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【番外】真似事など絶対させない・前編
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「え」
「えっ」
「なっ!!!!?」
戸惑う二人と、狼狽する一人。傍観する一人は、深く溜息を吐いた。
「……うん、怪しいとは思ってた」
事の始まりは、約十分程前。ラルネスがジェリアを訪ねにジルガニッレ邸に現れた時から始まった。いつものように庭で茶を入れ話をしていると、教会の修行に出ようとしているクロイアがやってきた。彼はいつも出掛ける前には家族に挨拶に出向く。
「やあ、久々だね」
未だにラルネスには不信感があるのか、クロイアは露骨にむすっとしながら「ですね」と返す。椅子に座るジェリアにべったりくっ付くクロイアに苦笑しながら、ラルネスは懐から一本の小瓶を取り出してテーブルに置いた。
「これは、ピオール農場の人間から貰ったんだ。身体能力を一時的に上げてくれる薬らしい」
「どうしてそんなものをピオール農場が?」
「あそこ、薬草調合の製薬もやっているだろう。新しく製品として出す予定で、試薬として貰ったんだ。君、これから実践訓練なんだろう。よかったら」
クロイアはじっとジェリアを見た。その目の意味を察し、ジェリアも「嫌ならいいのよ」と微笑む。しかしクロイアは首を振った。
「いただきます」
恐らくジェリアの前で甘えたくないのだろう。妙に男気を出すなあ、とぼんやり思っているラルネスの前でクロイアは瓶を開けて一息で飲み干した。
そして、目を見開き。そのまま、その場で倒れ込んだ。
「えええ!?」
滅多に声を上げないジェリアだが、流石に仰天したらしい。椅子から飛び降りて、クロイアを揺さぶる。
「ク、クロイア! クロイア!?」
「多分大丈夫だよ、沽券に関わるような危ないものなんて渡してくるわけがないし」
そう言いつつも、ラルネスは流石に訝しそうにしていた。そんな彼に何かを言おうとしたジェリアが、ふと揺さぶる手を止めた。ラルネスは「どうしたんだい」とジェリアを見ると、すぐに気付く。
びり、びり、と。布が破れる音。そして膨らんで、伸びていくクロイア。やがて止まった時には……彼の姿は、二十代前半程の青年のものと化していた。
「いやいやいやいやどういう原理だよ!!」
仕事が早く終わった、と浮かれ気味で帰宅したエリオードは丁度クロイアが目を覚ましたタイミングで鉢合わせた。最初は訳が分からないといった体だったが、ラルネスから事情を聞き目をひん剥いて叫ぶ。
「本当にどういう原理なんだろうね」
「そもそもそんなよく分からないもの人の息子に勧めるなよ!」
「それに関しては……うん、そうだね。すまない」
ジェリアは呆然としながら二人の言い合いを眺めていた。
エリオードが至急で用意した彼の古着を纏うクロイアも訳が分からないようで、自らの体をまじまじと眺めていた。鏡を覗き込みながら、ジェリアの腕を引く。
「僕、本当に父さんに似てたんですね…」
「こ、声も似ているわ……」
強いて言えば、フォニカ譲りの赤い髪くらいがエリオードとの相違点だ。体格も声質も勿論顔立ちも、エリオードと瓜二つだった。表情はさすがにあどけない。
「アレかな、身体能力向上ってそもそも肉体年齢を上げるって意味かな。うーん凄まじい」
「ピオール農場怖過ぎだろ! クロイア、体調はどうだ。大丈夫か」
「あ、はい。とくに異変はないです」
「うわー大人の発音になってる!」
流石に自分の息子が急成長している事に戸惑っているのか、エリオードの情緒は全然安定していなかった。それに反し、クロイアはかなり落ち着いている。体調に異変が無いからだろうか。
エリオードは悩ましげに頭を抱えた。
「ラルネス氏、解除する方法は?」
「ああ、今来た鳩に返信が括ってあった。解除薬を至急で用意してくれるそうだ。明日中には渡せるらしい」
「自然治癒出来ないって相当危ない薬じゃないか……クロイア、ひとまず今日の修行は休め。成長して腕の長さも変わっただろ、そんな状態で訓練して変に癖付いてもまずい」
あくまで仕事人間だと言う事が伺える。しかしクロイアは素直に頷いた。
「すごいですね、身長がほぼ父さんと同じくらい」
「うーん確かに……まだ俺の方が少し高いか?」
「でもほんの少しだけですよ。ジェリアさんは頭一つくらい小さいですね、何だか不思議な感じ」
クロイアはジェリアの背後から彼女の頭にこつん、と顎を乗せた。その姿を見て、エリオードはハッと顔を強張らせた。クロイアからジェリアを離しバッと抱き寄せる。
「駄目だからな」
「え」
「ジェリアは俺のだからな」
エリオードの本気の圧をビシバシと感じ、ジェリアの背筋に悪寒が走る。しかし言いたい事も分かるので、口を噤むしかなかった。
きょとんとするクロイアをよそに、ラルネスは頷いた。
「確かに君は、未だ7歳と言えど体は大人になったわけだからね。よし、ジェリア。クロイアが戻るまではうちにおいで」
「ジェリアは! 俺のだって! 今言った!!」
騒ぐ二人をさておき、クロイアは少しだけ寂しそうな目をしていた。少し気にかかり、ジェリアは苦笑する。
「大丈夫よ、すぐに戻るわ」
「うー……でも正直、大人の姿になったのちょっと嬉しかったんですけどね」
「そう?」
「そうですよ、だって」
クロイアはそっと微笑み、エリオードの腕の中にいるジェリアを抱き締める。そのまま、満面の笑みで言った。
「こうやってジェリアさんを抱き締められるようになったんですから。ね?」
エリオードの絶叫が木霊する中、ラルネスは呆れたように溜息を吐いた。
「えっ」
「なっ!!!!?」
戸惑う二人と、狼狽する一人。傍観する一人は、深く溜息を吐いた。
「……うん、怪しいとは思ってた」
事の始まりは、約十分程前。ラルネスがジェリアを訪ねにジルガニッレ邸に現れた時から始まった。いつものように庭で茶を入れ話をしていると、教会の修行に出ようとしているクロイアがやってきた。彼はいつも出掛ける前には家族に挨拶に出向く。
「やあ、久々だね」
未だにラルネスには不信感があるのか、クロイアは露骨にむすっとしながら「ですね」と返す。椅子に座るジェリアにべったりくっ付くクロイアに苦笑しながら、ラルネスは懐から一本の小瓶を取り出してテーブルに置いた。
「これは、ピオール農場の人間から貰ったんだ。身体能力を一時的に上げてくれる薬らしい」
「どうしてそんなものをピオール農場が?」
「あそこ、薬草調合の製薬もやっているだろう。新しく製品として出す予定で、試薬として貰ったんだ。君、これから実践訓練なんだろう。よかったら」
クロイアはじっとジェリアを見た。その目の意味を察し、ジェリアも「嫌ならいいのよ」と微笑む。しかしクロイアは首を振った。
「いただきます」
恐らくジェリアの前で甘えたくないのだろう。妙に男気を出すなあ、とぼんやり思っているラルネスの前でクロイアは瓶を開けて一息で飲み干した。
そして、目を見開き。そのまま、その場で倒れ込んだ。
「えええ!?」
滅多に声を上げないジェリアだが、流石に仰天したらしい。椅子から飛び降りて、クロイアを揺さぶる。
「ク、クロイア! クロイア!?」
「多分大丈夫だよ、沽券に関わるような危ないものなんて渡してくるわけがないし」
そう言いつつも、ラルネスは流石に訝しそうにしていた。そんな彼に何かを言おうとしたジェリアが、ふと揺さぶる手を止めた。ラルネスは「どうしたんだい」とジェリアを見ると、すぐに気付く。
びり、びり、と。布が破れる音。そして膨らんで、伸びていくクロイア。やがて止まった時には……彼の姿は、二十代前半程の青年のものと化していた。
「いやいやいやいやどういう原理だよ!!」
仕事が早く終わった、と浮かれ気味で帰宅したエリオードは丁度クロイアが目を覚ましたタイミングで鉢合わせた。最初は訳が分からないといった体だったが、ラルネスから事情を聞き目をひん剥いて叫ぶ。
「本当にどういう原理なんだろうね」
「そもそもそんなよく分からないもの人の息子に勧めるなよ!」
「それに関しては……うん、そうだね。すまない」
ジェリアは呆然としながら二人の言い合いを眺めていた。
エリオードが至急で用意した彼の古着を纏うクロイアも訳が分からないようで、自らの体をまじまじと眺めていた。鏡を覗き込みながら、ジェリアの腕を引く。
「僕、本当に父さんに似てたんですね…」
「こ、声も似ているわ……」
強いて言えば、フォニカ譲りの赤い髪くらいがエリオードとの相違点だ。体格も声質も勿論顔立ちも、エリオードと瓜二つだった。表情はさすがにあどけない。
「アレかな、身体能力向上ってそもそも肉体年齢を上げるって意味かな。うーん凄まじい」
「ピオール農場怖過ぎだろ! クロイア、体調はどうだ。大丈夫か」
「あ、はい。とくに異変はないです」
「うわー大人の発音になってる!」
流石に自分の息子が急成長している事に戸惑っているのか、エリオードの情緒は全然安定していなかった。それに反し、クロイアはかなり落ち着いている。体調に異変が無いからだろうか。
エリオードは悩ましげに頭を抱えた。
「ラルネス氏、解除する方法は?」
「ああ、今来た鳩に返信が括ってあった。解除薬を至急で用意してくれるそうだ。明日中には渡せるらしい」
「自然治癒出来ないって相当危ない薬じゃないか……クロイア、ひとまず今日の修行は休め。成長して腕の長さも変わっただろ、そんな状態で訓練して変に癖付いてもまずい」
あくまで仕事人間だと言う事が伺える。しかしクロイアは素直に頷いた。
「すごいですね、身長がほぼ父さんと同じくらい」
「うーん確かに……まだ俺の方が少し高いか?」
「でもほんの少しだけですよ。ジェリアさんは頭一つくらい小さいですね、何だか不思議な感じ」
クロイアはジェリアの背後から彼女の頭にこつん、と顎を乗せた。その姿を見て、エリオードはハッと顔を強張らせた。クロイアからジェリアを離しバッと抱き寄せる。
「駄目だからな」
「え」
「ジェリアは俺のだからな」
エリオードの本気の圧をビシバシと感じ、ジェリアの背筋に悪寒が走る。しかし言いたい事も分かるので、口を噤むしかなかった。
きょとんとするクロイアをよそに、ラルネスは頷いた。
「確かに君は、未だ7歳と言えど体は大人になったわけだからね。よし、ジェリア。クロイアが戻るまではうちにおいで」
「ジェリアは! 俺のだって! 今言った!!」
騒ぐ二人をさておき、クロイアは少しだけ寂しそうな目をしていた。少し気にかかり、ジェリアは苦笑する。
「大丈夫よ、すぐに戻るわ」
「うー……でも正直、大人の姿になったのちょっと嬉しかったんですけどね」
「そう?」
「そうですよ、だって」
クロイアはそっと微笑み、エリオードの腕の中にいるジェリアを抱き締める。そのまま、満面の笑みで言った。
「こうやってジェリアさんを抱き締められるようになったんですから。ね?」
エリオードの絶叫が木霊する中、ラルネスは呆れたように溜息を吐いた。
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