 俺ら、もうそんな形だけの友情じゃなくなったし?」
「れっきとした悪友になったかんね」
「それはそれは。じゃあ小生とこの方が養子縁組したときは保証人になってください、柘榴」
「真顔で言うなよ、鷲座」
「……思いを否定してはいけない、そう言ったでしょう、小生も柘榴も」
げんなりとする陽炎へ、鷲座は本を閉じて、判りづらい視線を向けて様子にため息をつく。
「じゃーどう反応すりゃいいんだよ! いやなもんは、いやなの! 俺ぁ、可愛い女の子と家庭を持ちたいわけ」
「その時はその時です。それにその頃にはプラネタリウムを捨ててるかも知れない」
鷲座の言葉は淡々としているが、嘘も励ましもないので、少し清々しい。
柘榴は苦笑して、それじゃまた明日、と部屋から出て行った。
部屋から出て行っても手をひらひらとふっていた陽炎は、手をおろし、少し経ってから一人くすりと笑った。
それに鷲座は少し驚いて改めて開いたばかりの本から目を離して、陽炎の方を向く。
陽炎の夜色の瞳が自分を映したので、少しどきりとしたがそれは無視してどうした? と問いかけてみると、陽炎は微笑んだまま答える。
「俺にも、まだ運が残っていた、本当に柘榴の言うとおり世界は暗闇だけじゃないんだなぁって思って」
「……囚人生活、奴隷生活、それをしてきた君だから、余計に世界を暗く感じていたのだろうね。人の人生は、一人一人、一本のドラマになっている。終わりのないドラマ。そのドラマは恋愛ドラマだったり、青春ドラマだったりする。君の場合は、暗いドラマだっただけ。暗いドラマにはハッピーエンドが待ってる。……そう言ったら、救われます?」
「救われるね、有難うよ」
陽炎が俯きながら笑うと、鷲座はこくりと頷いて、本へと視線を戻そうとした。
だが一瞬で眼をきらりと光らせて、陽炎を隠すように抱き寄せて、耳元で他の星座を呼び出すように命じた。
……――奴らが来たのだろうか。
だが来たのはこの屋敷に仕える人間で、鷲座は片眉をつり上げた。
安堵した陽炎は呼び出すのをやめて、ベッドにぼすんと横になろうとしたが、その人間にお風呂の時間ですと言われて、嗚呼、と頷き立ち上がる。
「んじゃ、風呂いってくる。あいつらの気配はないんだろ?」
「……――断言できないのだけれど。十分ごとに様子を見に行く」
「ばっか、風呂なんて三十分ありゃ足りる」
その陽炎の言葉に、気丈は完全に回復したのだなと鷲座は安心するも、何処か落ち着かない空気を、身に感じていた。
……柘榴を呼び戻すべきだろうか、そう迷ってる内に時間は過ぎていく。
*
体を洗って浴槽に浸かると、湯が体に染みて疲れを癒す。
はぁーっと息をついて、体を伸ばしたところで何だか変な感覚を覚えた陽炎。
ぐらりと目眩のような感覚を感じるが、意識ははっきりとしている。こんな短時間でのぼせるわけがないし、今湯船に浸かったばかりだ。
この水は。
普通のお湯ではない……色をしていた。何処か、透明の海のような少し青みがある色で。
入浴剤かなにかだろうと、そんなものを入れた経験が無い陽炎は、色だけでそう判断していたのだが……これはもしや。
(――水瓶座の水を沸かしたお湯?!)
慌てて出ようとしたが、普段ならば見張ってくれるはずの人間が自分を湯船に押さえつけていて、混乱する陽炎。
陽炎は一気に恐怖感が心を満たし、離せと大声でわめき、必死に暴れる。
「陽炎様、人を信じやすくなってしまったのですね。哀れな方」
鴉座の声が聞こえてびくりと震えた陽炎は、悪くない。責める人物は居ない。
彼は星座へ、屋敷の持ち主から売り渡されたのだから。
陽炎は慌てて混乱する頭を落ち着かせよう深呼吸するが、それが余計に悪い。
湯気はまだ水瓶の水の成分が入っている、湯気が鼻から口から入っていく。
いきなりの大量摂取に、陽炎は再び目眩がして、湯船に沈んで溺れそうになったがそれを見計らってか、鴉座が自分を救い出す。
「さぁ、陽炎様、参りましょう? 貴方の嫌いな人間の居ない、道具の世界へ」
もう、陽炎は何も言えなかった。
人間は、嫌い。
こうして、裏切るから。
それを見抜かれた気がしたが、もう信じるだけ傷つくからどうでもいいような気がして。
久しぶりに大量に摂取した水への乾きが、ただただ体内に宿っていた。
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