7 / 358
第一部――第一章 ただ星空がいつでも見たいだけ
第六話 ひどく美しく逆恨み体質の男
しおりを挟む
「人の血は、美徳だ」
「お前の美徳はどうでもいい、何だよ、情報って」
「……あの店で、赤蜘蛛と呼ばれる者がずっとお前を見ていたから、殺そうと思ったがやめた。騒動はあの店では起こしてはいけないのだろう?」
「は?!」
どういうことだと問われる前に、蟹座は血をもう少し掬って、また口へと運んだ。
血がまるで、栄養摂取のためのもののように。
念のために言っておくが、蟹座は吸血鬼ではない。だが彼にとって、この行為は鴉座が陽炎を口説く台詞の代わりのようなものなのだ。
蟹座は、何の手違いか愛属性で生まれたのだから。スプーンに写る景色や人の顔よりも歪みきった愛属性なのだから。
「もう少し血を見せるのなら、情報をもっと与えてもいいぞ? 嗚呼、それとも別のものがいいか?」
血を見せるイコール暴力行為の合意。却下だ、そんなのは。陽炎は即座に思った。
蟹座の言う別のものは何か考えるだけで悪寒がするので、考えないとして、くらくらする頭を押さえながらも、陽炎はどう文句を言おうか考え込んでから、鋭利な眼で蟹座を睨み付ける。
それは己が主人であるぞと言わんばかりの眼光で、その強い眼差しが気に入らない蟹座は、眼を半目にしてただでさえ痛みのある頭の出血部分を、撫でる程度の力で殴った。
蟹座の力は星座の中で攻撃力をあげるものと言われるのも頷けるぐらい、人以上の力がデコピンだけでも自然と込めずともある。
そんな力で殴られて飛ぶと、後ろは壁。また後頭部に出血を負った。これで、彼の望みは叶えられてしまったわけだ。だから、望みが叶った蟹座は、それがさも当然なことであるようにフンと鼻で嘲笑っていた。
躾をちゃんとしないと、と思いながらも、陽炎は痛み虫で早く痛みが治って、まともな思考回路を得られることを願いつつ、蟹座の言葉を耳にする。
「あの不吉の玉を見ていたぞ。奪われないように、大事にするんだな。奪われれば、鴉座の言うとおり、甘ったれで寂しがりなお前はまた一人だ。それも、何も力のない非力な男だ。誰に隠そうがオレには判る、お前は所詮一人になりたくないから手にしているのだと」
「……――てめえッ」
その言葉には、頭の二つの傷よりも痛みが走った、心へ。
(嗚呼、こいつ――どうして、心に痛み虫を作らせようと。星座では痛み虫は作れないと知っているのに、痛みを与えるんだ)
そんな思考、知らんとでも言いたげに蟹座は自分の言いたいことを言って、主人をいたぶる、言葉で。
「非力な男になったら、誰も見向きはせん。嗚呼、でも敵として出会ったときはオレが可愛がってやろう。お前の血は、誰よりも見ていて楽しい。オレだけは覚えてやろう」
「……このサド全開変態ホモ。それって敵に回ったら殺したいって言ってるんだよな?」
「言葉は選べ。オレはお前から生まれたが、お前を主人としてなど見とらん。……ただの愛玩動物だ。お前に自由を与えてるだけでも有難く思え。そこまで愛しい動物をどうして殺したいだなんて言える? オレはただお前の血と青い痣が見たいだけだ。紫色でも黒い痣でもいいがな」
そう蟹座は真顔で言った後、後頭部の傷を触り、傷口を確かめてから、傷口を抉るようになぞり、痛みに反応した陽炎を見て純真な笑みを浮かべる。
無邪気な子供のような笑み。似合わない。果てしなく似合わない。
その笑みは彼にはとても不釣り合いで、彼を知ってる者が見たら青ざめるような。事実、陽炎は、こんな状況なのに、笑顔怖ッ!! と口走り、向こうへ行けと蹴ろうとする。
その様を眺めてから、蟹座はその笑みのまま言葉を残し、消えた。
「お前が何の痛み虫を得るかは、オレが決める。精神的にも肉体的にも死にたくなければ、果物よりも、赤蜘蛛の周囲を優先するんだな」
夜の道に、血の臭いを漂わせたまま、少しの間、陽炎はその場に座り込んだ。
一気に安堵感と震えが訪れて、少し罵る余裕が出来た陽炎は、蟹座の消えた夜空へ声を静かに押し殺しながらも、怒りを露わにする。
「この、ドメスティックバイオレンスが……何であんなのが愛属性なんだよっ! 俺の周り、変態ばかりか!」
でもきっと、忠実だったら忠実で怖いだろうと諦めながらも、陽炎は水瓶座を召喚する。
美しい銀髪に、長い睫。唇は潤んでいてそれが何か化粧をしたものじゃないから、驚きだ。瞳は大きく、そして何処かとろんとしている中性的な愛らしい瞳。その瞳も、髪と同じ銀色で、純銀のアクセサリーを思い出して、磨かないと錆びるだろうか、と不安になる程美しい瞳。
鴉座が闇ならば、この女性のような男性のような星座は、月だろうか。
神が例えばこの世にいたとして。最高の芸術品を人間の姿で作ろうとしたら、彼になった。そんな気がする、と思いながら水瓶座にへらりと笑いかけてみた。
水瓶座は美しく白い肌を青ざめさせて、己の手の内にある水瓶を斜めに傾けて、頭っから水を被せる。それは少し勢いがいいが、呼吸が出来る程度に。
水はとめどなく、でもこの水には癒しの成分がたっぷりと含まれているので、心地良い。
「陽炎様……ッ、どうして蟹座なんか……ッあれですか、やっぱり美形だからですか!? 美形は皆死ねば良いんだ…!! 美形だから性格悪いんだッ」
己の容姿に酷く自信の無い逆恨み体質の美形はそんなことを口走る。
(それなら、お前も性格悪い奴ってこと決定な――)
水を被るのを止めさせて、それから水の寒さに震えながら、陽炎は水瓶座に笑いかける。
ネガティブ思考が相変わらずだなぁと、思わず笑みが漏れた。
「お前の美徳はどうでもいい、何だよ、情報って」
「……あの店で、赤蜘蛛と呼ばれる者がずっとお前を見ていたから、殺そうと思ったがやめた。騒動はあの店では起こしてはいけないのだろう?」
「は?!」
どういうことだと問われる前に、蟹座は血をもう少し掬って、また口へと運んだ。
血がまるで、栄養摂取のためのもののように。
念のために言っておくが、蟹座は吸血鬼ではない。だが彼にとって、この行為は鴉座が陽炎を口説く台詞の代わりのようなものなのだ。
蟹座は、何の手違いか愛属性で生まれたのだから。スプーンに写る景色や人の顔よりも歪みきった愛属性なのだから。
「もう少し血を見せるのなら、情報をもっと与えてもいいぞ? 嗚呼、それとも別のものがいいか?」
血を見せるイコール暴力行為の合意。却下だ、そんなのは。陽炎は即座に思った。
蟹座の言う別のものは何か考えるだけで悪寒がするので、考えないとして、くらくらする頭を押さえながらも、陽炎はどう文句を言おうか考え込んでから、鋭利な眼で蟹座を睨み付ける。
それは己が主人であるぞと言わんばかりの眼光で、その強い眼差しが気に入らない蟹座は、眼を半目にしてただでさえ痛みのある頭の出血部分を、撫でる程度の力で殴った。
蟹座の力は星座の中で攻撃力をあげるものと言われるのも頷けるぐらい、人以上の力がデコピンだけでも自然と込めずともある。
そんな力で殴られて飛ぶと、後ろは壁。また後頭部に出血を負った。これで、彼の望みは叶えられてしまったわけだ。だから、望みが叶った蟹座は、それがさも当然なことであるようにフンと鼻で嘲笑っていた。
躾をちゃんとしないと、と思いながらも、陽炎は痛み虫で早く痛みが治って、まともな思考回路を得られることを願いつつ、蟹座の言葉を耳にする。
「あの不吉の玉を見ていたぞ。奪われないように、大事にするんだな。奪われれば、鴉座の言うとおり、甘ったれで寂しがりなお前はまた一人だ。それも、何も力のない非力な男だ。誰に隠そうがオレには判る、お前は所詮一人になりたくないから手にしているのだと」
「……――てめえッ」
その言葉には、頭の二つの傷よりも痛みが走った、心へ。
(嗚呼、こいつ――どうして、心に痛み虫を作らせようと。星座では痛み虫は作れないと知っているのに、痛みを与えるんだ)
そんな思考、知らんとでも言いたげに蟹座は自分の言いたいことを言って、主人をいたぶる、言葉で。
「非力な男になったら、誰も見向きはせん。嗚呼、でも敵として出会ったときはオレが可愛がってやろう。お前の血は、誰よりも見ていて楽しい。オレだけは覚えてやろう」
「……このサド全開変態ホモ。それって敵に回ったら殺したいって言ってるんだよな?」
「言葉は選べ。オレはお前から生まれたが、お前を主人としてなど見とらん。……ただの愛玩動物だ。お前に自由を与えてるだけでも有難く思え。そこまで愛しい動物をどうして殺したいだなんて言える? オレはただお前の血と青い痣が見たいだけだ。紫色でも黒い痣でもいいがな」
そう蟹座は真顔で言った後、後頭部の傷を触り、傷口を確かめてから、傷口を抉るようになぞり、痛みに反応した陽炎を見て純真な笑みを浮かべる。
無邪気な子供のような笑み。似合わない。果てしなく似合わない。
その笑みは彼にはとても不釣り合いで、彼を知ってる者が見たら青ざめるような。事実、陽炎は、こんな状況なのに、笑顔怖ッ!! と口走り、向こうへ行けと蹴ろうとする。
その様を眺めてから、蟹座はその笑みのまま言葉を残し、消えた。
「お前が何の痛み虫を得るかは、オレが決める。精神的にも肉体的にも死にたくなければ、果物よりも、赤蜘蛛の周囲を優先するんだな」
夜の道に、血の臭いを漂わせたまま、少しの間、陽炎はその場に座り込んだ。
一気に安堵感と震えが訪れて、少し罵る余裕が出来た陽炎は、蟹座の消えた夜空へ声を静かに押し殺しながらも、怒りを露わにする。
「この、ドメスティックバイオレンスが……何であんなのが愛属性なんだよっ! 俺の周り、変態ばかりか!」
でもきっと、忠実だったら忠実で怖いだろうと諦めながらも、陽炎は水瓶座を召喚する。
美しい銀髪に、長い睫。唇は潤んでいてそれが何か化粧をしたものじゃないから、驚きだ。瞳は大きく、そして何処かとろんとしている中性的な愛らしい瞳。その瞳も、髪と同じ銀色で、純銀のアクセサリーを思い出して、磨かないと錆びるだろうか、と不安になる程美しい瞳。
鴉座が闇ならば、この女性のような男性のような星座は、月だろうか。
神が例えばこの世にいたとして。最高の芸術品を人間の姿で作ろうとしたら、彼になった。そんな気がする、と思いながら水瓶座にへらりと笑いかけてみた。
水瓶座は美しく白い肌を青ざめさせて、己の手の内にある水瓶を斜めに傾けて、頭っから水を被せる。それは少し勢いがいいが、呼吸が出来る程度に。
水はとめどなく、でもこの水には癒しの成分がたっぷりと含まれているので、心地良い。
「陽炎様……ッ、どうして蟹座なんか……ッあれですか、やっぱり美形だからですか!? 美形は皆死ねば良いんだ…!! 美形だから性格悪いんだッ」
己の容姿に酷く自信の無い逆恨み体質の美形はそんなことを口走る。
(それなら、お前も性格悪い奴ってこと決定な――)
水を被るのを止めさせて、それから水の寒さに震えながら、陽炎は水瓶座に笑いかける。
ネガティブ思考が相変わらずだなぁと、思わず笑みが漏れた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!
N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い
拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。
Special thanks
illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560)
※独自設定です。
※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。
超絶美麗な美丈夫のグリンプス ─見るだけで推定一億円の男娼でしたが、五倍の金を払ったら溺愛されて逃げられません─
藜-LAI-
BL
ヤスナの国に住む造り酒屋の三男坊で放蕩者のシグレは、友人からある日、なんでもその姿を見るだけで一億円に相当する『一千万ゼラ』が必要だという、昔話に準えて『一目千両』と呼ばれる高級娼婦の噂を聞く。
そんな中、シグレの元に想定外の莫大な遺産が入り込んだことで、『一目千両』を拝んでやろうと高級娼館〈マグノリア〉に乗り込んだシグレだったが、一瞬だけ相見えた『一目千両』ことビャクは、いけ好かない高慢ちきな美貌のオトコだった!?
あまりの態度の悪さに、なんとかして見る以外のことをさせようと、シグレは破格の『五千万ゼラ』を用意して再び〈マグノリア〉に乗り込んだのだが…
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
シグレ(26) 造り酒屋〈龍海酒造〉の三男坊
喧嘩と玄人遊びが大好きな放蕩者
ビャク(30〜32?) 高級娼館〈マグノリア〉の『一目千両』
ヤスナでは見かけない金髪と翠眼を持つ美丈夫
〜・Å・∀・Д・ω・〜・Å・∀・Д・ω・〜
Rシーンは※をつけときます。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。

どこにでもある話と思ったら、まさか?
きりか
BL
ストロベリームーンとニュースで言われた月夜の晩に、リストラ対象になった俺は、アルコールによって現実逃避をし、異世界転生らしきこととなったが、あまりにありきたりな展開に笑いがこみ上げてきたところ、イケメンが2人現れて…。

あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる