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第一部――第六章 朧月を閉じこめたプラネタリウムに、三人の勇者
第三十二話 愛しくて寂しい夢を見た
しおりを挟む長い間、夢を見ていた気がする。
それは酷く楽しくて、酷く寂しくて、酷く暗闇の中の夢。
黒い玉を拾うと、鴉の姿を一瞬した青年が現れて、自分に跪く。
そして、肩を少しふるわせながらも、何か何処か熱い感情の籠もった声で自分に有難うと感謝してくれた夢。
そして、夜空の美しさを初めて体験した夢――。
夜空にある星はあんなにも美しく、人などちっぽけな物で。
でも逆を言えば、ちっぽけな星もあるのだから、人と大差はない。ただ強く光って見えるか見えないか、というだけで――。
それに気づかずその時、人外に心を許してしまった瞬間だったなぁと陽炎はぼんやりと思っていたら、その人物が自分の名を呼んで、己を抱く腕に力をやんわりと込めていた。
「……触るなッ」
「我が愛しの君、そろそろ自我を崩せばいいのに、貴方は頑固ですね。普段は、対人関係には弱い癖に、あらがう事となると、自我を強くしなさる。何て不器用な方」
鴉座は頬をすり寄せて、陽炎を背後から抱きしめて揺り椅子に座って、少し揺れていた。
揺り椅子独特のリズムに体調が悪い陽炎は、少し気持ち悪くなる。
それでも意識を何とか保ち、此処は何処だろう、と陽炎はもう鴉座に構うのをやめて、辺りを見回してから、嗚呼そういえばこいつらに閉じこめられたんだっけと思い出して、人外を信頼していた自分に自嘲する。
それでも心の何処かでまだ人外でも、信じられる存在が居る。
大犬座、鳳凰座、冠座。
あの三人はずっと、外から声が聞こえていて、自分を解放するように強気でいた。
きっと攻撃力があったら、助けることも可能だったのだろう、と思いつつ、彼女たちを思って軽く微笑んでいると、頬に稲妻が走る。
何かと思えば、頬をただ強くひっぱたかれていただけで、胡乱な瞳で目の前を見上げると、ドメスティックバイオレンスの王様。
嗚呼、何だいつもの八つ当たりか、と陽炎は見下す。
「誰を思って笑っていた?」
「……――好きな女の子?」
相手を挑発するようにそう笑ってやると、今度は逆の頬を引っぱたかれて、前髪を捕まれて、顔をあげされられる。そして、焦点の合わない眼で相手の顔を間近に見せられる。
「人間との関わりにまだ未練があるか? 水は欲しくないのか?」
酷く優しい声色で問いかけられると、陽炎は反応する。死んでいた瞳が輝き、焦点があいだす。
それは優しい声色だったからではなく、水という言葉だろう。
死んだ目は生気を取り戻し、弱っていた目が強気を取り戻し蟹座を睨み付ける。
「……くれよ。水。早く、もうくれる時間なんだろ? くれないなら、奪う」
その言葉は自ら虜になると宣言しているようなものだと気づけないぐらいに、陽炎は思考能力が落ちてきている。否、正確には水に狂わされている。
それを確認すると、蟹座はそうか、と真っ白に笑い、鴉座に解放するように視線をやる。
鴉座は名残惜しそうに陽炎を立たせると、蟹座は前髪を引っ張ったまま少し揺り椅子に座る鴉座から離れさせて、腹を殴る。
腹を殴って、先ほど大量に飲ませた水を吐かせる。
成分だけ体の中に入ればいいことだ。なので多く成分を体に取り入らせるために、趣味と愛しさを兼ね備えて、腹を殴り続け、水を吐かせる。
嘔吐し続けると胃液しかもう出ない陽炎は、喉の焼ける痛みにぐぅと唸る。
その喉の焼け具合に歪んだ顔を見て、蟹座は理想の交際相手を見つけたように、恍惚として、更にもう一発あびせる。
そこで、無言で水瓶座の方へ連れて行き、水瓶座に投げ渡すように陽炎を預けた。
陽炎は水瓶座を見るなり、目の色を変えて、恋する者のようなとろんとした瞳をした。
その瞳を見て、水瓶座は満足して、心の中が満たされ、暖かくなる感覚を得た。
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