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第二部 陽だまりの墓――イヅミ
第十話 愛していたからね
しおりを挟む糸屋の塩羊羹を買った後は、あのこの好きだった服屋、それから雑貨屋。
そうして最後に何処に行くのか問おうとしたとき、しずっちが優しい微笑みを向けてきたので、思わず悪寒が走った。
「じゃ、そろそろ墓参り行こうか」
「ああ」
「見てみてー理ちゃんに似合わなさそうなイチゴの髪ゴムー。つけてみ、つけてみ」
「ばっ! やだ、ふざけんな! って、おい、勝手につけるな!!」
「ぎゃははははは!」
「っぶ!!」
オレとしずっちが笑っちゃうと、理は膨れて、でもしずっちには怒ろうにも怒れないのか、ため息をつくと、髪ゴムをとって、ポケットに入れる。
あ、一応貰うんだ?
「この季節に死ねて、アノコは良かったと思うよ。風が気持ちいい」
初めて――初めて、しずっちから朱莉ちゃんの死に関する話が出てきた。
チャンスだよん、頑張れ、さとちゃん。
理はごくっと生唾飲んで、その話に飛びついた。
「あいつ、最後はイヅミと、あんたの話をしていたっ。救急車が来るまで」
「……その話は初耳だ。イヅミ、聞いたことあったか?」
「いや、俺も……初めて」
っつかね、こいつが朱莉ちゃんの死について話すのなんて、初めてな気がする。
だってー言い訳する隙間を与えることなく罰したし。
ははっ、本当、俺、いてぇ。
こう、胸の奥がさ、つーんとするの。
それで、温かな気持ちになれる――わけがないの。とても、悲しい気持ちになるんだ。
アノコ関連は温かな気持ちになれるのに――羊羹とかさ――、でも悲しい気持ちになったんだ。
「なんて、言ったの」
車は緩やかに動いて、墓地に移動する。
墓地に向かう途中の町並みがとても田舎らしい田舎で、この景色をあのこは愛しただろうかと気になる。
緑の木々に、遠くに見える名前の分からない山。それから晴れ晴れとして、徐々に日が落ちてきている青空――。
それらは緩やかに流れて、スピードを感じさせ、彼の言ったとおり風が気持ちいい。
「“静くんと海外で結婚したかったな。静くんのタキシード、きっとかっこよかっただろうな。静くんが悲しんでいたら、優しくしてあげて。あの人、意地悪なのは本心を隠したいからなのよ。イヅ兄は、泣いちゃうだろうね。イヅ兄が泣いていたら、見ないふりしてあげて。あの人、かっこつけたがりだから。二人に伝えてね、大好きって。静くんに伝えてね――”」
「何を」
――愛してる、と続いた言葉。
それに頷くと、しずっちは苦笑を浮かべていた顔を一転させて渋みを見せた。
苦悩顔で、墓地に着いたよ、と告げて、車から降りる。
車から降りると、しずっちはタバコを取り出して、失礼、と吸い出す。
彼はそういう姿も様になるから、むかつく。
朱莉ちゃんの最後の言葉。
嗚呼、俺、胸一杯。
やっぱり悲しみの匂いはするけれど、あのこは温かな天使だったと教えてくれた。
俺、こいつに憎まれて無くて本当に良かったと思った瞬間。
だって、憎んでいたら教えてくれるわけないだろう?
「理さん、僕はね、イヅミと違って貴方を憎んじゃいなかった――」
「――……憎まれて良いんだ、オレは。あいつを、見殺しに、した」
「誰が限界ぎりぎりのストーカーに刃物プラスされた奴を相手に出来ると思う? 誰が、殺すか殺されるかの淵で、殺さずに倒すをすぐに選べると思う? そう簡単に選べるわけがないんだよ――イヅミは分からなかったみたいだけどね」
「るせぇ」
オレ、やべぇ。今、顔見せられない。
泣きそうなんだもん。
だって、しずっちが憎んでなかったってのが意外で――でもしっくりきて、なんか安心したんだもん。
「アノコは、君に殺されたんじゃない。だが、君の所為で死んだのは確かだ」
「ああ」
「だから、お墓に謝罪してきなさい。最後に、僕が二人きりの逢瀬を楽しむから」
「……お、おう。いってくる。あ、菊の花ッ」
「はい、これ。あと、塩羊羹と線香」
さとちゃんは嬉しそうに受け取り、駆け足で朱莉ちゃんの墓に行った。
あいつ行ったことなかったっけ、と思いながらも、心の何処かでは密かに墓参りしていたのを想像出来て、納得した。
「あのこは、あんなこと言い残して、死んだのか」
「……吃驚したね」
「怖くなかったのかな。自分が死ぬって分かっていたのかな。……理さんには、なんて言ったのかな」
「え、だからさっきの……」
「アノコのことだから、きっと理さんにも何か言ったと思う」
「……謝罪邪魔して聞いてきて良いか?」
「結果は僕には教えないように」
俺たちは笑いあって、それから俺は理が熱心にお参りしている墓の前にまで辿り着く。
俺は理の肩をぽんと叩く。気づいてくれないから、むかつくから、尻触ったら、ぎゃあああと振り向き際に蹴ってきた。
あいてて、と俺は攻撃を受けてないのに、そう反応して、気づいてくれたことに、にっと笑い、奴もにっと笑う。
「有難うな」
「え」
「今日、あいつに会わせてくれて有難うな」
「いや、向こうから言ってきたし――なぁ、朱莉ちゃんは、そのう、お前にはなんか言わなかったのか?」
「……言えない」
「言わないと、四十八手、一晩でぜんっぶ試すよ?」
「うわっ! テメェが言うとしゃれになんねぇ!! 分かったよ! ――自分のことは気にするな、って言ったんだ。それから、テメェと仲良くやれって心配してた。テメェが八つ当たりすんじゃねぇかって。でも、俺は罰を受けて当然だから……」
「さとちゃん、一ついいかな」
「んだよ」
風が嗚呼、本当に気持ちよくて、アノコの魂がもしも命日にだけ返ってくるとしたらとても良い日に死んだのだと思う。
とても良い季節に死んだとしずっちは言っていたけど、それが頷ける。
「罪人は手を洗って、罪を浄化する……手を洗えば、一から出直せるんだ」
「……そんなの、オレぁ信じねぇ」
「俺も信じないよん。だけど、さ。罪人じゃない人間なんて、居ないと思う。皆、罪が極端に見えやすいか否か、ってだけだよ、きっと。最近、そう思えてきた」
そう言って俺は、アノコが喜んで受け取っていた向日葵の花束を置いてみる。
嗚呼、墓越しでもあんた似合うね。可愛いよ。
あの時――向日葵の話してさ、そろそろ違う華にしてよってあんたは言ってたよね。
次はバラにでもしようか、なんて冗談半分本気半分で言ってさ、あんたは大笑い。
――当たり前だと思っていたんだ。
それから、一時を大事にすることを覚えたんだ。
こいつ以外の一時はね。
でも、今ならこいつとの一時も大事に思えそうな気がして。
「さとちゃん、今日だけ言って良い?」
「あんだよ?」
「愛してる――」
その時、固まったこいつの顔といったら、馬鹿受けで俺噴き出しちゃった。
何か言いたげな顔していたけど、そろそろしずっちがアノコと語らう時間にさせてあげようと思って、車に戻る。
さぁ、今夜は飲もうか――。
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