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第八話 すねる兄さんには勝てない! (完)

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 *


 兄さんを追うのはやめようと思い、自宅でピアスも外していたら、三週間で孔は塞ぎかかる。
 あっという間に簡単だね、今までの出来事を消すなんて。
 僕はマッチングアプリに登録し、他の人を経験しようと思った。
 でもどの人も待ち合わせ場所には来なくて。待ちぼうけで毎回終わっていた。
 そんなに僕、もてないのかな。兄さんがあんなに色香あるなら、僕だってあってもいいのに。

 マッチングアプリで四件目、やっと気の合う落ち着いた人だと思って、話し込むとその人は最初からホテルに行きたがる。
 トークルームで、ホテルの話をたくさんするから、僕もさすがに怖くなったけれど。
 でもあの日の兄さんを見てからすべてがどうでもよくなった。

「いいよ、えっちしますか」

 返事は5分で速攻できた。
 待ち合わせの手はずや段取りが書いてあって。
 きついコマンドをたくさんしたいと書いてあったので、お好きにどうぞ、と書いた。

 待ち合わせはホテルそのものにすれば、さすがに誰も来ないなんてないだろうと思って、ホテルの一室で待ってみれば――ノック音がして、入ってきたのは兄さんだった。

「どうして」
「今までの奴ら、全部俺が片して。今回は俺が相手だった、それだけだ」
「どうして……そんな邪魔するんですか!」
「邪魔? お前、俺のSubだろ。俺だけの、Subだろ」

 びりっとしたグレアが放たれる。
 僕を威圧するように怒っている。
 兄さんは僕に深い口づけをするなり、ベッドまで服を脱がし、ベッドに放り込まれた。

「章吾。今日は許さねえからな」
「……兄さん……」
「なんでこんなことした、いえ。Say」
「……貴方が体を売っていると知ったから。僕も同じことすれば、わかるかなって」
「馬鹿なことしなくていい、俺はお前の」
「貴方を犠牲にしたくない。貴方がそんなことするくらいなら、大学なんて行かなくて良い。元からたいした夢があるわけじゃないんです」
「……違うだろ。お前は、あの大学に行くことそのものが夢だろ? 行った先のことはあとのことだ、また考えれば良い」
「兄さん……」
「present」
「……兄さん」
「駄目だ、お前から触るな。俺から与えるもの以外受け取るな。present、章吾。お前の全部だ、全部出せ」

 兄さんの言葉に、僕は羞恥心でいっぱいになりながら、自ら体を晒していき。
 兄さんと目が合った瞬間、分かった。

 ――今日が喰われる日だ、と。


 *


 最中の兄さんはひたすらしつこかったし、ひたすら意地悪だった。
 喉がかれて腰ががたがたで、ベッドの上で僕はぼんやりとしていた。
 初恋って誰かがつらいものだといっていたけれど、甘さはちょっとくらい欲しい。
 兄さんは僕を姫抱きで風呂に連れて行き、一緒に入る。

「なんだか僕はペットみたいですね」
「……どうしてだ」
「気が向いたときにだけ可愛がられる、愛玩動物みたいじゃないですか」
「章吾。一つ勘違いしている。もっと……ちゃんとしたときに、言いたかったが。俺はお前が好きだよ」
「……嘘だ」
「そう思いたいならそれでもいい。俺は絵を描いていたら、そのうちみんな遠巻きにみはじめたんだ。自分にはなれない、自分とは違うって」
「……それが描かなくなった理由ですか?」
「美しいものがわからなくなったんだ。分からなくなっていったら、賞は取れなくなる。そうしたらみんな戻ってくる。そばにくる。それでいいんだと、思った」
「……どうして」
「孤独はさみしい。でも、お前だけは最初から最後まで変わらない。いる距離は変わっても、目の色は、変わらないし。お前が俺だけのSubなのも変わらない」

 兄さんはお湯をすくい上げ、湯船の中で顔をばしゃばしゃと洗った。
 しぶきがこちらに飛び散るので、少し目をつむると、兄さんは僕の顔をその間に両手で挟んでいじめたおす。

「いたいです!」
「なのに。お前まで。離れようとする」
「兄さんが頑固だからですよ!」
「好きな男に貢ぐくらい、許してくれよ。俺尽くす方だもん」

 ぷーっと膨れた兄さんはどこか可愛らしくすねている。
 僕は少しだけ可笑しくて、吹き出してしまうとますますすねる。

「俺はお前が変わらないのだけが、救いだった。だから、夢を応援したかった」
「だからって体まで売るなんて!」
「ああ。あれ。嘘だよ。阿佐ヶ谷さんDomだから俺だと発散できなくて。Dom同士のあるある悩みを話していたんだ」
「兄さんは他の人にはSubでしょう?」
「そう。だから、お前の惚気聞いて貰ってた」
「……ッ~~~~!!!」
「惚気きゃっきゃしたいなんて、ばれたくなかった。けど、言わないと、お前離れるから」

 兄さんがすねながら僕に抱きつくから、僕は兄さんに背中を預けて、頭を振り返りながらよしよしと撫でた。
 兄さんは耳にかじりつく。


「今度買わないと駄目だな。絶対お前が外せないカラー」

 僕はどうやらとんでもない人に恋をしていたらしい。

「それで、お前はどうなの」
「……世間は許してくれませんよ」
「どうでもいい」
「それこそ孤独になるかもしれませんよ」
「お前はいるだろ」
「……分かりました、諦めます。僕は、貴方が好きで好きでしょうがないのだと。諦めます」
「言い方が違う。好きだから手放したくない、と言ってくれ」

 振り向きながらキスをして、ぬるくなったお風呂の温度に、僕は蕩けそうになる。

 体中についた、紫気味にも近いキスマークに兄さんは嗤った。

「お前には、紫が似合うね」

 それ絶対昔と違う意味でしょう?
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