【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる

文字の大きさ
上 下
13 / 358
第一部――第二章 喧嘩なんざ買わねぇよ

第十二話 妖艶で無垢な美女に弱く

しおりを挟む
 百の痛み虫。
 それは常人には真似が出来ない。痛みがどれほどか、なんて想像ですら出来ないはず。
 同じような痛みでも痛み虫として体内に入れるために何回も同じような怪我を負ったこともある。病気だって、流行病だって――。
 痛み虫が体内に入らなければそれは、ただの怪我や病気とされて治る時間だってかかったり、下手したら命を落としていたりするのに。


 それなのにこの目の前の子供は想像しやすいと言い、そして自分の主は納得して笑った。

(どうしてお前にはプライドがないんだ。他の奴らとは劣っていると言われたようなものだぞ……――)

 後で腹をボコ殴りにしてやろうとうっすら想像しつつ笑みを浮かべて、少年に眼差しだけは睨み付ける形で問いかけた。
「だって、自分を見下げる奴って僕は嫌いなのです。名はつまらないとはいえ、腕は生き残ってるなら本物じゃないですか。……それなのに、他人に馬鹿にされても納得してしまうその誇りのなさに、むかついてしまったんですよ。貴公の作戦ですか?」

 少年は、だって僕と喧嘩するつもりだったでしょう、と続けてくすくすと笑う。
 蟹座は少年の言葉に全くだと心の中で頷きながらも、陽炎としてはそこで別の言葉を言っておかなくては矛盾してしまうので思ってもないことを言ってみる。

「そう、わざとだ。でなくば、自分を卑下することはしまい?」
「……――なぁんだ、そうだったんですか。つまらないの、案外貴公と喧嘩してみるの楽しそうだったのに」
 視線だけで何故だと問うてみる。先ほどは興味の欠片すらもなかったようだったのに。
 そうすると少年は、武器の切っ先を己に向けず天に向けて見せてみる。
 よく見ると曲がっている。それも、己の手は刃の切る部分には触れずにいたので、手が切れていることはない。

「人のなせる技ではない。腕前は、流石百の痛み虫ですね。それともそれは痛み虫が治したのですか?」
「知らん。気分が悪い、さっさと去れ。貴族のお前ならば、金を出せばどんな上等な鍛冶でもやってくれる奴がいるだろう? 此処は金のない奴が来る場所――痛いッ! おかみ、何をする!!」

 文句あるなら来るんじゃないよっと店主の嫁は、恐ろしいことに機嫌の悪い蟹座の頭を殴って掃除に戻った。
 ここで一般人を殺すのは、陽炎とは違う行動なので出来やしないし、陽炎の武器を一層美しく研いでくれる店なので、蟹座は不承不承許してやることにした。

「……とにかく、何処か別の所へ行ってくれ。オレは此処に用事がある」
「此処を贔屓にしているのは、貴公だけではないんですよ。僕は武器を引き取りに来たんです」
「ままごと武芸か?」
「そのままごと武芸に、喧嘩売ろうとしたくせに。話せば話すほど、貴公は腹が立つね。卑下するかと思えば今度は高慢。その癖にそれなりに見合った腕前。……殺し屋に頼んで貴公を殺して貰おうか」
「オレを殺せる奴がいるとでも?」
 はっと鼻で笑って蟹座は、今のが素の自分だったことに気づくがやってしまったものは仕方がないので、もう煽り続けようと覚悟した。
 どうせ、どの刺客が来ても自分が殺してしまえばいいのだ。
 それに仮にも認めては居ないとはいえ、主人を侮辱した罪は死で購って貰おうかという、恐ろしい思考が軽くあったりした。

「じゃあ、フルーティに頼んでみようかしら」
「……ッそ、そいつは駄目だ。そいつ以外、そいつ以上を頼む」
「何故?」
 予想外の刺客に思わず蟹座は眼をゆっくりと開き、狼狽える。
 まさか、それで星座が出来ちゃうから、など言えまい。それに信じても貰えないだろう。信じて貰えたとしてもプラネタリウムを欲しがられてしまうかもしれない。貴族というのはそういう厄介なのに興味津々だからだ。
 ところが少年はフルーティを恐れているからかと思ったからか、その人物に決めたようだ。

「いつも狙わせてあげるから、明日から期待してくださいね。それでは、さようなら、百の痛み虫」
 少年は笑みを浮かべて、さっさと去ってしまった。
 嗚呼、墓穴を掘ってしまった。すぐさま自分は陽炎の体から離れて、具現化する。
 そして項垂れてため息をつく。
 そんな彼を目の前に、寝ぼけ眼で頭をふって、陽炎はどうした、と問いかけると同時に蟹座からドメスティックバイオレンスを受けた。

「貴様が余計な事をやるから――ッ!!」
「痛い痛い痛い!! やめっ、ぐぅ!! な、何だよ、何が起きたんだよ?!」
「……明日から、果物が刺客でやってくる。さっきのガキに依頼されてな」
「おお、マジで? って、痛いー! げふっ!」
「喜ぶな、この軟弱! 折角人がお前の身にわざわざ乗り移ってやって危機を回避してやろうとしたのに、このくそガキがッ!」
「ちょっと、どうしたの! 喧嘩なら外でやってくれないかい!?」
「了解した」
「え、ちょっと待って、何でお前、俺以外には忠実なんだよ――ッ!!」


 蟹座は店のおかみに言われると、陽炎を脇腹に抱えて、暴れたら流行病を持ってくると言いつけて陽炎を大人しくさせる。
 流行病は以前、一つだけ体験して痛み虫を手に入れたがあの時は本当に辛くて死ぬかと思ったから、出来れば流行病は避けたいのだ。
 蟹座は路地裏に陽炎を連れて行き、腹を中心的にボコ殴りをして楽しんだ。
 笑い声と、反比例して己の鈍く殴られる音は響かない。壁などにぶつけられなければ、早々目立つことはない。ただの喧嘩で、例え通りすがりが見たとしても済まされる。

(こいつ、いい加減にしろ――ッ)
 そうしているうちに、鳳凰座を召喚してひとまず対蟹座避けをした。

「あ、蟹座様……」
「何だ、鳳凰。オレは今忙しい。こいつを躾けて居るんだ」
「躾けている……? あの、でも陽炎様はご主人様で――」
「五月蠅い。お前もオレに殴られたいか?」
 蟹座は暴力行為に溺れていたからか酷く興奮していて瞳孔が開いていた。
 そんな興奮状態だからこそ、自分でもうっかりとした言葉を鳳凰座にかけてしまった。
 かけられた言葉に鳳凰はきょとんとした後に、うっすらと濃艶に微笑んで、頷いた。少し頬を赤くして。
「……はい、蟹座様からの痛みなら喜んでお受けいたします」
「――お前ッ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─

藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。 そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!? あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが… 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊 喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者 ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』 ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫 〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜 Rシーンは※をつけときます。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?

きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...