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蒼い花の隠れた恋慕編
第四十話 ユリシーズからの贈り物
しおりを挟むゴサロは途方に暮れていた。
いつの間に気を失ったのかも分からないが、例の元Aランクの一人に揺り起こされた。
聞けば、最後に残ったローブの男が大爆発を起こしたと言う。
言われてみれば、そうだったような気もする。まだ頭がくらくらして、記憶も曖昧だ。
例の黒服メイドとターゲットの娘は既に姿を消していた。
元Aランクの四人組は何かを喚いていたが、よく分からなかった。
最後に何某かのことを言ったと思ったら、取り乱すように走り去った。
いま、この何もない開けた高地には自分だけが取り残されていた。
少し先には、どうやら首の無い二つの死体が転がっているようだが、この際そんな事はどうでも良かった。
自分は仕事をしくじった。これまでも、些細な失敗はあったが、自分の力でリカバリーしてきた。
何の問題も無かった。
だが、今回は完全に失敗した。もう取り返しはつかない。仲間も失った。
後は自分の死を待つのみかと考えたところで、はたと気づいた。
自分に責任を負わすと言っていた男達は居なくなった。
これは、生き残るチャンスなのか?そう言えば、さっきの奴らは何と言ってた?
【闇ギルド】に見つからないように、名前も変えて、みんなでバラバラに違う土地で暮らすとかなんとか…。
ゴサロは一気に覚醒した頭を振ると、自分の持ち物が手元にある事を確認して、駆け出した。
それから数日…
ここは獣人国との国境に近い【シモン共和国】の小都市【バトン】。
うらぶれた安宿の1階にある食堂で安いエールを呷りながら、ゴサロは人込みに溶け込んでいた。
人に後ろ指をさされる仕事も金が稼げていっぱしにいい暮らしが出来るからやるのであって、命を懸けてまでやる気はさらさら無かった。
ゴサロの哲学は、終始一貫して自己保身と長いものに巻かれてうまくやる事だった。
もう死んでしまった部下達も、そういう意味では同じ穴の狢であり、価値観が合うからこそ一緒にやっていけたのだ。
自分だけが生き残ったことに僅かばかりの痛みはあるが、しょせんはみんな運が悪かったのだとも思う。
お前たちの分まで、俺はしっかり生きて楽しんでやるからな!等と自分勝手な理屈を自分の中で完結させ、最後の鎮魂の盃を傾けた。
ブラックオパールへの恩義はここ数年の働きで十分返せただろうと自分を納得させ、さあ、この後はどうするかと考える。
切り替えの早さも長生きする秘訣と、終わった事は気にしないのがこの男の良いところであり悪いところでもあった。
まずは、貯めこんでた金をどうやって回収するか、下手な事して【闇ギルド】にバレては元も子もないな、等とあれこれ考えていると、突然肩に手を置かれて耳元で誰かの声がした。
「おいおい、まだ仕事も終わってないのに、こんな所で飲んでるのか?」
声を聞いた瞬間、全身の血の気が引くのが分かった。瞬時に鳥肌が立つ。
恐る恐る声のした方へ視線を向けると、そこには笑顔の中に色のない視線で自分を見るブラックオパールの姿があった。
「ひっ!…」
そんなゴサロの様子に頓着することもなく、ゴサロの肩に手を回したまま、ブラックオパールは空いているゴサロの隣に腰を下ろした。
ゴサロは反射的に視線を下に落とし、戻すことが出来なかった。さほど熱いわけでもないのに、滝のような汗が流れ落ちる。
「どうした?ゴサロ。すごい汗じゃないか。熱でもあるんじゃないか?早く仕事を片付けて医者にでもかかった方がいいんじゃないか?」
何もしらない誰かが傍でその言葉だけを聞いていれば、知り合いを労わる優しい言葉に聞こえただろう。
だが、当事者にしてみれば逃げ場のないその場所で、これ以上ない圧力をかけられている状態である。
暫しの沈黙が場を支配したが、耐えられなくなったのはゴサロだった。
「た、隊長…」
ゴサロはブラックオパールの事を傭兵時代からの呼び名で”隊長”と呼んでいた。
「隊長、ど、どうしてここへ?…」
ゴクリと喉を鳴らすと、愛想笑いともつかないぎこちない笑いをその顔に張り付けて、ゴサロは精いっぱいの勇気を振り絞って隣に座る人物に問いかけた。
「んっ?いやあ、お前に頼んだ仕事がうまくっていないって聞いてな。助けてやろうと思って来てやったんだよ」
ブラックオパールはそう言いながら「あ、ねえちゃん、エール一つくれ」と店員に注文していた。
ゴサロはほとんどパニック状態だった。
そもそも、どうして隊長はここに俺がいる事を知ってるんだ?!
俺がここにいるなんて誰も知るはずがないし、だいたいこの人は何処から来たんだ?!
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、喫緊の課題は今の状況の整合性のある言い訳をどうするか、だった。
「おっ!来たな!じゃ、ほら!ゴサロ、乾杯!」
ブラックオパールは先ほどとは打って変わったにこやかな笑顔でゴサロを促すと盃を合わせてエールを喉へ流し込んだ。
ゴサロもそれに合わせたが、エールの味など分からず、まして酔えるはずなどなかった。
「・・・で、俺の頼んだ仕事、どうなってる?」
ブラックオパールの言葉にビクッとしたゴサロは、更に止めどなく流れ出る汗を腕で拭いながら、この場を生き延びる為の言葉を口にした。
「き、聞いてくださいよー!最初は上手く行ってたんですが、変な邪魔が入っちまって・・・何んだか黒猫連れたメイドの小娘が俺たちの邪魔をしやがったんですよ!参りましたよ、マジで・・・」
言ってる事は事実だが、ふと目に入ったブラックオパールの刺すような視線がゴサロの口を閉じさせる。
「んっ?どうした?続きは無いのか?」
ゴサロの言葉が途切れたところで、ブラックオパールはエールを飲み干すと、
「お前、逃げるわけじゃ無いよな?」
とゴサロを見つめた。
その目を見たゴサロは生きた心地がしなかった。
獲物を捕食する直前の肉食獣や猛禽類と同じ種類の視線をゴサロはそこに見たのである。
「そ、そんなわけ無いじゃ無いですか。俺、今まで隊長の仕事を途中で投げ出した事、ありましたか?」
思わずそんな言葉がゴサロの口をついて出たが、この瞬間にそれ以外の言葉が吐けるはずが無かった。
その言葉を聞いたブラックオパールは、数瞬ゴサロを見つめた後に破顔して、
「だよな!お前は仕事できるから、俺は頼りにしてるんだぜ?」
そう言って食堂の店員にエールを二つ追加した。
「お前には荷が重い相手だって事は分かったから、次は俺も入ることにするわ。クライアントがうるさいからよ」
店員が運んできたエールをゴサロにも渡すと、ブラックオパールは自分の分はさっさと呷って盃を空にし、
「じゃ、手順が決まったらまた連絡するから、例の辺境伯の領地近くで待機しててくれ」
そう言ってテーブルに金貨を1枚放り投げると立ち上がった。
「えっ?!あのガキ、伯爵の領地に戻ってるんですか?」
自分が知らない情報をどうやってこの人は手に入れてるのかと常々思っていたが、自分の居場所も難なく掴むこの人なのだからと納得した。
「じゃ、この数日うちには動くと思うからよろしくな」
そう言ってその場を離れようとした男に、ゴサロはつい先日の出来事を聞いてしまった。
「隊長、その…あいつらの事、知ってたんですか?」
ゴサロから離れようとしていたブラックオパールは、立ち止まって振り向くと、
「あいつらの事?」
と疑問を口にした。ゴサロは聞いてはいけないと思いながら、内心の葛藤に負けた。
「俺の部下たちの事です…」
その言葉を聞いたブラックオパールは、何かを思い出したかのように手をたたくと、再びゴサロの横に腰を下ろし、
「あぁ、その事か。あいつら、酷いよな?俺も話を聞いた時はビックリしたよ!せっかくお前と一緒に仕事をしてもらったのに俺も残念だよ」
そう言ってゴサロの肩を叩いた。
ゴサロは、ブラックオパールが知らないうちに部下が処分されたのだと分かり、やはりそうかと自分の疑問を解消したところだったが、
「でも、別に問題ないだろう?」
そう隣の男に言われて思わずそちらを振り返った。
そこには無表情な視線を自分に向ける一個の怪物がいた。
「仕事が出来なきゃ別にいても…なぁ?お前もそう思うだろう?」
「隊長…」
ゴサロの顔には、自分がかつて知っていた男とはやはり違う男がここにいる事を実感した諦念が顔に浮かんだが、ブラックオパールはそんな事にはお構いなく、
「まぁ、気を取り直して、また楽しくやろうや。取りあえず、今回の仕事を終わらせてからな!」
そう言って、今度は本当にその場を離れた。
ブラックオパールの姿が消えて少し時が経ち、ゴサロは落ち着いて考える。
確かに隊長はここへ来たが、あの化け物娘の相手をするのは嫌だった。絶対に今度は殺される。
急いでこの場を離れて遠くへ行けばあるいは…。
そう思い立ったゴサロは、先程ブラックオパールが投げていった金貨を懐に入れると、エールの代金に大銅貨を数枚テーブルの上に置いて食堂を出た。
外に出たゴサロは、直ぐに辻馬車の乗り場へ向かおうとしたが、その時、食堂の入口近くで屯していた男たちの声が聞こえてきた。
「おい!聞いたか?街の入り口近くで冒険者っぽい男と女の死体が見つかったってよ」
「聞いた、聞いた!顔が潰されてて、どこの誰だか分からんって話じゃないか!」
「そうなのか?俺が聞いたのは、森の入り口近くに男の死体があったって話だが。それも冒険者風で顔が潰されてたってよ!」
「ひでぇ話だな!犯罪者とか近くに潜んでんじゃねーだろうな?!」
「衛兵が辺りの捜索と警備を強化するとか言ってたぜ。おっかねー話だな」
その話を聞いたゴサロの脳裏には、瞬時にあの場で別れた元冒険者の姿が浮かんだ。
まさか、これもブラックオパールが!?…。
暫しその場に立ち尽くしたゴサロは、諦めの表情を浮かべると踵を返して宿屋に戻り、今日の宿を取った。
今日の獣人国行きの辻馬車はもう終了している事は分かっていたので、明日に備える為に今日は早めに寝ることにする
ゴサロは運命に絡めとられた子ウサギの心境だったが、そこから逃れる術は無いのだった。
いつの間に気を失ったのかも分からないが、例の元Aランクの一人に揺り起こされた。
聞けば、最後に残ったローブの男が大爆発を起こしたと言う。
言われてみれば、そうだったような気もする。まだ頭がくらくらして、記憶も曖昧だ。
例の黒服メイドとターゲットの娘は既に姿を消していた。
元Aランクの四人組は何かを喚いていたが、よく分からなかった。
最後に何某かのことを言ったと思ったら、取り乱すように走り去った。
いま、この何もない開けた高地には自分だけが取り残されていた。
少し先には、どうやら首の無い二つの死体が転がっているようだが、この際そんな事はどうでも良かった。
自分は仕事をしくじった。これまでも、些細な失敗はあったが、自分の力でリカバリーしてきた。
何の問題も無かった。
だが、今回は完全に失敗した。もう取り返しはつかない。仲間も失った。
後は自分の死を待つのみかと考えたところで、はたと気づいた。
自分に責任を負わすと言っていた男達は居なくなった。
これは、生き残るチャンスなのか?そう言えば、さっきの奴らは何と言ってた?
【闇ギルド】に見つからないように、名前も変えて、みんなでバラバラに違う土地で暮らすとかなんとか…。
ゴサロは一気に覚醒した頭を振ると、自分の持ち物が手元にある事を確認して、駆け出した。
それから数日…
ここは獣人国との国境に近い【シモン共和国】の小都市【バトン】。
うらぶれた安宿の1階にある食堂で安いエールを呷りながら、ゴサロは人込みに溶け込んでいた。
人に後ろ指をさされる仕事も金が稼げていっぱしにいい暮らしが出来るからやるのであって、命を懸けてまでやる気はさらさら無かった。
ゴサロの哲学は、終始一貫して自己保身と長いものに巻かれてうまくやる事だった。
もう死んでしまった部下達も、そういう意味では同じ穴の狢であり、価値観が合うからこそ一緒にやっていけたのだ。
自分だけが生き残ったことに僅かばかりの痛みはあるが、しょせんはみんな運が悪かったのだとも思う。
お前たちの分まで、俺はしっかり生きて楽しんでやるからな!等と自分勝手な理屈を自分の中で完結させ、最後の鎮魂の盃を傾けた。
ブラックオパールへの恩義はここ数年の働きで十分返せただろうと自分を納得させ、さあ、この後はどうするかと考える。
切り替えの早さも長生きする秘訣と、終わった事は気にしないのがこの男の良いところであり悪いところでもあった。
まずは、貯めこんでた金をどうやって回収するか、下手な事して【闇ギルド】にバレては元も子もないな、等とあれこれ考えていると、突然肩に手を置かれて耳元で誰かの声がした。
「おいおい、まだ仕事も終わってないのに、こんな所で飲んでるのか?」
声を聞いた瞬間、全身の血の気が引くのが分かった。瞬時に鳥肌が立つ。
恐る恐る声のした方へ視線を向けると、そこには笑顔の中に色のない視線で自分を見るブラックオパールの姿があった。
「ひっ!…」
そんなゴサロの様子に頓着することもなく、ゴサロの肩に手を回したまま、ブラックオパールは空いているゴサロの隣に腰を下ろした。
ゴサロは反射的に視線を下に落とし、戻すことが出来なかった。さほど熱いわけでもないのに、滝のような汗が流れ落ちる。
「どうした?ゴサロ。すごい汗じゃないか。熱でもあるんじゃないか?早く仕事を片付けて医者にでもかかった方がいいんじゃないか?」
何もしらない誰かが傍でその言葉だけを聞いていれば、知り合いを労わる優しい言葉に聞こえただろう。
だが、当事者にしてみれば逃げ場のないその場所で、これ以上ない圧力をかけられている状態である。
暫しの沈黙が場を支配したが、耐えられなくなったのはゴサロだった。
「た、隊長…」
ゴサロはブラックオパールの事を傭兵時代からの呼び名で”隊長”と呼んでいた。
「隊長、ど、どうしてここへ?…」
ゴクリと喉を鳴らすと、愛想笑いともつかないぎこちない笑いをその顔に張り付けて、ゴサロは精いっぱいの勇気を振り絞って隣に座る人物に問いかけた。
「んっ?いやあ、お前に頼んだ仕事がうまくっていないって聞いてな。助けてやろうと思って来てやったんだよ」
ブラックオパールはそう言いながら「あ、ねえちゃん、エール一つくれ」と店員に注文していた。
ゴサロはほとんどパニック状態だった。
そもそも、どうして隊長はここに俺がいる事を知ってるんだ?!
俺がここにいるなんて誰も知るはずがないし、だいたいこの人は何処から来たんだ?!
様々な疑問が頭の中を駆け巡るが、喫緊の課題は今の状況の整合性のある言い訳をどうするか、だった。
「おっ!来たな!じゃ、ほら!ゴサロ、乾杯!」
ブラックオパールは先ほどとは打って変わったにこやかな笑顔でゴサロを促すと盃を合わせてエールを喉へ流し込んだ。
ゴサロもそれに合わせたが、エールの味など分からず、まして酔えるはずなどなかった。
「・・・で、俺の頼んだ仕事、どうなってる?」
ブラックオパールの言葉にビクッとしたゴサロは、更に止めどなく流れ出る汗を腕で拭いながら、この場を生き延びる為の言葉を口にした。
「き、聞いてくださいよー!最初は上手く行ってたんですが、変な邪魔が入っちまって・・・何んだか黒猫連れたメイドの小娘が俺たちの邪魔をしやがったんですよ!参りましたよ、マジで・・・」
言ってる事は事実だが、ふと目に入ったブラックオパールの刺すような視線がゴサロの口を閉じさせる。
「んっ?どうした?続きは無いのか?」
ゴサロの言葉が途切れたところで、ブラックオパールはエールを飲み干すと、
「お前、逃げるわけじゃ無いよな?」
とゴサロを見つめた。
その目を見たゴサロは生きた心地がしなかった。
獲物を捕食する直前の肉食獣や猛禽類と同じ種類の視線をゴサロはそこに見たのである。
「そ、そんなわけ無いじゃ無いですか。俺、今まで隊長の仕事を途中で投げ出した事、ありましたか?」
思わずそんな言葉がゴサロの口をついて出たが、この瞬間にそれ以外の言葉が吐けるはずが無かった。
その言葉を聞いたブラックオパールは、数瞬ゴサロを見つめた後に破顔して、
「だよな!お前は仕事できるから、俺は頼りにしてるんだぜ?」
そう言って食堂の店員にエールを二つ追加した。
「お前には荷が重い相手だって事は分かったから、次は俺も入ることにするわ。クライアントがうるさいからよ」
店員が運んできたエールをゴサロにも渡すと、ブラックオパールは自分の分はさっさと呷って盃を空にし、
「じゃ、手順が決まったらまた連絡するから、例の辺境伯の領地近くで待機しててくれ」
そう言ってテーブルに金貨を1枚放り投げると立ち上がった。
「えっ?!あのガキ、伯爵の領地に戻ってるんですか?」
自分が知らない情報をどうやってこの人は手に入れてるのかと常々思っていたが、自分の居場所も難なく掴むこの人なのだからと納得した。
「じゃ、この数日うちには動くと思うからよろしくな」
そう言ってその場を離れようとした男に、ゴサロはつい先日の出来事を聞いてしまった。
「隊長、その…あいつらの事、知ってたんですか?」
ゴサロから離れようとしていたブラックオパールは、立ち止まって振り向くと、
「あいつらの事?」
と疑問を口にした。ゴサロは聞いてはいけないと思いながら、内心の葛藤に負けた。
「俺の部下たちの事です…」
その言葉を聞いたブラックオパールは、何かを思い出したかのように手をたたくと、再びゴサロの横に腰を下ろし、
「あぁ、その事か。あいつら、酷いよな?俺も話を聞いた時はビックリしたよ!せっかくお前と一緒に仕事をしてもらったのに俺も残念だよ」
そう言ってゴサロの肩を叩いた。
ゴサロは、ブラックオパールが知らないうちに部下が処分されたのだと分かり、やはりそうかと自分の疑問を解消したところだったが、
「でも、別に問題ないだろう?」
そう隣の男に言われて思わずそちらを振り返った。
そこには無表情な視線を自分に向ける一個の怪物がいた。
「仕事が出来なきゃ別にいても…なぁ?お前もそう思うだろう?」
「隊長…」
ゴサロの顔には、自分がかつて知っていた男とはやはり違う男がここにいる事を実感した諦念が顔に浮かんだが、ブラックオパールはそんな事にはお構いなく、
「まぁ、気を取り直して、また楽しくやろうや。取りあえず、今回の仕事を終わらせてからな!」
そう言って、今度は本当にその場を離れた。
ブラックオパールの姿が消えて少し時が経ち、ゴサロは落ち着いて考える。
確かに隊長はここへ来たが、あの化け物娘の相手をするのは嫌だった。絶対に今度は殺される。
急いでこの場を離れて遠くへ行けばあるいは…。
そう思い立ったゴサロは、先程ブラックオパールが投げていった金貨を懐に入れると、エールの代金に大銅貨を数枚テーブルの上に置いて食堂を出た。
外に出たゴサロは、直ぐに辻馬車の乗り場へ向かおうとしたが、その時、食堂の入口近くで屯していた男たちの声が聞こえてきた。
「おい!聞いたか?街の入り口近くで冒険者っぽい男と女の死体が見つかったってよ」
「聞いた、聞いた!顔が潰されてて、どこの誰だか分からんって話じゃないか!」
「そうなのか?俺が聞いたのは、森の入り口近くに男の死体があったって話だが。それも冒険者風で顔が潰されてたってよ!」
「ひでぇ話だな!犯罪者とか近くに潜んでんじゃねーだろうな?!」
「衛兵が辺りの捜索と警備を強化するとか言ってたぜ。おっかねー話だな」
その話を聞いたゴサロの脳裏には、瞬時にあの場で別れた元冒険者の姿が浮かんだ。
まさか、これもブラックオパールが!?…。
暫しその場に立ち尽くしたゴサロは、諦めの表情を浮かべると踵を返して宿屋に戻り、今日の宿を取った。
今日の獣人国行きの辻馬車はもう終了している事は分かっていたので、明日に備える為に今日は早めに寝ることにする
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