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2。雨の中、繋がった。

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 どれだけ着飾っても髪を巻いても化粧を整えても、どうせすぐ崩れてしまう。美しく整えるのは宣材撮影の時だけでいいっていうのはこの仕事を始めて数ヶ月目でそそくさ知った。
 しかも今日は雨。湿気はなにもかも歪ませる。
「はーい、目線こっち」
 やかましく焚かれるフラッシュ。どれだけ笑顔を浮かべてもぼかし加工を入れられるから、逆に気楽だ。付き添いの黒服は「むしろマゾのおっさん達に刺さるかもね、気きつい白ギャルは一定の人気あるし」なんて言っていた。欠片も嬉しくない。
「いいねえ美人さんだよ。うんうんいいねー、次うつ伏せ!せっかくTバックだしお尻向けよう!」
 指示通り動きながら、シャッターを切る音だけに集中する。駄目だ、指示として割り切らないと言葉として聞いたら苛立ちで臓器が反転しそうになる。
「はいお疲れ様!」
 たった数種類必要なだけなのに、数百枚程撮られたらしい。早速カメラマンと加工人が話し合いに入っていて、私は付き添いが持ってきた服に袖を通す。撮影中は暖房をたいているとはいえ、常に下着姿なせいでやはり寒い。
「この後すぐお店戻るよ。15時から写真指名入ってるって聞いてる?」
「聞いてない。オプションは?」
「無い。50分コースストレート」
 舌打ちしたくなる。けれどこのご時世、風俗に来る人間すら減ってきている。それも、他の人気嬢より私を選んでくれている事に関しては確かに感謝が必要だ。それでも嫌悪感は止まらない。
 この仕事は生きるために選んだだけだ。今はもう寮も出て一人暮らししているからこだわる必要は無いけれど……それでも、しっかり歪んだ金銭感覚は私をこの仕事へ縛り続ける。
 身なり整え、スタジオを出る。すると、私の前を歩く黒服が「ちす」と頭を下げた。向かいからやってきた男も「おう」と返す。問題は、その奥の女だった。
 時が、止まった。
「さなえちゃん?」
 呼ばれた事実にハッとする。女はもう背中を向けていた。そのままスタジオに入っていった。
「行くよ」
「……あの子、店どこ」
 黒服は「ああ」と口にして、歩きだす。
「うちだよ。ミシェルちゃん」
「ミシェル? ハーフか何か?」
「いや、純日本人のはず。本人が適当に決めたらしいよ、まあチーフもキャラ立つしって即決定してた。え、会った事ない?」
 あるかもしれない。今まで気に留めなかっただけかもしれない。なら、何故急に。
 ……射られた、とすら思った。あの、目。すべての感覚を殺されたかのような。

「お疲れ様」
 仕事バッグを黒服に渡して、奥の控え室へ向かう。十畳ほどの和室には誰もいなかった。それをいいことに、座布団を枕に寝転ぶ。
 客は良かった。オプション付けない割に変な性癖も無いからケチなわけでもなさそうで、あれが固定になったら結構イイ。ただ……苛々する。そう思って、窓の外見たら当たりだった。雨が降っている。
「……っ」
 偏頭痛持ちなのもあり、雨は嫌いだ。空は暗いし、通り雨じゃなくてきっと本格的な降り出しだ。降られる前に事務所に戻れて本当に良かった。
 人の、気配がした。はっとして入口を見ると……そこには、ミシェルがいた。
「…………」
 無言でミシェルは中に入ってきて、机の向かいに座る。それも、座布団の上に正座。やっぱこんな奴、見た事ない。
 全然美人じゃない。黒髪は綺麗だけれど整えてはいないようだし、化粧はしているけれどどこか芋くさい。けれど携帯を弄るミシェルの目は、大きかった。カラコンなんてきっとしていない、天然の黒目。光は無いけれど、それが逆に何もかも飲み込みそうな……海の、ようで。
「何ですか」
 ミシェルの目線は携帯のまま、声がこちらへ向いた。どうやらガン見していたらしい。慌てて「何も」と返すと、ミシェルは興味なさそうに携帯を弄る。
「パンツ、見えてます。Tバック」
「は」
「そんな体勢してるから」
 よく見ると、ワンピースの裾が捲れていた。慌てて起き上がる。背後を見ると、黒服の奴らがニヤニヤこちらを見ていた。カッと顔が熱くなる。
「お礼は?」
「は!?」
「教えてあげたんだから、お礼くらい言ったらどうなんですか」
 何だこいつ、淡々と。でもよく考えればミシェルなんて素っ頓狂な源氏名を立候補する奴だ、きっと変な奴なのだろう。そう考えると急に心が落ち着いた。そうだ、変な奴なのだきっと。
 無言で私も携帯を弄り始めた。それに関して、ミシェルは追及をやめたらし何も言わなかった。ただ一度、こちらに目をやった。それだけだった。……けれどやはり、その目が。私を、吸い込んだ。
「……なんでミシェルなんて名前にしたの」
 気付けば、口にしていた。ミシェルはこちらを見ることなく、口を開く。
「私の名前知ってるんですか」
「……さっき知った」
「そうですか」
 淡々とした返しだ。冷たくも温かくもない、けれど確実。嫌な雨みたいな。
「元彼の好きなAV女優の名前です」
「……は?」
「何人だったかな、ヨーロッパ系の。爆乳と尻がめちゃくちゃでかい女優」
 ものすごくどうでもいい情報。
「別れる時めちゃくちゃ泣いたし、何なら今でも戻ってきやしないかって祈ってるんですけど。繋ぎ止めも出来なかったし進まなきゃって思って、このお店に来ました」
 いや、それより。やっぱりこいつ変な奴だ。それに、目は絶対こちらへと向けない。ずっと携帯を見ている。
「え……そ、そう」
「あなたは?そもそもすみません、私あなたの名前すら知らないんですけど」
 それはそうだろう、だって会った事も無いのだから。「さなえ」と口にした。
「本名のもじり」
「ああ」
 会話が終了した。どうしようもない。けれど、無性に。私はこの女の目が気になった。何で、こんなに惹くのか。こんなにも、暗いのに。ついでに言えば美人でもないのに。
「何見てるの。営業でもしてんの」
「は?」
 無性に気になった、というか腹立った。会話しているのにこちらを見ないその素振りに。一方的な雨のようで。机に乗り出して、ミシェルの携帯の画面を見る。抵抗はなかったけど、不快そうではあった。それでもその目線が一瞬こちらへ向いて、どきりとする。どこか、心がふらりと揺れた気すらした。
 見えた画面は、SNSだった。
「……営業じゃないじゃん」
「禁止されてるでしょう、お店のチャットと専用SNS以外は」
 そうは言っても、こっそりどうにかしている嬢は多いし黒服も黙認しているのに。つまり私は趣味のSNSの片手間ということか。いよいよ苛立ってきた。
「何の写真よ」
 ミシェルは観念したのか、携帯を机に置いた。そこには、たくさんの……ネイルの写真。ミシェルの爪は、何もない素爪だった。
「何、ネイルするの?」
「……元彼、こういうの好きだったから」
 どうやら余程未練がましい女らしい。少しげんなりしたところで、何かが手に触れた。ミシェルの手だった。とても、温かい。
「ネイル、綺麗ですね」
「……は、」
 そんなわけない。伸びかけで、石もいくつか取れている。それも。
「……ラインとかぐちゃぐちゃでしょ。自分でやるとこうなんのよ」
「自分でやったんですか?」
 唯一自分が趣味として定めたのが、ネイルアートだった。勿論家を出てから見つけた趣味だけれど。ミシェルの目が、まじまじと私の爪を見る。求めた目線を浴びて、どこかむず痒い。何なのだろう、この感覚は。
 雨の音は、止まない。その中で、ミシェルの声が落ちてくる。
「すごい、綺麗」
「元のデザイン知らないからそう言えんのよ」
 顔が、熱くなる。褒めてくれたのは、客以外ではミシェルが初めてだ。だから……図に乗ったのかもしれない。
「……やりたいデザイン決まってんの?」
「え」
「練習台になりなさいよ。その、……パンツの礼込みで」
 最後はあまりにも言い訳がましかったか、と思ったけれど言ってしまったからにはもうどうしようもない。恐る恐るミシェルを見ると、私をじっと見ていた。
 ……ああ、分かった。
「そういうことなら、お願いしたいです」
 私、見てもらいたかったんだ。この出会いに、すべてを変えてもらえるって……期待してしまったんだ。
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