上 下
8 / 15

第八話 少し切ないバレンタイン

しおりを挟む
 バレンタインがいよいよ近くなっていた日だった。透夜とも大分付き合ってから月日は経っていて、まだまだ蜜月の雰囲気だったんだけど。
 それは多分オレが、自分のことに疎くて、自分を大事にしなさすぎた結果だった。
「チョコほしーなー」
 同僚の一人に言われ、そいつは誰からもチョコが貰えないと騒ぎ立てるバレンタイン信者だった。
 バレンタイン信者はチョコの数で張り合い、チョコの甘みに飢えていることは世代の野郎にはおなじみだったので理解はしていた。
 オレは多分、自分を軽く捉えていたんだと思うし。もっと言えば、透夜からの思いの重さを知らなかったんだと思う。
 透夜はいつもイケメンのおじさまが好きだ、とか。スパダリの話ばかりするから。オレのことは好きだけど、それでもそのラインナップには勝てないのだろうと。
 同僚に義理をあげる約束をして、男相手でも喜ぶのだからよく判らなかった。
 バレンタインの前日に、家にやってきた透夜はチョコが透夜の他にあると冷蔵庫を見て気付くと一気に機嫌を悪くした。
「……バレンタインに他のやつに会いに行くのか」
「え? 義理を渡しに……」
「お前、バレンタインだぞ……」
 透夜の顔は泣きそうで、今にもぶち切れる寸前の顔だった。
 オレはまずいことをしたのだと気付いても、約束を破る気まずさを知っているから何も言えず。言葉を失っていると透夜は部屋をでた。
 ああ、そうだな。こんな日に、愛の日間近に家出させてしまったな。こういうとき、一緒に住んで無くてよかったとおもうよ。お前には帰る場所ができている。
 自分で行った失態なのに、どう償って良いのか判らず。その後メッセージアプリを飛ばしても何も反応がなかった。
 義理チョコは結局すまないと断って、あげるのをやめ。さて、どうしたものかと悩む。
 透夜の家の前で、雪の降る中帰りを待っていると、仕事帰りの透夜と出くわす。
 透夜はドーベルマンみたいに唸り、オレを睨み付けた。

「他のやつがいいんだろ、他に行け」
「そういうことじゃ、ないんだ、透夜が一番好きだよ……」
「……オレに時間がないからか」

 透夜はサラリーマンという役職で、オレは自営業というか。芸術家という、時間のずれをとても気にしていた。透夜はいつも他に良い奴がいるんじゃないか、と畏れていた。
 迂闊なことをしたんだと、オレは透夜を抱きしめた。

「大事な奴を大事な日に、大事に出来なかったら意味ないよな……」
「まあ、寒いから……お茶にしようか」

 透夜はあがっていけば、とマンションの階段まで案内し扉を開ける。
 いつもオレの家ばかりだから久しぶりの透夜の家に、オレは透夜につつまれてるような感覚で少しだけ冷えた指に感覚が戻った。

「あのな。受け取って貰えないかも知れないけど、オレからのチョコ……可愛いんだ、これ」
「おお、ウィスキーの入ってるやつまである! うまそう!」
 透夜はオレの硬い態度も気にせず、部屋の中に入ればソファーに招き、お茶を淹れてくれた。
「チョコの試食いいよな、会社の女の子が男性社員全員に配るから荷物持ちに着いていったんだけどさ」
「へえ、美味しかったらもう一個取りに行くんだろ?」
「あたりまえだ! もういっこーって知らないふりしていく!」

 嗚呼、良かった。普通に。普通に話せている。
 そのまま透夜との雑談は沢山溢れ、思った以上に甘い日になりそうだった。
 もっと甘い日にするには、勇気がもう一声。
 口元にチョコを持ってきて、指を差すと、透夜は瞬き誘いに乗ってくれた。
 そのまま深く口づけ、チョコを口腔で溶かしきって、それでもそのまま口腔を互いに味わう。
 止め時が判らず、ちゅ、ちゅ、とキスをしていれば透夜が笑ってくれた。
 それだけで、許された気持ちになった。

「甘い日になった、有難う、ごめんな。透夜と、甘い日にしたかったから、嬉しい……オレさ、透夜と甘い日にしたかったんだ」
「今日は約束していたから。大事な日にしたかったんだ……ありがとうな薫」

 透夜は、いつも。いつでも、重い話のままにしないで、元気をくれる。
 お前が悪いと暗にほのめかさず、さらっと本気で反省すれば、考えてくれる。
 透夜との日は、とても甘くて大切な日だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もふもふ好きにはたまらない世界でオレだけのもふもふを見つけるよ。

サクラギ
BL
ユートは人族。来年成人を迎える17歳。獣人がいっぱいの世界で頑張ってるよ。成人を迎えたら大好きなもふもふ彼氏と一緒に暮らすのが夢なんだ。でも人族の男の子は嫌われてる。ほんとうに恋人なんてできるのかな? R18 ※ エッチなページに付けます。    他に暴力表現ありです。 可愛いお話にしようと思って書きました。途中で苦しめてますが、ハッピーエンドです。 よろしくお願いします。 全62話

SとMの15日間

柄木
BL
借金の保証人になってしまった迪とジェリーが、借金返済に二週日間一緒に暮らしてセックス三昧、その姿を生配信するというもの。 次第にエスカレートする二週間。 1000から1500文字くらいで連載。5から10話の間で終わります。 完全ハッピーエンドではありません。リバ要素あり。 淫語、直接表現、道具、メス豚呼び、アナル舐め、失禁、♡喘ぎなどがあるので苦手な肩はご注意を

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

奴隷騎士の雄っぱい牧場

丸井まー(旧:まー)
BL
敗戦国の騎士リンデは、敵兵に捕らえられ、奴隷となった。リンデは、他の者達と共に移送された先の施設で、何故の注射をされた。それから平穏な日々を過ごしていたリンデ達だが、ある日から乳が出るようになり、毎日雌牛のように乳を搾られるようになった。奴隷となった騎士リンデは、貴族の男に買われ、美しい男ダーナディルに乳を飲ませることになった。奴隷騎士の搾乳雌堕ちデイズ! ※てんつぶ様主催の「奴隷騎士アンソロジー」に寄稿させていただいた作品です。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

再会は甘い始まり~浮気された俺は同級生からの溺愛に癒されてます

syouki
BL
「嘘だろ……」 出張から自宅であるマンションに戻ったら、合鍵を渡していた彼女が寝室で知らない男とSEXの真っ最中だった。俺に気付くこともなく快楽に耽っている彼女。その甘ったるい声が気持ち悪くて、俺はキャリーケースを持ったまま部屋を出た。行きつけのバーに入り、一人酒を煽った。……翌朝、見知らぬ部屋で目が覚めた俺。隣には……。 ※見直しはしていますが、誤字・脱字等、ご容赦ください。 ※語彙力が少ないため、表現が分かりにくいかと思います。寛大な気持ちで読んでください。 ※設定はかなりゆるゆるです。ご都合主義な所もあります。 ※徐々にエロが多くなる予定です。 ※BL小説大賞エントリーしました。よろしければお願い致します<(_ _)>

【完結】一途な想いにも、ほどがある!

空条かの
BL
御曹司の天王寺尚人が一般家庭の姫木陸に初恋をしてしまい、一途に恋心を募らせて暴走していく物語です。 愛してやまない恋の行方は、果たしてハッピーエンドを迎えられるのか? そんな暴走初恋の長編ストーリーです。(1章ずつ完結タイプのお話) ※性的表現(R18)ありのページは、マークをつけて分かるようにしておきます。 (わりとしっかりめに書くため、ダメな人はお気をつけください) ※設定を変更しましたので、違和感がある場合があります。 ◆4章で一旦完結OK。11章で完全完結。 【お詫び】 他サイトにも掲載しておりますが、掲載サイトにより内容を修正しているため、若干異なる部分などがあります。どこかでお見かけの際は、あれ? なんか違うってこともありますので、ご了承ください。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

処理中です...