兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!

かぎのえみずる

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第一話 貴方専属Sub

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「章吾は紫が似合うよ」

 世界で一番美しい人がそう認めるのだから、僕はきっとそうなのだろう。

 世間は許してくれないことをいつも心に秘めている。
 初めて意識したのは第二次性を学んだとき。
 この世界にはDomとSubとSwitchに分かれていて。
 それはそれは綺麗な三分割だった。昔は何も持っていない人もいたけれど、極めてまれになっていった。
 僕は小さな頃から威圧感を強く持つDom性を発揮していたので、きっと検査するまでもなくDomだろうと思っていた。
 それもこれも、僕の双子の兄である住崎作哉(すみさきさくや)を守りたかったから。
 兄はこれは典型的なSub性を持っていて、よく悪い大人に連れ込まれそうになっていた。
 僕と兄はそっくりではあるものの、性格はまるで反対。
 ぽやっとしてどこかほっとけない、浮世離れしている作哉。
 いつも地に足がついていない、放っておけばチョウチョを追っかけて天国にまで行きそうなほど、現実的じゃない性質だった。

「俺はね、空の色は赤いのが好き」

 ちょうど第二次性を検査する適性年齢である十歳になった頃合いに。
 近所の病院に母さんに連れられて、僕と兄は検査の待ち時間の間、ロビーでジュースを飲んでいた。
 兄は壁に飾られている空の絵を見ながら、つぶやいた。

「真っ赤な色が、リンゴみたいな。夕焼けが好き」
「青い空じゃなくて?」
「ピザトーストみたいな朝焼けも好き。チーズが広がった白にトマトソースの赤みが広がる」

 兄さんとの会話はあまり会話にならない。
 普通の人ならあまり好きじゃない会話なのだろうけど、僕はこの兄の価値観を見るのが好きだった。
 僕にはないものをもっている。
 兄はこの年齢で、様々な絵の賞で入賞している、油絵の麒麟児だった。
 元々父さんが芸術家で、兄さんに仕込んでいったのもあるが、同じくらい仕込まれた僕は参加賞くらいしか貰った覚えがない。
 才能の違いがえげつない。
 そんな兄さんの紡ぐ世界が、大好きで憧れ。僕の世界のすべてだった。

(――貴方のたった一言を、いつも静かに待ち望んでいる。何を話すのか、何を好むのか)

 兄さんは壁に飾られている真っ青な空の絵をうっとりと見つめて、茶髪をゆるく耳にかけた。
 青い瞳は僕とおそろい。僕は金髪、君は茶髪。僕は見分けをつけるために、そっくりな兄さんと間違えられないためにお願いしますと母に頼んで許して貰った染髪だ。

「章吾(しょうご)は紫の空が似合うよ」
「どうして」
「お前の表情に、とても合う。紫は高貴の色なんだ」

 兄さんがそんな言葉を僕にかけるなら、それが僕の世界のすべて。
 それなら僕は黄昏時の紫の空を愛さずにはいられない。

 検査の待ち時間が終わり、やがて兄さんと別々に呼ばれる。

「章吾くん、君はSwitchです」
「えっ!? でも、この子グレアがすごい強いんですよ! 大人より強いグレアを放つこともあるんです」
 母さんが驚いている僕を抱きしめながら、医者の先生にかみつくような反応をする。
 医者の先生はボールペンをぱしんぱしんとグリップを押したりしている。

「……確かにDom性はとても強いです。ただ。これは、章吾くんに聞きたいんだけれど。たった一人にだけ、と思わないかね」
「あ……」
「そこがね、Switchの片鱗が見えるところ。数パーセントの確率でそういうSwitchも増えてきているんです」

 僕は一気に体中に熱がこもっていく。
 ……兄さんだ。
 僕は、兄さんにだけSubになるんだ!!
 だから医者の先生は見抜いて、それをぼかして伝えてくれているんだ!!

 一気に恋を自覚した。

 世間は許してくれないでしょう。
 兄に恋をしただけでなく。
 過剰なDom性の僕が、兄にだけSubになるSwitchだなんて!



 *


 それから年月が経ち。
 僕は難関大学の浪人生となる。
 二回も落ちているんだ。毎回お腹の調子が試験の最中に悪くなってそれどころじゃなくなる。
 二十歳ともなると一人暮らしを始めていて、この年齢になるまでの間に、兄さんを遠ざけるように生きてきた。
 兄さんをあんなに守りたいと思っていたのに、結局は僕は兄さんにSubを暴かれるのが怖い、自分かわいさを優先していたんだ。
 おでこに冷えるシートを貼りながら、真夏のくそ暑い外を眺め。エアコンで冷えた室内で、勉強を続ける。
 勉学も僕には足りない。もっとスムーズに問題を解けるようにならないと。
 難関大学に入ったらやってみたいこともないけれど、とりあえず肩書きがほしいあまりに、ずっと拘ってやめられない状態だ。
 親はひたすら応援してくれている。
 兄さんとは同じ高校にまで行ったけれど。だって心配だった。けれどできるだけ影から見守って、関わらないようにしていた。
 表だって接さないで居続けたら、兄はついには話しかけなくなった。
 寂しかったけれど自業自得だ。

 深夜にコンビニでフライドチキンが食べたくなる。
 この日はまだ夕飯も抜いていたので、夕飯もかねて買いに行こうと、コンビニまで出かけた。
 まさか――そこで、ホストのスーツに身を包む兄にでくわすなんて。

「あ、れ。章吾?」
「兄さん……? えっ、その格好……」
「ああ、うん。似合う?」

 うっ!!! まぶしい!! 久しぶりに見た満面の笑みまぶしい、耐性ないから溶けちゃう!! ドラキュラみたいにお日様で体がとける感覚だ!!
 

「ひゅっ……」
「どうした? ふふ、兄ちゃんな、ナンバー7なんだぞ」

 微妙な順位ですね、とは兄の微笑みを見て言える俺はどこにもいない。
 黒縁眼鏡をかけなおして、そうですか、と深呼吸する。

「なんだって……ホストに」
「ああ、お金が。必要で」

 そういえばあれから兄は画才の道はどうなったのだろう。
 高校の時にも何らか受賞していたとかは聞いていたけれど、あのとき受験に失敗した僕には兄の進路を聞き取る余裕なんてなかった。
 美大にでもいってるのかな。だからお金が必要だったりして?

「これ。先輩がお気に入りでな。買ってこいって」
「……ウコンジュース? なるほど、ぱしりですか」
「うん。章吾は今どうしてる?」
「僕は今……」

 言葉をなくしている瞬間だった。
 レジで何者かが揉めている様子だった。
 バーコードのはげたおっさんが、女性の店員に絡んでいる。

「ねーちゃん、Subなんだろお? 俺が可愛がってやるってえ!」
「やめてください、店長よびますよ!」
「なにいってるんだ、おれのDomってつよーい性質だから、きっと従うのきもちいいぞお……ほらご主人様だ、Kneel!」

 ……はげたおっさんの言うとおり、確かに強いDom性を持っている様子で、兄さんまでびくっとした。
 はげたおっさんの放つグレアは気色悪いねっとりとした感覚で、肌にまとわりつくような感覚だ。
 兄さんを守りたい一心で、無意識に僕はグレアが暴走する。

「な、んだ!? 俺より強いグレアをもってるやつがいる!!!」

 僕の強いDom性にコンビニの中にいた全員がぺたんと座り込んでいる。
 おっさんの命令と僕のグレアが一体化したみたいで、気持ち悪い。
 こういう現場を見る度にうんざりしていく。
 僕は兄さんをおいて、コンビニを出て行こうとした。
 が、兄さんはおびえて座り込みながら、僕の手を引き寄せ。僕を膝の上にぽすんと寄せた。

「章吾」
 兄さんは青ざめながら、僕に目を合わせようとする。

「Look、章吾」
「あ……」

 そうだな。兄さんは、僕がSwitchだって知っている。
 視線をそらすことも許さず、兄さんを見つめ返していれば、兄さんは僕に頭をよしよしと撫でてくれた。
 暖かい手で、数年ぶりに触れた兄さん。
 心が一気にとろけていき、発したDom性が消えていき、グレアが消えた。

「いいこだ、そう、とてもいいこだよ。昔からいいこだな、お前は」
「に、いさん。どうして……Subじゃ」
「ん? 俺はね、お前にだけ、DomになるSwitchなんだよ……」

 兄さんは僕の体調や顔色を確認すると安心したように、ふっと笑いかけてくれて。
 それがとても良い香りだった。
 

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