69 / 88
春は曙編
第六十九話 春の精霊女王からの試練
しおりを挟む
仕事終わりに夕食を食べて、お風呂に入ってる時に唐突に現れた。
にっこりと満面の笑みのふわふわした巻き髪をしたティアラを被った小さな婦人は、麗らかな声を響かせる。
『ご機嫌よう、炎牛のお妃候補様。冬の方から報せは届いたわ』
「ご、きげんよう」
『あら湯浴み中だったのね。ごめんあそばせ。ふふ、あのね、私からも試練与えて宜しいかしら。乗り越えられたら認めてあげる』
「どのような試練ですか?」
『このお城に三日間春の陽気を与えるわ。簡単に言えば、眠気が強くなってしまうの。その中で一人でも起き続けることが出来る人が、この炎の魔物たちの陣営にいたら、認めるわ』
「いつからその陽気は与えられますか?」
『そうね、今だと湯浴み中で可哀想だから、明日になった瞬間からにしてあげる。夜の睡眠は除いてあげるわ。ただ、朝を越えても起きてこない子は失格よ。それではね、お妃候補様。貴方の先に光りがあらんことを』
春の精霊女王は消えたので、私は慌てて湯船から出て着替えると真っ先にゼロのもとに向かう。
ゼロはシラユキとラクスターとで何かを話していた様子で、私が来ると目を丸くし様子に気づくなり「申せ」と頷いた。
先ほどまでのことを私は説明すると、ゼロは考え込むように眉間に皺を寄せた。
「まずいな」
「どうして? チャンスではないの?」
「密偵から近いうちにヴァルシュアかユリシーズが攻め込むかもしれないという報せがきているのだ。闘いながらの眠気は中々に厳しいものがある。集中力も落ちるだろうし、普段避ける行為でさえ難しくなるだろう」
「もしかして今その話をしていたの? だとしたら、春の精霊女王に今すぐ……」
「中止を申し入れるのは危険だ姫さん。精霊は気紛れだ、いつまた構ってくれるか分からない、受け入れるしかねえよ」
ラクスターと私は表情を暗くしたが、シラユキとゼロはまだ面持ちを俯くことは無かった。
「安心しろウル。きっと手はある。これこそが試練だと言うのであれば、乗り越えてお前への愛を証明するまでだ。誰にも否定するなんて出来ないと思わせてやる」
「すぐにミディ様に伝えて参りますね。試練のこと。奥様は魔王様のお側で本日はお眠りください、警護が心配になるかもしれないので魔王様の側が一番の安全かと」
シラユキは一礼するとすぐさま警戒を強めた表情で早足に部屋を出て行った。
ゼロは私にゆっくりと手を伸ばして、指先だけで手招く。
私はゼロに歩み寄りゼロの頬に手を伸ばして、ゼロの隣へ寝転がる。
「ゼロ、あのね……私、お役に立ててる?」
ゼロは急にどうしたと問いかけることなく、目を見開いてからゆるりと蕩ける眼差しを私に送ると、頭を優しく大きな手で撫でてくれた。
「不安か」
「だって皆は本来は闘わなくてイイ戦いを、私のためにしてくれてるから」
「その行為に値するお前だと皆が認めたのだよ、お前は余に相応しいと」
「ゼロは? ゼロは……その、私のこと……」
私が震える声で一度視線を外せば顎を捕らえられ、ゼロの方へきちんと向けられる。
ゼロの瞳は真っ直ぐと私を見ていて、目を見れば分かる。とても私に骨抜きにされてるのだと、甘やかしたいのだと伝わった。
「試そうとしなくても、お前の好意は伝わっているし、お前を一人にする選択肢を取ろうともしない」
「ゼロ……」
「お前の声にはまだ、少しだけ。そう、ほんの少しだけいつか一人にされるような怯えが残っているな。それを取り除けたら、余はきっとお前をきちんと愛せた証拠なのだろう」
「自分でも……もどかしいの」
「知っている。お前はお前自身と闘っている。だからこそ余はお前を包み込むのだよ、こうやってな」
ゼロは私を抱きしめ、抱き枕のように包み込むと「ゆっくりとおやすみ」と告げてくれた。
臆病さや、恐怖心でさえ包み込んでくれるこの炎牛は、愛する行為がとても丁寧なんだと思う。
この人をだからきっと私は……。
にっこりと満面の笑みのふわふわした巻き髪をしたティアラを被った小さな婦人は、麗らかな声を響かせる。
『ご機嫌よう、炎牛のお妃候補様。冬の方から報せは届いたわ』
「ご、きげんよう」
『あら湯浴み中だったのね。ごめんあそばせ。ふふ、あのね、私からも試練与えて宜しいかしら。乗り越えられたら認めてあげる』
「どのような試練ですか?」
『このお城に三日間春の陽気を与えるわ。簡単に言えば、眠気が強くなってしまうの。その中で一人でも起き続けることが出来る人が、この炎の魔物たちの陣営にいたら、認めるわ』
「いつからその陽気は与えられますか?」
『そうね、今だと湯浴み中で可哀想だから、明日になった瞬間からにしてあげる。夜の睡眠は除いてあげるわ。ただ、朝を越えても起きてこない子は失格よ。それではね、お妃候補様。貴方の先に光りがあらんことを』
春の精霊女王は消えたので、私は慌てて湯船から出て着替えると真っ先にゼロのもとに向かう。
ゼロはシラユキとラクスターとで何かを話していた様子で、私が来ると目を丸くし様子に気づくなり「申せ」と頷いた。
先ほどまでのことを私は説明すると、ゼロは考え込むように眉間に皺を寄せた。
「まずいな」
「どうして? チャンスではないの?」
「密偵から近いうちにヴァルシュアかユリシーズが攻め込むかもしれないという報せがきているのだ。闘いながらの眠気は中々に厳しいものがある。集中力も落ちるだろうし、普段避ける行為でさえ難しくなるだろう」
「もしかして今その話をしていたの? だとしたら、春の精霊女王に今すぐ……」
「中止を申し入れるのは危険だ姫さん。精霊は気紛れだ、いつまた構ってくれるか分からない、受け入れるしかねえよ」
ラクスターと私は表情を暗くしたが、シラユキとゼロはまだ面持ちを俯くことは無かった。
「安心しろウル。きっと手はある。これこそが試練だと言うのであれば、乗り越えてお前への愛を証明するまでだ。誰にも否定するなんて出来ないと思わせてやる」
「すぐにミディ様に伝えて参りますね。試練のこと。奥様は魔王様のお側で本日はお眠りください、警護が心配になるかもしれないので魔王様の側が一番の安全かと」
シラユキは一礼するとすぐさま警戒を強めた表情で早足に部屋を出て行った。
ゼロは私にゆっくりと手を伸ばして、指先だけで手招く。
私はゼロに歩み寄りゼロの頬に手を伸ばして、ゼロの隣へ寝転がる。
「ゼロ、あのね……私、お役に立ててる?」
ゼロは急にどうしたと問いかけることなく、目を見開いてからゆるりと蕩ける眼差しを私に送ると、頭を優しく大きな手で撫でてくれた。
「不安か」
「だって皆は本来は闘わなくてイイ戦いを、私のためにしてくれてるから」
「その行為に値するお前だと皆が認めたのだよ、お前は余に相応しいと」
「ゼロは? ゼロは……その、私のこと……」
私が震える声で一度視線を外せば顎を捕らえられ、ゼロの方へきちんと向けられる。
ゼロの瞳は真っ直ぐと私を見ていて、目を見れば分かる。とても私に骨抜きにされてるのだと、甘やかしたいのだと伝わった。
「試そうとしなくても、お前の好意は伝わっているし、お前を一人にする選択肢を取ろうともしない」
「ゼロ……」
「お前の声にはまだ、少しだけ。そう、ほんの少しだけいつか一人にされるような怯えが残っているな。それを取り除けたら、余はきっとお前をきちんと愛せた証拠なのだろう」
「自分でも……もどかしいの」
「知っている。お前はお前自身と闘っている。だからこそ余はお前を包み込むのだよ、こうやってな」
ゼロは私を抱きしめ、抱き枕のように包み込むと「ゆっくりとおやすみ」と告げてくれた。
臆病さや、恐怖心でさえ包み込んでくれるこの炎牛は、愛する行為がとても丁寧なんだと思う。
この人をだからきっと私は……。
0
お気に入りに追加
73
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したら病気で寝たきりだった⁉︎完治したあとは、婚約者と一緒に村を復興します!
Y.Itoda
恋愛
目を覚ましたら、悪役令嬢だった。
転生前も寝たきりだったのに。
次から次へと聞かされる、かつての自分が犯した数々の悪事。受け止めきれなかった。
でも、そんなセリーナを見捨てなかった婚約者ライオネル。
何でも治癒できるという、魔法を探しに海底遺跡へと。
病気を克服した後は、二人で街の復興に尽力する。
過去を克服し、二人の行く末は?
ハッピーエンド、結婚へ!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる