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長内編
第八話 港からのいちゃつき
しおりを挟む椿は散々文句言って腹を立てていた様子だけれど、港先生は素知らぬ顔で僕を連れ出し、雪道さんの家に連れてきた。
本当はカフェがよかったね、と笑いながらも、僕の腰をほんの少し気遣ってくれたのだと思う。
車で優しく運転してから僕を雪道さんの家に連れてくるなり、雪道さんはほっとした笑みを浮かべた。
「やはりね、心配になってしまうね。あのままあの家にいたら、相当なヒートだったから、他のアルファが押しかけてきそうで怖かった」
「怖い? 怖い物とかあるの?」
「そうじゃなくて、君を守るあまり我を忘れて相手のアルファを殺しかねんと」
照れ笑いするところじゃないよ、雪道さん!
でも、少し笑みの浮かべ方が今は幼かったので、少しきゅんっときた。
「君は確か、椿くんの握手会の会場にいた子だよね。椿くんのファン?」
「あ、はい。実は……僕。その、ぼ、ぼ、勃起というやつを今までしたことが、朝の生理現象以外になくて。不能かなって思っていたところ、椿の歌を聴いて、ヒートが発生したんだ。そこから、ファンに……」
「もしかして……人を好きになったり、恋をしたことがないのかな?」
「僕ね、苦手なんだよ。あの、その、恋人とかの甘ったるい空気が気恥ずかしくて」
「気恥ずかしい……こういう、空気や仕草が?」
雪道さんは僕の手をするっと繋いで微笑んでから優しく、女の子を扱うようにソファへリードしてくれた。
僕の隣へ雪道さんは座ると、手をそうっと親指でなでてにこにことしながら瞳から秋波を送ってきていた。
一気に熱がよぎり、視線をそらそうとすると雪道さんは静かな声で僕を制する。
「私を見てほしいな、目をそらさないで。きちんと目を見て」
「雪道、さん……はず、恥ずかしいから」
「駄目。逃がさないよ」
くすくすと笑っているけど、目が本気だこの人!
目をおそるおそる見つめると、胸がどきどきしてくる、椿の歌で感じていたときめきを雪道さんに感じる。
熱っぽい瞳が僕の身体をゆっくりなめ回すように、僕を写し、雪道さんは照れる僕に満足げだった。
「ああなるほど、これが……マーキングってやつ、かな。匂いをつけておいて、他のアルファを近づけさせたくない」
雪道さんは僕の腰を抱き寄せ、すり、と身体をすり寄せて甘い吐息をついた。
この、この、恥ずかしい空気が苦手なんだよ!
どうしたらいいか分からないし、どうすれば正解かも分からなくて混乱していく。
「何かしなくちゃってしなくていいんだよ」
雪道さんは僕の心を見透かしたように、僕の頭をなでる。
「君は、愛でられたら何かをお返ししたい! っていうタイプなのだろうけれど、たまには愛でられ続けて何もお返ししなくてもいいんだよ。側にいる、それだけでお返しなんだから、君を好きな人にとってはね」
「そういう、もの、なのかなぁ……」
「ねぇ、君は何が好きで、どんな人なのか教えてくれないかな。お互いにそういうのを知ってから、考えた方がいいだろう?」
あああああ、椿と違って、大人な余裕が安心する!
僕はこくこくと頷いて、雪道さんと語らうことにした。
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