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始まり
第一話 夜空からの貰い物
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――もしも世界で一人。
――そう感じることがあるのなら、夜空を見上げてみろよ。この星の数ほど、人間は居るっていう話を聞く。だから、世界で誰も一人になんかさせちゃくれねぇよ。
少年は幼い頃に拾ってくれた盗賊の言葉を思い出す。
その盗賊が今はどうしているか、一人の時に捕まってその後収容所に入れられた自分のことを心配してくれていたか、までは知らない。
盗賊がどうなっているかなんてどうやっても得られる方法は一つしかないのだ。
――捕まって処刑されること。人々に噂されること。
だが、少年は彼らが捕まったと聞いた覚えもないし、聞きたくもない。
……仮に報じられていたとしても、知る術はない。
現状は噂をするような人々と接触する機会はなく、接触しても自分に話し掛ける者は用事がある言葉しか言わず。あるいは、自分をけ落とすために罠を張った言葉、それか自分を落ち込ませたり貶す言葉だけ。
――少年は、刑期を終えた後、人さらいに捕まり、奴隷市場で一番安い価格で売られていた。そしてその安さ故にか、それとも偶然だったからか奴隷達がポイント制で扱いを競うお屋敷に買われて、他の奴隷仲間を見つけた。
同胞かと最初は心許していたが、奴隷達は皆をけ落として自分の扱いをもっとよくして貰うために――例えば、寝るのに毛布を貰うため、だとかの理由で――色々と画策している場所で、少年はその人間関係にうんざりとしていた。
かといって、逃げ出すにはあまりに屋敷は広い。その言葉を聞くだけでも幼子が泣き出すという、妖術と呼ばれる人道から外れた術でもって、何故か奴隷の寝床範囲外から出て行くとすぐに警報で知れ渡り、捕まることも多い。それを利用してか、その寝床範囲外から追い出されて、罰を受けたこともあった。
(――これなら、まだ収容所の方がマシだったよなぁ)
その時はグループには分かれてはいたが、友達が居たし、名を持たぬ自分に名付けてくれた親友も居た。
少年はふと、その親友を思い出し、劉桜(るおう)と呟く。
(――劉桜、悪い。どじって、捕まって売り飛ばされて、名前捨てられたよ)
少年は、ただの奴隷だったり、番号だけだった。ただし、それは昨日までの話。
屋敷の主人の客人に見初められて、今宵その客人の相手をするために、肉奴隷としての名を貰ってしまった。
その名を覚えては居ない。
覚えてしまったら、それこそ本当に、その親友がくれた名前を捨てたことになるから。
今、少年は屋敷の奴隷の寝床範囲より外にある、屋敷の庭に居る。
その客が来るまでは、庭で最後の自由を味わっていて良いと言われたから、少年は嗚呼もう外に出すことを客は所望していなくて、二度と出られないのだろうと感じた。
少年は薄い夜空を見上げて、盗賊の言葉を思い出す。
――こんなに人がいるのは判った。
――だけど、皆、酷い奴ばかりだ。劉桜のような奴は、ああいう光の強い人。
――そうきっと、この夜空のように少ないから、もうそんな人と出会うことはないのだろう。
――夜空は、一人だと益々痛感しちまうよ。
――夜空は、寂しいよ。
少年は庭で、寝っ転がって最後に地面の匂いを嗅いでおこうと、良い場所を探していた。
きっとつかの間の自由の後は、小綺麗に、されど安っぽい化粧を毎日して、客のご機嫌伺いをさせられるのだろうから。
少年は夜空を見上げて歩いていた。が、何かが足にあたり、ふと首を傾げて、それを拾う。
――その瞬間、自分の体の何かがそれに集められるのを感じた。脈が五月蠅く、そして熱く一点に集中する。
それは己の指先に。
頭から首を伝い、指へ。足から胴体を伝い指へ。腕から指へ。何かが体の何かが蠢くような感覚。
指先から熱く五月蠅い脈が消えていき、変な脱力感を感じては、またも脈が指先に集まる。
段々とそれは体力も消耗させられるものだったようで、妖術だと悟り、少年が怯えそれを手放したときだった。
――闇が、現れた。
――夜の塊から、闇が現れた。
――闇は辺りをぼんやりと見たかと思えば、きょろきょろとして、それから己を見て……俯き、肩をふるわせて、声を抑えた。
――闇は、こともあろうか奴隷である己に膝をつき、押さえつけた声で有難う御座いますと礼を告げた。
――その闇が、その時押さえつけた声だったというのは、泣いていたからだと後に判った。
――闇は、己の手を取り、それから、己の顔を見て、少しの間無言となったが、すぐにそれは微笑へと変わり、自分を安堵させた。
――闇は、少しのやりとりをした後、参りましょうと、黒い翼を現した、背中に。
少年は闇に抱えられながら、盗賊の言葉を思い出す。
――世界で誰も一人になんかさせちゃくれねぇよ。
(――確かに一人にはさせてくれなさそうな、感じがする。人じゃなさそうだけど、助けてくれるみたいだし。それに、こいつ――)
「で、お前、誰なの?」
「私は、鴉座。偽物の夜空を飛ぶ、偽物星座ですよ」
「……偽物? 本物じゃねぇの?」
「貴方が望むのならば、私は偽物でも本物と名乗りましょう。私は貴方のためとあらば、嘘は沢山つけます」
「……――じゃあ、本物さん。お前、あの夜空の何処にいるんだ?」
「それはね、あそこの星とあそこと……嗚呼、判りませんか? 今はまだ判らなくて良いです、貴方は今は子供ですから。ですが、大きくなったら私が何処で貴方を見守っているか、覚えてくださいね、私だけ貴方を見つめているのは不平等ですから。愛しき我が君――」
(こいつ、その一人にさせないっていう夜空の一部だから、他の強い光にも出会わせてくれるだろう?――)
――そう感じることがあるのなら、夜空を見上げてみろよ。この星の数ほど、人間は居るっていう話を聞く。だから、世界で誰も一人になんかさせちゃくれねぇよ。
少年は幼い頃に拾ってくれた盗賊の言葉を思い出す。
その盗賊が今はどうしているか、一人の時に捕まってその後収容所に入れられた自分のことを心配してくれていたか、までは知らない。
盗賊がどうなっているかなんてどうやっても得られる方法は一つしかないのだ。
――捕まって処刑されること。人々に噂されること。
だが、少年は彼らが捕まったと聞いた覚えもないし、聞きたくもない。
……仮に報じられていたとしても、知る術はない。
現状は噂をするような人々と接触する機会はなく、接触しても自分に話し掛ける者は用事がある言葉しか言わず。あるいは、自分をけ落とすために罠を張った言葉、それか自分を落ち込ませたり貶す言葉だけ。
――少年は、刑期を終えた後、人さらいに捕まり、奴隷市場で一番安い価格で売られていた。そしてその安さ故にか、それとも偶然だったからか奴隷達がポイント制で扱いを競うお屋敷に買われて、他の奴隷仲間を見つけた。
同胞かと最初は心許していたが、奴隷達は皆をけ落として自分の扱いをもっとよくして貰うために――例えば、寝るのに毛布を貰うため、だとかの理由で――色々と画策している場所で、少年はその人間関係にうんざりとしていた。
かといって、逃げ出すにはあまりに屋敷は広い。その言葉を聞くだけでも幼子が泣き出すという、妖術と呼ばれる人道から外れた術でもって、何故か奴隷の寝床範囲外から出て行くとすぐに警報で知れ渡り、捕まることも多い。それを利用してか、その寝床範囲外から追い出されて、罰を受けたこともあった。
(――これなら、まだ収容所の方がマシだったよなぁ)
その時はグループには分かれてはいたが、友達が居たし、名を持たぬ自分に名付けてくれた親友も居た。
少年はふと、その親友を思い出し、劉桜(るおう)と呟く。
(――劉桜、悪い。どじって、捕まって売り飛ばされて、名前捨てられたよ)
少年は、ただの奴隷だったり、番号だけだった。ただし、それは昨日までの話。
屋敷の主人の客人に見初められて、今宵その客人の相手をするために、肉奴隷としての名を貰ってしまった。
その名を覚えては居ない。
覚えてしまったら、それこそ本当に、その親友がくれた名前を捨てたことになるから。
今、少年は屋敷の奴隷の寝床範囲より外にある、屋敷の庭に居る。
その客が来るまでは、庭で最後の自由を味わっていて良いと言われたから、少年は嗚呼もう外に出すことを客は所望していなくて、二度と出られないのだろうと感じた。
少年は薄い夜空を見上げて、盗賊の言葉を思い出す。
――こんなに人がいるのは判った。
――だけど、皆、酷い奴ばかりだ。劉桜のような奴は、ああいう光の強い人。
――そうきっと、この夜空のように少ないから、もうそんな人と出会うことはないのだろう。
――夜空は、一人だと益々痛感しちまうよ。
――夜空は、寂しいよ。
少年は庭で、寝っ転がって最後に地面の匂いを嗅いでおこうと、良い場所を探していた。
きっとつかの間の自由の後は、小綺麗に、されど安っぽい化粧を毎日して、客のご機嫌伺いをさせられるのだろうから。
少年は夜空を見上げて歩いていた。が、何かが足にあたり、ふと首を傾げて、それを拾う。
――その瞬間、自分の体の何かがそれに集められるのを感じた。脈が五月蠅く、そして熱く一点に集中する。
それは己の指先に。
頭から首を伝い、指へ。足から胴体を伝い指へ。腕から指へ。何かが体の何かが蠢くような感覚。
指先から熱く五月蠅い脈が消えていき、変な脱力感を感じては、またも脈が指先に集まる。
段々とそれは体力も消耗させられるものだったようで、妖術だと悟り、少年が怯えそれを手放したときだった。
――闇が、現れた。
――夜の塊から、闇が現れた。
――闇は辺りをぼんやりと見たかと思えば、きょろきょろとして、それから己を見て……俯き、肩をふるわせて、声を抑えた。
――闇は、こともあろうか奴隷である己に膝をつき、押さえつけた声で有難う御座いますと礼を告げた。
――その闇が、その時押さえつけた声だったというのは、泣いていたからだと後に判った。
――闇は、己の手を取り、それから、己の顔を見て、少しの間無言となったが、すぐにそれは微笑へと変わり、自分を安堵させた。
――闇は、少しのやりとりをした後、参りましょうと、黒い翼を現した、背中に。
少年は闇に抱えられながら、盗賊の言葉を思い出す。
――世界で誰も一人になんかさせちゃくれねぇよ。
(――確かに一人にはさせてくれなさそうな、感じがする。人じゃなさそうだけど、助けてくれるみたいだし。それに、こいつ――)
「で、お前、誰なの?」
「私は、鴉座。偽物の夜空を飛ぶ、偽物星座ですよ」
「……偽物? 本物じゃねぇの?」
「貴方が望むのならば、私は偽物でも本物と名乗りましょう。私は貴方のためとあらば、嘘は沢山つけます」
「……――じゃあ、本物さん。お前、あの夜空の何処にいるんだ?」
「それはね、あそこの星とあそこと……嗚呼、判りませんか? 今はまだ判らなくて良いです、貴方は今は子供ですから。ですが、大きくなったら私が何処で貴方を見守っているか、覚えてくださいね、私だけ貴方を見つめているのは不平等ですから。愛しき我が君――」
(こいつ、その一人にさせないっていう夜空の一部だから、他の強い光にも出会わせてくれるだろう?――)
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